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第3話 女神

 真っ暗だった。程なく意識が戻った僕が見たものは暗い空間だった。一瞬、自分の心の中に入ったのかと思った。痛みは感じない。それが余計に現実感を削ぎ、今自分のいる場所の感覚を麻痺させた。

 僕は死んだのかな。

間違いなく重傷を負った。後ろからは悲鳴が聞こえた。身体からは熱いものが流れた。そうだ、僕は間違いなく死んでいる。

 一歩踏み出してみる。地面らしき何かが足の裏を支え、どうやら動けることがわかった。浮いているわけでは無い。つまり、幽霊では無いらしい。ただ、一歩動いたとて、目の前の景色が変わることは無い。真っ暗な空間。とてつもなく寂しくなり、その場で蹲った。

(どこかはわからない。でも、たぶん心の中か死後の世界なんだな、きっと)

 そう思って僕は膝を抱えて震えた。

「ああ、ここにいたのね」

 明るい声が聞こえてきた。女性の声だ。人らしき声だ。どこか懐かしい。しかし、僕8作なったままだった。

「どうしたの。寒いの。おかしいわね。温度は感じないはずなんだけど」

 震えてる僕を心配そうに女性が抱き締めてくる。肌の温もりが暖かくて、僕の震えは止まった。そして、顔を上げる。すると、目のぱっちりした美形の中年女性が目の前にいた。

「誰」

 僕は率直に思ったことを呟いた。

「私は女神よ。貴方を探してたの」

「なんで」

 僕は目をうつろにしながら聞く。

「ここは生と死の狭間の世界。普通の人は意識を持って入ってくることは無いの。でも、貴方は瀕死の重体になって、本当の身体は今は病院。意識が死ぬか生きるかを彷徨っている状態なの。そこで私の出番ってわけ。生きたいか死にたいか教えてくれる」

 女神は僕にしてみると飄々といった感じで状況を教えてくれた。

 辺りを改めて見回してみる。女神と自分以外は真っ黒なままだった。

「生と死の狭間はその人の心を体現するの。とても暗い空間なのね、貴方の心は」

 女神が気遣うようにそう言った。

「死にたい」

「わからない」

「じゃあ生きたい」

「わからない」

「そっかぁ」

 女神は優しく一緒になって考えてくれてるようだった。

「瑠奈ちゃんは感謝してたみたいよ」

 急にクラスメートの名前が出てきて当惑する。

「貴方が最後に助けた子。貴方の身体があるベッドの横で、必死に祈ってる」

恋を餌に、生きる道を与えてくれてるのか。

「お父さんも駆けつけてきてくれてるわよ」

 家族を出汁に、生きる道に誘導するのか。

「ピクリとも世界が変わらないんだね」

 女神が周りを見ながらそう呟く。つまりは、僕の心が先ほどの言葉達でどう変わるかを見たかったのか。

「お母さんに会いたい」

 その言葉を聞いた途端。世界が今度は真っ白になる。酷く動揺する僕に呼応して、世界が明滅している。

「そっか。じゃあ、いってらっしゃい」

 女神がそう言って指を鳴らすと、妙な浮遊感が襲った。


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