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#7−2:理を越えて



✦✦✦ 《絶望の淵、力は目覚める》 ✦✦✦


 Kは息を乱しながら膝をついた。


「……K、そのままじゃ、体が持たないわ」


 エリシアの声が静かに響く。


「影鬼が従ってるのは、あなたの意志。

でも、体がついてこなきゃ……意味がないのよ」


「分かってる……」


 Kは低く答える。


 ――影の王として戦うと、決めた。けれど、覚悟だけじゃ届かない。

 正面からこの世界の理とぶつかるには、力が要る。


 その力は、Kの深層で静かに脈打っていた。


 エリシアはじっとKを見つめた。


「あなた……まだ、その体で耐えきれると思ってるの?」


 Kはわずかに口元を歪める。


「俺に、他の選択肢はないだろう?」


 エリシアは、静かに微笑んだ。


「ええ。なら、受け入れなさい」


 手が一瞬、震えた。心か体か――どちらが拒んだのか、自分でもわからなかった。

 でも、このまま何も変えられないなら……死んだほうがマシだ。


 Kはわずかに頷き、自らを解き放った。


「……限界突破の再生、発動!」


 限界を超えた“再生”が始まる。

 命の芯が削れ、骨の奥で鈍い破砕音が響く。

 進化ではない。痛みの代償に、無理やり作り変えられる肉体だった。


 ゴウッ――!


 体の奥底で、黒い魔力が爆ぜる。

 血管が焼けつき、意識が揺らいだ。

 動揺しながら、それでも、影鬼たちは目を逸らさなかった。

 畏れと、崇めるような視線を、Kに向けた。


 エリシアは目を細め、静かに呟いた。


「……あなた、本当に狂ってるわね」



✦✦✦《肉体を喰らう影》 ✦✦✦


 激痛が走る。


 皮膚が裂け、筋肉が引きちぎれる。

 骨が軋み、神経を焼く痛みが全身を這いまわる。


 影鬼たちは震え、異形へと変わりゆく王をただ、呆然と見上げていた。


 ――これは、ただの回復ではない。

 ――肉体の再構築だ。


 Kは歯を食いしばりながら、視線を上げた。


「……受け入れろ。この力を」


 影鬼が俺の影なら、俺もこの体を受け入れなければならない。

 エリシアは、その様子を見て、かすかに笑みを浮かべた。


「いいわ……もっと見せて」


 すると、苦痛が、“代償を払った進化”へと変質していく。


 影がKの体を包み込み、治癒ではなく“進化”が始まる。

 新たな体へと作り変わっていくようだった。


 ――筋繊維が強化され、身体能力が劇的に向上する。

 ――骨格が適応し、より耐久力を増す。

 ――魔力の流れが最適化され、影鬼との同調率が跳ね上がる。


 動くたびに軋む骨が、どこか“他人のもの”のようだった。

 Kは、自分の体が自分のものではない感覚に戸惑っていた。


 影鬼たちの中に、恐怖と崇敬の入り混じった声が漏れた。


「K様の……影が……」


「進化している……?」


 エリシアの目が鋭く光る。


「やっと……“王の器”らしくなってきたじゃない」


 Kは、荒い息を整えながら答える。


「……お前、楽しそうだな」


 エリシアは微笑む。


「当然よ。……あなたが、私の理(ことわり)に近づいていくのだから」


 影鬼たちは静かに震え、Kの変貌を見守っていた。

 一体が、その場に跪いた。

 他の影鬼たちも、自然と影を垂れ、頭を下げる。

 支配ではなく、畏敬。それは、血の契約より深い服従だった。


 しかし――。


 だが、影の奔流に呑まれながら――Kは、自分という存在が溶けていく感覚を覚えた。


「……ここで壊れるのか、俺は……」


 違う、そんな……でも、息が、続かない――。


 その不安が喉元に詰まったまま、意識は暗転した。


 エリシアの微笑みが、一瞬だけ寂しげに歪んだ。



✦✦✦ 《静寂の理(ことわり)》 ✦✦✦


 目を開ける。

 ……そこは、闇だった。

 見渡す限り、すべてを飲み込む黒。


 ――思念の空間。


 Kは周囲を見渡した。

 どこまでも広がる闇。

 だが、その中心に、微かな青白い光が漂っていた。


「……誰だ?」


 問いかけに、ひとすじの声が応えた。


「やっと、会えたわね」


 闇の中から、白いローブを纏った女性が現れる。

 青銀の髪が闇に溶け、冷たい蒼の瞳だけが、まっすぐKを射抜いていた。


「あなたが、K……」


 Kは、その存在を直感で理解した。


「……お前は?」


 彼女は静かに微笑み、名を告げた。


「私はアルカナ」

「あなたの“知”の導き手よ」


 Kは眉をひそめる。

 その言葉に、ほんのわずかな違和感が走った。


「知の導き手……?」


 ……なぜだ。初対面のはずなのに、言葉に抗えない。


 アルカナは一歩前に進み、冷静な声で続ける。


「限界を超えた再生が、あなたをここまで連れてきたのよ」


「あなたは今、影鬼の力を受け入れようとしている……でも、それだけでは足りない」


 Kは静かに彼女を見つめた。


「……どういう意味だ?」


 アルカナは穏やかに微笑みながら答える。


「力だけで未来が変わるなら、こんな世界、とうに救われていた」


「影鬼を従わせるんじゃない。知恵で導いてこそ、本当の進化よ」


 アルカナの言葉は、剣より鋭く、Kの胸に突き刺さった。

 力では届かない領域がある――理を越えるには、“知”が必要だ。


 Kは静かにその言葉を噛みしめた。


「……力と知。片方だけじゃ暴走する」


 アルカナは頷き、わずかに声を落とす。


「そう。そして、未来を創りたいなら……過去に潜む“根”の歪みを、直視しなきゃいけない」


「過去の……歪み?」


 Kの声に呼応するように、アルカナの瞳がわずかに揺れる。


「召喚制度――それは、力ある者が他者の命を“道具”に変えるための仕組み。

契約と呼ばれるが、実態は一方的な支配よ」


 胸の奥が、急に冷たくなった。

 ずっと、わかっていたつもりだった。だが今、初めて――心から、怒りが湧いた。


「……ふざけんなよ」


 Kは拳を握りしめた。

 背筋に、冷たいものが走った。

 今までの争い。力も、命も、すべて……踊らされていた。


「……全部、仕組まれてたってわけか」

「歪みは……思ってたより、ずっと根が深い」


 アルカナは静かに頷く。


「ええ。それは“搾取”に依存した仕組み」


 Kは一度、深く息を吸い込む。そして、問いかけた。


「……その矛盾とは?」


 アルカナは冷ややかな微笑を浮かべる。


「あなたが戦ってきた影たちは、その犠牲の成れの果て。

けれど、契約は書き換えられる。裏側のルールに、綻びがあるから」


 Kの目がわずかに見開かれる。


「契約が……覆る?

そんなもの、絶対に変えられないって……信じ込んでた……」


 まるで世界の骨組みが軋みを上げるような錯覚。

 これまで疑うことすらしなかった“秩序”――。


 召喚された者は、ただ従うしかなかった。

 ……精巧なガラス細工のようなその仕組みが、手のひらから滑り、地面に落ちた。

 音もなく、砕け散った。


 契約を覆せるなら……制度そのものだって、壊せる。

 この世界に、穴を穿てる――。


 アルカナは静かにKを見つめていた。

 その目には、Kがまだ知らない“何か”が宿っている。

 理解と予感、そして沈黙に秘められた確信。


 ――あなたが、虚無から生まれた存在であるならば。


 けれど、その真実を告げるには、まだ時が早すぎた。


「できるわ。召喚制度は“支配”に依存しすぎてる。

あなたの影鬼を、その外に置けば……制度の外側から逆手に取ることができる」


 Kは視線を落とし、しばし沈黙した。

 かすかに唇を噛み、目を閉じる。

 そして、深く息を吐いてから――ゆっくりと顔を上げた。


「召喚制度だけじゃない。

この世界の構造ごと……俺自身の手で、書き換えてやる」

「……これは、俺にしかできない戦いだ」


 アルカナはわずかに目を伏せた。


「……制度は壊せる。けれど、世界そのものが限界を迎えていたら――」

「そのとき、必要なのは“王”ではなく、“鍵”よ」


 そして、ゆっくりと手を軽く掲げた。


 今は、まるで心を抱くように微笑み、そっと手を差し伸べた。


「そう。そして、その鍵を使う覚悟が、あなたに試されている」


 闇が震え、思念の空間が光に包まれていく。


 Kはその光をじっと見つめ、拳を強く握りしめた。


「……教えてくれ。俺が行くべき、本当の道を」


 闇の中に、ほんのわずか――風のような静けさが流れた。


 アルカナは静かに微笑みながら、答えた。


「道はひとつじゃないわ。

けれど、どの道を選んでも……あなたは、“王”になる。


「その先には……ひとつの“扉”がある」

「誰も見たことのない、理の向こう側。あなたが立つその日まで、私は待っているわ」


 それが、理(ことわり)――。


 その言葉と共に、光の中で――Kの新たな戦いが、静かに始まった。

 だが――虚無から生まれた存在であるKが、この世界の理にどこまで抗えるのか。それを知る者は、まだいなかった。



 【次回予告 by セリア】

「――立ち上がるの、やっと? 瓦礫まみれの王様らしいわね」


次回砕けた王、立つ――『選ばせる王と、試す影』。

命令じゃない。意志で従わせたい? ……ずいぶん回り道がお好きね、K」


セリアの小言? ええ、ひとつだけ。

“王の器”は、崩れたあとに中身が問われるものよ。

……でも気をつけて。“あの影”が目を覚ます前に、立てるかしら?

今度こそ、誰のために立つのか――。




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