✦✦✦ 《セリアとの対峙》 ✦✦✦
静まり返った廊下の中で、Kは荒い息を吐きながら立ち尽くしていた。
その前に、ゆっくりと歩み寄るセリアの姿があった。
「……出たのね。あなたの“影”の本性が、少しだけ」
セリアの目に映るKの輪郭が、“資産”から“投資対象”、そして――“脅威”へと変わりつつあった。
まだ掌の上にはある。だが、その指先が勝手に動き始めたなら――いずれ制御の構図は反転する。
「……まさか、こんな形で“目覚め”が来るなんてね」
心中では、計算の式が書き換えられていく音がしていた。
「……俺のこと、どうせ……捨てるつもりだったんだろ?」
Kは冷たい視線をセリアに向けた。
「違うわ。あなたはもう、“価値にされかけてる”。でもそれを自分でひっくり返そうとしてる……そんな風に見えるのよ」
「だって……あなたの影、何かが宿っていたでしょう? 自我に触れた力は、もう道具じゃない。それは影鬼よ。あなたがそれを選び、理解したのなら」
彼女の言葉には、静かだが確かな期待が滲んでいた。
Kが振り返り、彼女を睨む。
「……お前のために動いているつもりはない」
声がかすかに震えた。反射的に出た拒絶。
だがその直後、Kの脳裏に、“あの影の女”――ユリエルの声がよぎる。
声には、わずかな苛立ちが混じっていた。
セリアはそれに気づきながらも、微笑んだまま言葉を継いだ。
「そう、それでいい。……“市場”って、誰かの価値を押し付ける場所じゃないわ。
誰の“正解”でもないものでも、強ければ――価値になる。それだけ」
その言葉にKは眉をひそめる。
「“市場”で勝つのは……全部の駒を、ちゃんと動かせるやつ。
リスクを怖がらずに……踏み込めるやつ。
あなたも――そうなんでしょ?」
Kは拳を握りしめた。だが、無意識のうちに指先が震えている。
……こんな時に限って、汗でグリップが悪い。最悪だ。
気づかぬうちに、喉がひどく乾いていた。
「……踊らされてるって? だったら、その踊りごと壊すしかないだろ」
言葉にしても、胸の奥に渦巻く苛立ちは収まらなかった。
「……価値を選ぶって、自分で首輪を選ぶみたいなものでしょう? でも……それができる人間だけが、生き残るのよ。……その矛盾、私には魅力的に見えるわ」
選べるか……今さら? いや、本当に……“選ばせてもらえる”とでも?
……違う。
「……選ばされてる」
相手の都合で狭められた選択肢の虐待だ。
自分で選んだつもりでも、最初から“そう見えるように”仕組まれていた。
意思なんて、初めからなかったのかもしれない。
……ふざけてる。弄ばれて、選べ?
何を今さら……いや、違う。違うのか?
わからない……でも、もう遅い。
✦✦✦ 《異質なる魔王として》 ✦✦✦
Kは荒い息を整えながら立ち上がる。
影鬼としての力を得た今、彼はただの召喚者ではなかった。
自然と拳に力を込めてしまう。この力をどう扱うか、今はまだ分からない。
こうして、Kは異質な魔王としての第一歩を踏み出した。
――影を従え、他人に定められた価値を破壊する者として。
静かに、その足音が夜の底へと響いていく。
……影を従えた俺は、もう“ただの人間”じゃない。
だが、それだけでは足りない。
支配するだけでは終われない。自らを証明しなければ、“王”など名乗れはしない。
従わせて、証明して、それでようやく――“王”って言えるかもしれない。
でも……“魔王”って呼ぶには、まだ――。
……足りないものがある。何だ、それは?
その時だった。Kの影がわずかに揺れた。
――自分の意志とは、違う波長で。
まるで、“別の誰か”が、内側から叩いているような。
✦✦✦
【次回予告 by ユリエル】(整合性重視・修正版)
「――ああ……“利用される”だけなんて、退屈です。
けれど、“利用する側に立つ覚悟”は……それはもう、ぞっとするほど、美しいのです」
「見る側の狂気ひとつで、“正しさ”なんて、あっけなく歪んで、ほどけてしまうのです」
「次回、《価値の影、秩序の外へ》。
K様……その策略は、どこまでが意図で、どこからが……衝動なのでしょう?」
「ユリエルの観察? ええ、もちろん。
“操作される情報”の残響――不完全な賢さって、本当に……ぞくぞくするんです」