どうして理沙の進学先を知ったのか不思議でしょうがなかったが、なんのことはない、教えたのは母親だった。
内緒にしてと言っていたのに、訊かれて喋ってしまったと問い詰めたらあっさりと白状されて脱力した。
これからの大学生活にワクワクしていたところに水を差されたかたちになり、一気に気持ちが落ち込んでいたが、幸いなことに麗奈とは学部が違ったため校舎も違うから、ほとんど会う機会はないと気づき胸をなでおろす。
広い敷地の構内では偶然すれ違うなんてこともなく、安心して大学生活を楽しむ気力が湧いてきた。
もしかしたら麗奈が一緒の大学を選んだのも、単に希望する学科があったから同じところを目指しただけだっただけかも……と楽観視し始めていたが、それが甘かったと思い知らされることになる。
理沙は友人に誘われて映画研究会に入っていたのだが、そこにもうすでに別のサークルに所属していた麗奈が掛け持ちと言うかたちで入ってきたのだ。
……このサークルでの出来事は、理沙にとって最もつらい日々として記憶に刻まれている。
理沙は入部してからすぐ、仲良くなった先輩がいた。
彼とは実は高校が同じだったらしく、後輩だった理沙の顔を覚えていて声をかけてくれたのだ。
最初から彼は理沙に好意的で、よく映画や食事に誘ってくれるようになって、だんだん二人きりで映画や食事に行くことが増えた。
周囲からは自然とカップル扱いされるようになり、まだ付き合ってないの? などと揶揄われることも増えてきた。
だが理沙は高校の時のことが少々トラウマになっていて、恋人っぽい雰囲気になるのを避けていた。
やんわりと距離を取ろうとする理沙の態度に気付いた彼が、もし不安に思うことあるなら直すから、俺と付き合うことを考えてみてほしいと告白してくれた。
過去の出来事を話すと、自分は絶対理沙を傷つけないと何度も言ってくれて、それなら彼を信じてみようと思えて付き合い始めたばかりの頃……。
見計らったかのように麗奈はサークルに現れたのだ。
「初めましてぇ。勧誘されてきちゃいましたあ。理沙ちゃんのお友達の麗奈でーす」
ある日、サークルの部屋に入ると麗奈がいた。
同じサークルに来てほしくないのでずっとどこに入っているかを濁していたのに、理沙と同じ学部の男子と一緒に現れたから、その彼から聞いて来たのだろう。
最悪……と落ち込む理沙をよそに、可愛くて人懐っこい麗奈はあっという間にサークルに馴染んでいった。
理沙は彼氏のことを知られまいと付き合っていることを必死に隠していたけれど、どうやら麗奈はすでにそのことを知っていたらしい。
「あっ!理沙ちゃんの彼氏サンですよね! ずっとお会いしたかったんですー」
わざわざ駆け寄って話しかけていたから、過去にやられたことがバーッと脳裏に蘇る。
(まさか、私に彼氏ができたから近づいてきたの? まさかまた裕太のように奪うつもりなの?)
べったりと腕にからみつく麗奈の姿を見ていたら、思わず言葉が口からこぼれた。
「……そうやってまた麗奈は、前と同じことするの?」
とがった声で言ってしまったら、麗奈はその場で泣き出してしまった。
得てして、男性陣は可愛い女の子の涙に弱いものだ。
事情を知らないその場にいた男たちが、理沙に対して非難の目を向けてくる。言葉の意味を理解した彼氏すら苦々しい顔をしていたから、あ、失敗したと思ったけれどもう遅かった。
そこから平和だった理沙のキャンパスライフが壊れていく。
まず、かつて彼氏を盗られた件について、理沙の彼氏が麗奈を好きになってしまったせいで逆恨みされている……ということになってサークル内で噂が広まっていた。
大きく間違ってないが正しくもない内容になっていて、サークル内では理沙に対して責めるような空気を感じるようになってきた。
ちゃんと正しい説明をして分かってくれる人もいたが、可憐な美少女の麗奈を悪者にしたくないのか、男たちは理沙に対し冷たい対応をするようになっていた。
変わらず仲良くしてくれる人もたくさんいるのだから、気にしないようにして過ごしていたある時、唐突に彼氏から別れを告げられた。
「嫉妬で友達にひどい嫌がらせをするような人とは付き合っていけない」
「嫌がらせ……って、なんのこと?」
「しらばっくれるなよ。あんなひどいことしておいて、よくもそんな平気な顔していられるな」
「だからなんのことって訊いてるじゃない。言ってくれなきゃ分からないよ」
「っ、逆ギレかよ! 最低だなお前!」
突然彼から、いじめをするなんて最低だと罵られて唖然とした。何もしていないと否定したが、もう騙されないからなどと訳の分からないことを言われて理沙は混乱した。
ちゃんと話がしたいと対話を持ち掛けても、激怒している彼はこちらの話を聞かず怒鳴り散らして会話にならない。
誤解があるならそれを解きたいと思って何度も会話する機会を求めて連絡したが、彼の友人たちからストーカー呼ばわりされて引き下がるしかなかった。
彼氏に分かってもらうことは諦めて連絡をしなくなっても、彼の友人たちが理沙を見かけると口々にストーカーが来たなどとはやし立てるようになってしまい、困り果てた理沙は女子の先輩に相談をした。
事情を聞いた先輩は怒ってその友人たちへ抗議しに行ってくれたが、そのせいでサークル内の男女が対立する事態を引き起こしてしまった。
理沙の味方をしてくれる女子たちと、彼氏側につく男たち。
男たちの真ん中には麗奈がいて、男たちが姫を守る騎士のようにふるまっているせいで余計に女子たちの反感を招いていた。完全に男女で対立するかたちになり、サークル全体を巻き込む大きな諍いに発展してしまった。
以前ののんびりとした雰囲気はどこにもなく、皆がギスギスしてまともに活動ができなくなり、皆を巻き込んでしまった申し訳なさで理沙は責任を取るという名目でサークルを辞めた。