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第11話 一時の平穏な時間③



********


 ━━ カツ━━……ン



 突然、無機質な音が耳に入ってきた。

 参道を開始してから、雅楽から演奏されている清らかな音色たち。耳に印象深く浸透する〈越天楽〉の曲が流れているにも関わらずだ。

 最近、この社は改装されたためか。年月も経ち歩くたびに悲鳴に近い軋む音が鳴っていた床は、特殊コーティングされ艶めいた品のある奥深いこげ茶色になっている。

 そのためか、床表面の強度が通常より増し傷つきにくくなっているようだった。共に、相手を受付ないように跳ね返す音響が広がっていく仕組みだろう。


 のちに、落とされた原因物はコロコロと乾いた音が海里の方へ近づいていった。

 三々九度の最中での出来事。しかも、巫女が酒を注ごうとした時のこと。

 その乾いた音は、雅楽の大音量の音色で今のところ誰も振り向く様子もない。━━━海里以外は。

 その音の方向へチラリと視線を向けると。音の原因物は、彼から見て右下からであった。

 今でも徐々に近づいてくる度に大きくなっていく、温かみのない音。

 海里の足元へコツンと小さく当たり転がっていた物は停止する。やっと視界に入ってきた、ソレ。



(…………万年筆、なのか?)


 よく見ると、形の良い漆黒色のブランドの筆記物。

 年期が入っているのか、所々メッキが小さく剝がれており、凹み箇所もあった。クリップの色も同色。

 キャップリングの部分は、銀色の帯が一本。それだけは控えめな青みがかった銀色だが、強い輝きを持っていた。

 普通は、クリップとキャップリングの色は同色が主。

 なのに、別色。それにしても……



(まるで、今着けている結婚指輪のような輝き……)


 柄にも無く思いつつも……この万年筆をどこかで見た事のあるものだと、彼はふと思ってしまった。




 だけど、思い出せない……━━



 思い出せそうだけど、記憶の湧き水に〈何か〉が邪魔している。

 このスッキリしない、もどかしさ。

 気になったら止まらない歯がゆさで、頭の中がいっぱいになってしまった彼。

 目の前の居る清酒を注いだ巫女が、「どうぞ、口付けてくださいませ」と式の進行を促していても、その言葉は耳に入っていないようで。珍しくもこの現状を、すっぽりと頭の中から抜けてしまっている海里。


 寧ろ、━━━惹かれてしまったのだ。

 そのまま腰を曲げ、吸い込まれるように足元に転がっている万年筆を、そっと包み込むように拾い上げた。その時。



「あ〜〜━━…、すんませ〜ん」




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