真っ暗だった。程なく意識が戻った僕が見たものは暗い空間だった。一瞬、自分の心の中に入ったのかと思った。痛みは感じない。それが余計に現実感を削ぎ、今自分のいる場所の感覚を麻痺させた。
僕は死んだのかな。
間違いなく重傷を負った。後ろからは悲鳴が聞こえた。身体からは熱いものが流れた。そうだ、僕は間違いなく死んでいる。
一歩踏み出してみる。地面らしき何かが足の裏を支え、どうやら動けることがわかった。浮いているわけでは無い。つまり、幽霊では無いらしい。ただ、一歩動いたとて、目の前の景色が変わることは無い。真っ暗な空間。とてつもなく寂しくなり、その場で蹲った。
(どこかはわからない。でも、たぶん心の中か死後の世界なんだな、きっと)
そう思って僕は膝を抱えて震えた。
「ああ、ここにいたのね」
明るい声が聞こえてきた。女性の声だ。人らしき声だ。どこか懐かしい。しかし、僕8作なったままだった。
「どうしたの。寒いの。おかしいわね。温度は感じないはずなんだけど」
震えてる僕を心配そうに女性が抱き締めてくる。肌の温もりが暖かくて、僕の震えは止まった。そして、顔を上げる。すると、目のぱっちりした美形の中年女性が目の前にいた。
「誰」
僕は率直に思ったことを呟いた。
「私は女神よ。貴方を探してたの」
「なんで」
僕は目をうつろにしながら聞く。
「ここは生と死の狭間の世界。普通の人は意識を持って入ってくることは無いの。でも、貴方は瀕死の重体になって、本当の身体は今は病院。意識が死ぬか生きるかを彷徨っている状態なの。そこで私の出番ってわけ。生きたいか死にたいか教えてくれる」
女神は僕にしてみると飄々といった感じで状況を教えてくれた。
辺りを改めて見回してみる。女神と自分以外は真っ黒なままだった。
「生と死の狭間はその人の心を体現するの。とても暗い空間なのね、貴方の心は」
女神が気遣うようにそう言った。
「死にたい」
「わからない」
「じゃあ生きたい」
「わからない」
「そっかぁ」
女神は優しく一緒になって考えてくれてるようだった。
「瑠奈ちゃんは感謝してたみたいよ」
急にクラスメートの名前が出てきて当惑する。
「貴方が最後に助けた子。貴方の身体があるベッドの横で、必死に祈ってる」
恋を餌に、生きる道を与えてくれてるのか。
「お父さんも駆けつけてきてくれてるわよ」
家族を出汁に、生きる道に誘導するのか。
「ピクリとも世界が変わらないんだね」
女神が周りを見ながらそう呟く。つまりは、僕の心が先ほどの言葉達でどう変わるかを見たかったのか。
「お母さんに会いたい」
その言葉を聞いた途端。世界が今度は真っ白になる。酷く動揺する僕に呼応して、世界が明滅している。
「そっか。じゃあ、いってらっしゃい」
女神がそう言って指を鳴らすと、妙な浮遊感が襲った。