✦✦✦ 《絶望の淵、力は目覚める》 ✦✦✦
Kは息を乱しながら膝をついた。
「……K、そのままじゃ、体が持たないわ」
エリシアの声が静かに響く。
「影鬼が従ってるのは、あなたの意志。
でも、体がついてこなきゃ……意味がないのよ」
「分かってる……」
Kは低く答える。
――影の王として戦うと、決めた。けれど、覚悟だけじゃ届かない。
正面からこの世界の理とぶつかるには、力が要る。
その力は、Kの深層で静かに脈打っていた。
エリシアはじっとKを見つめた。
「あなた……まだ、その体で耐えきれると思ってるの?」
Kはわずかに口元を歪める。
「俺に、他の選択肢はないだろう?」
エリシアは、静かに微笑んだ。
「ええ。なら、受け入れなさい」
手が一瞬、震えた。心か体か――どちらが拒んだのか、自分でもわからなかった。
でも、このまま何も変えられないなら……死んだほうがマシだ。
Kはわずかに頷き、自らを解き放った。
「……限界突破の再生、発動!」
限界を超えた“再生”が始まる。
命の芯が削れ、骨の奥で鈍い破砕音が響く。
進化ではない。痛みの代償に、無理やり作り変えられる肉体だった。
ゴウッ――!
体の奥底で、黒い魔力が爆ぜる。
血管が焼けつき、意識が揺らいだ。
動揺しながら、それでも、影鬼たちは目を逸らさなかった。
畏れと、崇めるような視線を、Kに向けた。
エリシアは目を細め、静かに呟いた。
「……あなた、本当に狂ってるわね」
✦✦✦《肉体を喰らう影》 ✦✦✦
激痛が走る。
皮膚が裂け、筋肉が引きちぎれる。
骨が軋み、神経を焼く痛みが全身を這いまわる。
影鬼たちは震え、異形へと変わりゆく王をただ、呆然と見上げていた。
――これは、ただの回復ではない。
――肉体の再構築だ。
Kは歯を食いしばりながら、視線を上げた。
「……受け入れろ。この力を」
影鬼が俺の影なら、俺もこの体を受け入れなければならない。
エリシアは、その様子を見て、かすかに笑みを浮かべた。
「いいわ……もっと見せて」
すると、苦痛が、“代償を払った進化”へと変質していく。
影がKの体を包み込み、治癒ではなく“進化”が始まる。
新たな体へと作り変わっていくようだった。
――筋繊維が強化され、身体能力が劇的に向上する。
――骨格が適応し、より耐久力を増す。
――魔力の流れが最適化され、影鬼との同調率が跳ね上がる。
動くたびに軋む骨が、どこか“他人のもの”のようだった。
Kは、自分の体が自分のものではない感覚に戸惑っていた。
影鬼たちの中に、恐怖と崇敬の入り混じった声が漏れた。
「K様の……影が……」
「進化している……?」
エリシアの目が鋭く光る。
「やっと……“王の器”らしくなってきたじゃない」
Kは、荒い息を整えながら答える。
「……お前、楽しそうだな」
エリシアは微笑む。
「当然よ。……あなたが、私の理(ことわり)に近づいていくのだから」
影鬼たちは静かに震え、Kの変貌を見守っていた。
一体が、その場に跪いた。
他の影鬼たちも、自然と影を垂れ、頭を下げる。
支配ではなく、畏敬。それは、血の契約より深い服従だった。
しかし――。
だが、影の奔流に呑まれながら――Kは、自分という存在が溶けていく感覚を覚えた。
「……ここで壊れるのか、俺は……」
違う、そんな……でも、息が、続かない――。
その不安が喉元に詰まったまま、意識は暗転した。
エリシアの微笑みが、一瞬だけ寂しげに歪んだ。
✦✦✦ 《静寂の理(ことわり)》 ✦✦✦
目を開ける。
……そこは、闇だった。
見渡す限り、すべてを飲み込む黒。
――思念の空間。
Kは周囲を見渡した。
どこまでも広がる闇。
だが、その中心に、微かな青白い光が漂っていた。
「……誰だ?」
問いかけに、ひとすじの声が応えた。
「やっと、会えたわね」
闇の中から、白いローブを纏った女性が現れる。
青銀の髪が闇に溶け、冷たい蒼の瞳だけが、まっすぐKを射抜いていた。
「あなたが、K……」
Kは、その存在を直感で理解した。
「……お前は?」
彼女は静かに微笑み、名を告げた。
「私はアルカナ」
「あなたの“知”の導き手よ」
Kは眉をひそめる。
その言葉に、ほんのわずかな違和感が走った。
「知の導き手……?」
……なぜだ。初対面のはずなのに、言葉に抗えない。
アルカナは一歩前に進み、冷静な声で続ける。
「限界を超えた再生が、あなたをここまで連れてきたのよ」
「あなたは今、影鬼の力を受け入れようとしている……でも、それだけでは足りない」
Kは静かに彼女を見つめた。
「……どういう意味だ?」
アルカナは穏やかに微笑みながら答える。
「力だけで未来が変わるなら、こんな世界、とうに救われていた」
「影鬼を従わせるんじゃない。知恵で導いてこそ、本当の進化よ」
アルカナの言葉は、剣より鋭く、Kの胸に突き刺さった。
力では届かない領域がある――理を越えるには、“知”が必要だ。
Kは静かにその言葉を噛みしめた。
「……力と知。片方だけじゃ暴走する」
アルカナは頷き、わずかに声を落とす。
「そう。そして、未来を創りたいなら……過去に潜む“根”の歪みを、直視しなきゃいけない」
「過去の……歪み?」
Kの声に呼応するように、アルカナの瞳がわずかに揺れる。
「召喚制度――それは、力ある者が他者の命を“道具”に変えるための仕組み。
契約と呼ばれるが、実態は一方的な支配よ」
胸の奥が、急に冷たくなった。
ずっと、わかっていたつもりだった。だが今、初めて――心から、怒りが湧いた。
「……ふざけんなよ」
Kは拳を握りしめた。
背筋に、冷たいものが走った。
今までの争い。力も、命も、すべて……踊らされていた。
「……全部、仕組まれてたってわけか」
「歪みは……思ってたより、ずっと根が深い」
アルカナは静かに頷く。
「ええ。それは“搾取”に依存した仕組み」
Kは一度、深く息を吸い込む。そして、問いかけた。
「……その矛盾とは?」
アルカナは冷ややかな微笑を浮かべる。
「あなたが戦ってきた影たちは、その犠牲の成れの果て。
けれど、契約は書き換えられる。裏側のルールに、綻びがあるから」
Kの目がわずかに見開かれる。
「契約が……覆る?
そんなもの、絶対に変えられないって……信じ込んでた……」
まるで世界の骨組みが軋みを上げるような錯覚。
これまで疑うことすらしなかった“秩序”――。
召喚された者は、ただ従うしかなかった。
……精巧なガラス細工のようなその仕組みが、手のひらから滑り、地面に落ちた。
音もなく、砕け散った。
契約を覆せるなら……制度そのものだって、壊せる。
この世界に、穴を穿てる――。
アルカナは静かにKを見つめていた。
その目には、Kがまだ知らない“何か”が宿っている。
理解と予感、そして沈黙に秘められた確信。
――あなたが、虚無から生まれた存在であるならば。
けれど、その真実を告げるには、まだ時が早すぎた。
「できるわ。召喚制度は“支配”に依存しすぎてる。
あなたの影鬼を、その外に置けば……制度の外側から逆手に取ることができる」
Kは視線を落とし、しばし沈黙した。
かすかに唇を噛み、目を閉じる。
そして、深く息を吐いてから――ゆっくりと顔を上げた。
「召喚制度だけじゃない。
この世界の構造ごと……俺自身の手で、書き換えてやる」
「……これは、俺にしかできない戦いだ」
アルカナはわずかに目を伏せた。
「……制度は壊せる。けれど、世界そのものが限界を迎えていたら――」
「そのとき、必要なのは“王”ではなく、“鍵”よ」
そして、ゆっくりと手を軽く掲げた。
今は、まるで心を抱くように微笑み、そっと手を差し伸べた。
「そう。そして、その鍵を使う覚悟が、あなたに試されている」
闇が震え、思念の空間が光に包まれていく。
Kはその光をじっと見つめ、拳を強く握りしめた。
「……教えてくれ。俺が行くべき、本当の道を」
闇の中に、ほんのわずか――風のような静けさが流れた。
アルカナは静かに微笑みながら、答えた。
「道はひとつじゃないわ。
けれど、どの道を選んでも……あなたは、“王”になる。
「その先には……ひとつの“扉”がある」
「誰も見たことのない、理の向こう側。あなたが立つその日まで、私は待っているわ」
それが、理(ことわり)――。
その言葉と共に、光の中で――Kの新たな戦いが、静かに始まった。
だが――虚無から生まれた存在であるKが、この世界の理にどこまで抗えるのか。それを知る者は、まだいなかった。
【次回予告 by セリア】
「――立ち上がるの、やっと? 瓦礫まみれの王様らしいわね」
「
命令じゃない。意志で従わせたい? ……ずいぶん回り道がお好きね、K」
セリアの小言? ええ、ひとつだけ。
“王の器”は、崩れたあとに中身が問われるものよ。
……でも気をつけて。“あの影”が目を覚ます前に、立てるかしら?
今度こそ、誰のために立つのか――。