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#3−4: 価値の目覚め

✦✦✦ 《セリアとの対峙》 ✦✦✦


 静まり返った廊下の中で、Kは荒い息を吐きながら立ち尽くしていた。

 その前に、ゆっくりと歩み寄るセリアの姿があった。


「……出たのね。あなたの“影”の本性が、少しだけ」


 セリアの目に映るKの輪郭が、“資産”から“投資対象”、そして――“脅威”へと変わりつつあった。


 まだ掌の上にはある。だが、その指先が勝手に動き始めたなら――いずれ制御の構図は反転する。


「……まさか、こんな形で“目覚め”が来るなんてね」


 心中では、計算の式が書き換えられていく音がしていた。


「……俺のこと、どうせ……捨てるつもりだったんだろ?」


 Kは冷たい視線をセリアに向けた。


「違うわ。あなたはもう、“価値にされかけてる”。でもそれを自分でひっくり返そうとしてる……そんな風に見えるのよ」


「だって……あなたの影、何かが宿っていたでしょう? 自我に触れた力は、もう道具じゃない。それは影鬼よ。あなたがそれを選び、理解したのなら」


 彼女の言葉には、静かだが確かな期待が滲んでいた。


 Kが振り返り、彼女を睨む。


「……お前のために動いているつもりはない」


 声がかすかに震えた。反射的に出た拒絶。


 だがその直後、Kの脳裏に、“あの影の女”――ユリエルの声がよぎる。


 声には、わずかな苛立ちが混じっていた。

 セリアはそれに気づきながらも、微笑んだまま言葉を継いだ。


「そう、それでいい。……“市場”って、誰かの価値を押し付ける場所じゃないわ。

誰の“正解”でもないものでも、強ければ――価値になる。それだけ」


 その言葉にKは眉をひそめる。


「“市場”で勝つのは……全部の駒を、ちゃんと動かせるやつ。

リスクを怖がらずに……踏み込めるやつ。

あなたも――そうなんでしょ?」


 Kは拳を握りしめた。だが、無意識のうちに指先が震えている。

 ……こんな時に限って、汗でグリップが悪い。最悪だ。

 気づかぬうちに、喉がひどく乾いていた。


「……踊らされてるって? だったら、その踊りごと壊すしかないだろ」


 言葉にしても、胸の奥に渦巻く苛立ちは収まらなかった。


「……価値を選ぶって、自分で首輪を選ぶみたいなものでしょう? でも……それができる人間だけが、生き残るのよ。……その矛盾、私には魅力的に見えるわ」


 選べるか……今さら? いや、本当に……“選ばせてもらえる”とでも?

 ……違う。


「……選ばされてる」


 相手の都合で狭められた選択肢の虐待だ。

 自分で選んだつもりでも、最初から“そう見えるように”仕組まれていた。

 意思なんて、初めからなかったのかもしれない。


 ……ふざけてる。弄ばれて、選べ?

 何を今さら……いや、違う。違うのか?

 わからない……でも、もう遅い。



✦✦✦ 《異質なる魔王として》 ✦✦✦


 Kは荒い息を整えながら立ち上がる。

 影鬼としての力を得た今、彼はただの召喚者ではなかった。


 自然と拳に力を込めてしまう。この力をどう扱うか、今はまだ分からない。


 こうして、Kは異質な魔王としての第一歩を踏み出した。

 ――影を従え、他人に定められた価値を破壊する者として。

 静かに、その足音が夜の底へと響いていく。


 ……影を従えた俺は、もう“ただの人間”じゃない。

 だが、それだけでは足りない。


 支配するだけでは終われない。自らを証明しなければ、“王”など名乗れはしない。

 従わせて、証明して、それでようやく――“王”って言えるかもしれない。


 でも……“魔王”って呼ぶには、まだ――。

 ……足りないものがある。何だ、それは?


 その時だった。Kの影がわずかに揺れた。

 ――自分の意志とは、違う波長で。

 まるで、“別の誰か”が、内側から叩いているような。




✦✦✦





【次回予告 by ユリエル】(整合性重視・修正版)

「――ああ……“利用される”だけなんて、退屈です。

けれど、“利用する側に立つ覚悟”は……それはもう、ぞっとするほど、美しいのです」


「見る側の狂気ひとつで、“正しさ”なんて、あっけなく歪んで、ほどけてしまうのです」


「次回、《価値の影、秩序の外へ》。

K様……その策略は、どこまでが意図で、どこからが……衝動なのでしょう?」


「ユリエルの観察? ええ、もちろん。

“操作される情報”の残響――不完全な賢さって、本当に……ぞくぞくするんです」

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