目の前で、立ち止まっている弟。早く返せと言わんばかりにゴツゴツとした男らしい掌を広げて待っている。
そのふてぶてしい態度に更にイラつきが増す、俺。通常なら、文句を言っているのが日常。
だが今は婚儀中のため、そんな失態を犯すわけにはいかない。
そんな感情的なことをするのは、馬鹿なヤツぐらいだからな。
それにちらりと横目で隣にいる妻の巴を見ると、状況をつかめていないのか心配そうな表情でこちらのやり取りを見ていた。
時折、白無垢から出ている手をこちらの腕の裾へ、掴もうかどうしようか迷っているようで。
(そう……これからは、巴さんと夫婦として生きていく)
戒めるように、俺は最高潮に達した怒りをこの場で無理やり抑える。
「………ほら、万年筆返すから。さっさと、親族側の席へ戻れ。嵐」
自身の掌の中に収まっている万年筆を相手に渡そうと、広げて待っている嵐の掌にそっと乗せた。嫌々ながらも、上か自身の掌と重ねるようにだ。
━━━するり…
突如、手の中からの感触。
全神経に甘い電流が駆け走った。思わず、ピクリと身体が小さく跳ね上がる。
それは、万年筆を置いた直後に起こった出来事だった。
最初は、壊れ物を扱うように優しく触れるように。そして嵐は、ツ━…、と指の腹で嬲り舐めるようにゆっくりと一つ撫で始める。
それは、なやめかしく、もどかしくて、切ない甘露のような……この快感。
続けて。互いの掌を重ねた状態で、中指、人差し指の順番で下から滑らかかついやらしく滑らす。
まるで、昨夜の━━出来事のように。
丁寧に蕩ける刺激を与えられ、強烈な快感を覚えさせられた身体。未知なる快楽の熱が、じわり、じわり……と俺の内側から炙るように蘇ってくる。
相手の味を知った境界線は、きゅぅと切なげに締まり、覚えたての潤いが生まれた。