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第16話 捕食者なアイツ④ 

 急いで巴さんに戻るように伝えている最中、━━…左頬に温かいモノを感じた。


 咄嗟に視点を変えると、逞しくゴツゴツとした野性的な掌。片手に包み込まれ顔を右側に強く引き寄せられる。

 当然、視界に入っていた心配そうにしていた巴の姿は消え、別の風景に変わる。

 一瞬。何事かと思い、思考が停止してしまった。

 すぐに視線を原因の方向へ向けると、今だに佇んでいる嵐の顔がドアップに写りだされる。

 いつもと変わらずの無表情の弟。嫌と言うほど何回も見てきた味の無い空虚な表情に、溜息を吐き捨てたくなるほどだ。他の奴らからしてみたら、相変わらず何を考えているか分からない表情で分からないだろう。

 でも………悲しいことに。

 生まれてから今日まで一緒に暮らしてきた兄弟だから分かってしまう。


 ━━━怒りを孕んだ、眼差し。


 今までの記憶の中で、かなり憤怒している嵐。

 そんな相手に対し、蛇に睨まれた蛙の如く。背筋が凍り、思わず気持ちが怯んでしまう。

 数分前に、挑発的な発言をしていた余裕そうな嵐とは違い。今、目の前にいる人物は別人かと思ってしまうほどだ。


 しかも、先ほどのやり取りがより近くなった距離間。目を反らしたくても、コイツの手によって固定され動けない。寧ろ、逃がさないと言わんばかりに無理やり顎を上げさせられている始末。

 当然、強制的に目線を合わせられてしまった今。

 急な展開に困惑しつつの俺はマネキンのように固まったまま、弟の猛禽類のような鋭い垂れ目でこちらを射抜くように貫かれる。

 そして、隠されている昔と変わらずの優しい眼に戻った、嵐。久々に見た弟の慈悲に満ちた瞳と表情。

 ここ数年、キッカケは分からないが。いつのまにかお互いに干渉しなくなったため、見ることもなくなっていた。

 数年ぶりに観た弟に、嬉しくて胸の奥から熱い涙腺が零れそうになる。


(また、昔みたいに笑い合える時に戻れるのだろうか?)


 それだったら、昨夜の過ちは無かったことでも構わない。

 婚儀が終わったら、仲直りしよう。

 本音で言うと家族内で、こんなギスギスした冷戦みたい日常は嫌いだ。

 他の兄弟たちも、嵐と俺が反発し合っているのを知っている。ただ、言わないだけで…………黙認している状態。

 それでも、時々気を使って声をかけてくれている。申し訳ない気持ちが日々募ってくばかり。

 ただでさえ、シゴトでも人間関係で気を張ってメンタルが削られているのに。共に身内の中でも、気を張っている毎日…………。でも、

(また、家族として穏やかな気持ちで生活が送れるなら…………、今までのことは水に流しても良い。また、昔みたいに皆で…………いや、巴さんも含めて心置きなく安堵した日常を!)

 自身の考えが纏まった今。曇天だった気持ちに光の一筋が差す。

 そして、見つめ合って数秒後。


 この感動は、消えることとなる。

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