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━━ カツ━━……ン
突然、無機質な音が耳に入ってきた。
参道を開始してから、雅楽から演奏されている清らかな音色たち。耳に印象深く浸透する〈越天楽〉の曲が流れているにも関わらずだ。
最近、この社は改装されたためか。年月も経ち歩くたびに悲鳴に近い軋む音が鳴っていた床は、特殊コーティングされ艶めいた品のある奥深いこげ茶色になっている。
そのためか、床表面の強度が通常より増し傷つきにくくなっているようだった。共に、相手を受付ないように跳ね返す音響が広がっていく仕組みだろう。
三々九度の最中での出来事。しかも、巫女が酒を注ごうとした時のこと。
その乾いた音は、雅楽の大音量の音色で今のところ誰も振り向く様子もない。━━━海里以外は。
その音の方向へチラリと視線を向けると。音の原因物は、彼から見て右下からであった。
今でも徐々に近づいてくる度に大きくなっていく、温かみのない音。
海里の足元へコツンと小さく当たり転がっていた物は停止する。やっと視界に入ってきた、ソレ。
(…………万年筆、なのか?)
よく見ると、形の良い漆黒色のブランドの筆記物。
年期が入っているのか、所々メッキが小さく剝がれており、凹み箇所もあった。クリップの色も同色。
キャップリングの部分は、銀色の帯が一本。それだけは控えめな青みがかった銀色だが、強い輝きを持っていた。
普通は、クリップとキャップリングの色は同色が主。
なのに、別色。それにしても……
(まるで、今着けている結婚指輪のような輝き……)
柄にも無く思いつつも……この万年筆をどこかで見た事のあるものだと、彼はふと思ってしまった。
だけど、思い出せない……━━
思い出せそうだけど、記憶の湧き水に〈何か〉が邪魔している。
このスッキリしない、もどかしさ。
気になったら止まらない歯がゆさで、頭の中がいっぱいになってしまった彼。
目の前の居る清酒を注いだ巫女が、「どうぞ、口付けてくださいませ」と式の進行を促していても、その言葉は耳に入っていないようで。珍しくもこの現状を、すっぽりと頭の中から抜けてしまっている海里。
寧ろ、━━━惹かれてしまったのだ。
そのまま腰を曲げ、吸い込まれるように足元に転がっている万年筆を、そっと包み込むように拾い上げた。その時。
「あ〜〜━━…、すんませ〜ん」