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この馴染みのある、受け入れたくない官能的なテノール調の声色。
耳に入ってきた、魅惑的な嫌悪。蓋をしていた身体の火照りが蘇ってきそうになっている。
コレはマズイ、と思った海里。先程のように別の考えをして紛らわせようとする。
だが、昨夜刻まれた感触は、津波のように容赦なく襲い掛かろうとジワリ、ジワリと内側から襲ってくる。
『海里、可愛い……もう一回、気持ち良くしてやるからな』
(なんでッ!?忘れようとしていた昨夜のことをッ━━━━)
昨夜の一部フラッシュバックしただけで。全身に駆け走ろうしている、蜜のように蕩ける快感。
思わず喉から、甘い吐息を漏らしそうになり咄嗟に自身の唇を嚙み締めた。
そんなヤツの顔を見たくないと言わんばかりに、上げかけていた顔を条件反射で俯かせてしまう。
それでも相手は、昨夜と同様に海里の境界線を一歩一歩と踏み込んでくる。
━━━カツ、カツ、カツ…
甲高く、冷たい足音。破滅が近づいてくる……、そんな音色だった。
突如の結婚式の進行を妨げが入り、雅楽以外の視線はこちらへ向けて、ざわつき始めてしまった。それは出席している親族たちもだ。
「何やってんだよ!そんなのいいから早く戻れ!!」
宇宙からの怒涛の声を上げるも、足を止めずに機械のように進んでくる相手。
もうすぐ式の終盤を迎えようしている矢先に、邪魔してきた相手に我慢の限界に達した海里。
嫌悪と憤怒が入り混じった感情でいつの間にかできている握り拳のまま、勢いよく顔を上げる。
(な……何で、ここでも俺の邪魔をするんだ!お前はッ)
そして原因物に向かって、眼光を鋭く睨みつけた。母親譲りの大人を斜めに見るような鋭い眼差しが射抜く。
骨格が細身なのか男にしては、華奢な身体つき。共に卵のようにきめ細かい色白の肌も遺伝しているためか、一般女性と同様に美人そのものに入っている。
そんな彼に、学生時代に蔑んで貰いたいと言う輩がいたり、女装コンテストに出て欲しいと言う後輩もいたりして苦労した経歴がある。
そんなことを思い出しても、ただの現実逃避ということには変わりはない。
━━━━キュッ、
立ち止まった革靴の底が床に擦れる音。甲高く、耳障りな破滅の音色に吐き気が生まれる。そして、
「悪りぃな、海里。万年筆落とした。へへへ……」
同時に、悪びれもない屈託の笑顔で掌を差し出してきた、悪魔。
昨夜の獣が、海里の境界線の最奥部へ侵入してきた合図でもあった。
逃げたくても、逃げられない━━━