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第4話 元××頼りの男

「はぁ~~~~…………」

 クサナギはうろうろしていた。

 レンタルガレージでの戦いの後、三人は再び移動しクサナギの先導のもととある街にやって来ていた。

 街路樹や意匠の凝った街路灯に彩られた小奇麗な街並みの通りに建つ、クリーム色の小奇麗なアパート。そのエントランスでインターフォンを前にクサナギはもう五分以上も何もせず右に左に歩いては額を押さえて唸っている。

「ねえ、お姉ちゃん。クサナギさんあれ何してんのかな」

「さあ」

 無邪気に妹に問いかけられて、イエルは半ば呆れながら溜息を吐く。

「どうせ、昔なにかあって気まずいとかそんなんでしょ。くだらない……」

「そうなの?」

 ちょっと待っているように言われ、道路の対岸から眺めている二人。人通りも増えてくる時間帯で、過ぎゆく人たちにちらちら見られながら待っているのも、そろそろ限界なイエルだった。

「クサナギー、早くしなさいよー!」

「うるせえ! 大きな声出すんじゃねえ!」

 声を掛けると、振り返って怒鳴るクサナギ。あんたが一番うるさい声出してるじゃない、とますます呆れながら、イエルは頭が痛くなってくる。

「…………っ!」

 ようやく意を決してクサナギがインターフォンのボタンに手を伸ばした。

 震える指で三つの番号を押して、通話を掛けるボタンを、五秒間も躊躇したのち押し込んだ。

 住民を呼び出す軽いトーンのチャイムが鳴る。待つ。相手が通話に出てこない。

「こないね」

「たぶん、クサナギみたいな野蛮な男は通さないようになってるのよ。電気っていったかしら、この街の魔法の仕掛けね」

「うるせーぞ、おまえら!」

 振り返って再び怒鳴るクサナギ。その横で不意にエントランスのガラス扉が内側から自動で開いた。

「は……? あんた、維弦……? 何やってんの、ここで……?」

 ゴミ袋を片手に現れた女性が、奇怪なものを見る目でクサナギを見て絶句していた。

「お、あ、えーと、り、リカ、いや、待て……その……よお、ひさしぶり」

「…………………………………………久しぶり」

 たっぷり十秒ほどクサナギの全身を訝るように眺めて、ようやくクサナギの元彼女は言葉を返した。


* * * *


「はぁ~~~~、きもちいぃ~~~~」

 畳んだタオルを頭に乗せて、銭湯の大きな浴槽に肩まで浸かったリセがとろけそうな声を上げる。

「おねーちゃんも、早くこっちきなよ~~」

「あ、あなたはどうしてそう適応力が高いのよ。こんな、女性しか入れないとはいえ……」

 タオルで体を隠して洗い場の影に隠れたイエルが顔を真っ赤にして小さく縮こまっている。

「あはは、行こうよイエルちゃん。気にしなきゃ大丈夫だって。みんなそうするんだし、っていうか今は私たちの貸し切りだしさ」

 イエルの姿を見て笑うリカがその手を取って、浴槽へと促す。「あ、や、ちょっとリカさん……」とうろたえながらも拒めないイエルは、そのまま前かがみに浴場を横切り、「ほら、タオルをお湯にいれちゃマナー違反だから」と身体を隠すタオルを取り上げられますます真っ赤になりながら意を決してお湯へと入って行くのだった。

 クサナギの元彼女は、名を矢島リカと言った。クサナギと同じくらい年齢の大人の女性で、背中まで伸ばした茶髪を緩くウェーブさせた髪をアップに纏めていて、そのすらりとしていながら要所にボリュームのあるプロポーションを露わにして笑っている。

「イエルちゃん、かわいー」

「こんなの、恥ずかしいです……」

「でも、気持ちいいでしょお姉ちゃん」

 お湯の中に首まで沈んだままリセが近寄ってくる。お湯にあったまって上気した顔は赤く火照っている。膝を立てて風呂の中でも縮こまっている姉の脚に、抱き着くようにとりついた。

「えいっ」

「や、ちょっと! リセ、やめなさいって!」

 脚を引っ張られ、身体を隠すものが無くなり焦るイエル。「もっと伸び伸びしなよー、他にお客さんいないんだよー?」といたずらっぽくリセは笑う。

「仲良しなのね、二人は。こうして見てても、別の世界から来た人たちだなんて信じられない」

 姉妹の横に腰を下ろしてお湯に浸かったリカがそうしみじみ言う。

 アパートの入り口で不審者まがいの元彼氏にドン引きしながらも、なんとか話を聞くことになったリカはアパート近くの二十四時間営業のファミレスでクサナギから姉妹とのいきさつを掻い摘んで聞いていたのだった。

 まったく信用してくれないんじゃないかと思いながら横で聞いていたイエルは、思いのほかすんなり飲み込んでくれたリカの態度を以外に思いながら、存外信頼されているらしいクサナギのことを思わずじっと見返してしまったりした。

 それで、女子二人が東京でしばらく生活するにあたって着替えやら何やらの必要品を助けて欲しいとのクサナギの頼みをリカは飲んだ。手帳にとりあえずの買い物を書き出して買い出しをクサナギに命じると、姉妹を連れて近所の銭湯を訪れたのだった。

「それで、聞かせてよ」

「な、なにをですか……?」

 まだどぎまぎしているイエル。

 リカは身を乗り出して、真っ赤に染まったその顔を覗き込んで尋ねた。

「二人とあいつが、どんな経緯で異世界から東京に飛んできたのかを」


〈続く〉


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