後から聞いた話だが、彼氏が理沙に別れ話を持ち掛けてきたときにはもう彼は麗奈と付き合っていたらしい。
どうしてそれを知ったかと言うと、理沙が辞めたあとのサークル内で麗奈をめぐって男たちが醜い争いを初めて、彼氏が麗奈は自分の彼女だと宣言し、理沙と別れる前から付き合っていた事実を自ら暴露したそうだ。
理沙が麗奈を逆恨みしているという噂を最初に言い触らしたのも、実はこの彼氏が始めたことだった。
理沙と別れて麗奈と付き合うために嘘を広めたのかと、今度は彼氏のほうが非難の対象になって男子同士で揉めていると聞かされた。
あまりにもバカバカしい後日談で、思わず悪態をついてしまう
「くっだらない……」
「ね、男どもの醜い争いに皆辟易して、まともな人はもうサークルに残ってないよ」
彼と同じ学部の女子から色々そのあたりの話を聞かせてもらったが、こんな風になっているから絶対に近づかないほうがいいと忠告するつもりで教えてくれた。
どうせもう彼ともサークルとも縁が切れているし、関わるつもりはないから大丈夫、と軽く返事をして深刻に受け止めなかった。
だが、その後元カレが理沙を待ち伏せして声をかけてきたのだ。
「お前のせいで、俺もサークル辞めることになったよ」
一人になったところを狙って近づいてきたと元カレは、何の前置きもなくそんな言葉を理沙に吐き捨てた。無視すればよかったのだろうが、こちらに非があるような言い方をされてつい会話に応じてしまった。
「なんで私のせい?」
「麗奈がお前に許してもらいたいから俺と別れるって言いだして……俺はそんな理由じゃ納得できないって言ったんだけど、麗奈の取り巻きたちが俺をストーカー呼ばわりしてきてさ。理沙とのことがあったから、他のサークルメンバーも俺の味方になってくれなくて、追い出されるみたいに辞めたんだよ」
麗奈の別れ話の常套句に自分が使われていると改めて知って怒りが湧く。
彼が破局したのも、サークルを辞めることになったのもどうでもいい。ものすごくどうでもいい。
そんなくだらない話をしてきた挙句、こちらのせいにして責めてくる元カレの最低さに心から腹が立つ。
「それ、私のせいじゃなくない? ていうか、自分がしたことが全部返ってきただけじゃない。自業自得」
「いや、だってさ……もとはと言えばお前が嫉妬して麗奈に嫌がらせしたせいだろ。俺は正彼女を守っただけなのに、どうして悪者扱いされなきゃいけないんだ」
「その嫌がらせっていうのだってそもそも作り話だし、悪者扱いじゃなくて私にとってあなたは根拠のない悪い噂振りまくホントの悪者だし」
「作り話なわけねーだろ! だって俺は麗奈から直接聞いたんだからな!」
「麗奈の妄想だよ。それに無関係な私を巻き込まないでよ……」
「無関係じゃない! お前は俺の彼女だろ!」
「別れたでしょ。あなたが一方的に人を悪者扱いして振ったのを忘れた?」
「……ああ、なんだ振られたことを根に持ってるのか? お前次第だけど、やり直してやってもいいよ。でもその代わりに麗奈とサークルの奴らに俺のこと取りなしてくれたらまた付き合ってやる」
「なにそれ怖い……どうしてそういう発想になるの。話にならない」
「おい、ちょっと待てって!」
あまりにも人を馬鹿にした提案で最後まで聞いていられず、話の途中で逃げ出した。
当然元カレが追いかけてきたが、近くにいた知らない人が不穏な様子を察して間にはいってくれたおかげでそれ以上絡まれずに済んだ。
こんなことになってもまだ理沙を悪者にしてそのうえ取りなしを頼んでくる元カレに呆れるばかりだ。
不愉快極まりない邂逅だったが、聞けて良かったと思う点がひとつある。
「やっぱり、麗奈が元凶か……」
麗奈から聞いたという彼の言葉からして、どうやら嫌がらせというのは麗奈が元カレに作り話を吹き込んでいたようだ。
辻褄が合わない話も多いのに、それをまるっと信じた元カレが阿呆なのだが、可憐な女の子が涙ながらに訴える内容が嘘だとは思わないのだろう。
まあ騙されたんだねとは思ったが、元から麗奈の話だけをまるっと信じ、理沙には何も訊かずいきなり別れを告げたのだから、同情の余地はない。
それからは話しかけられても徹底的に無視した。
元カレにはその後も付きまとわれ、非難と復縁要請を交互にやられてうんざりだったが、事情を知る周囲の人たちが守ってくれて、それから直接被害を受けることはなく過ごせた。
そのうち元カレは四年生になって就職活動が本格的になり理沙に構っている暇もなくなったようでいつの間にか姿を見なくなっていった。
元凶となった麗奈と言えば、その後残った男性たちが麗奈をめぐって争いが続き、まともな人は辞めていってしまったためサークルはまともに機能しなくなり、壊すだけ壊して麗奈はさっさと辞めていってしまった。
さんざん人間関係をかき回して理沙の平穏も全部壊していった張本人だというのに、麗奈はその後しれっとした顔でまた理沙に話しかけてきて友達面をしてきたのには神経を疑う。
(麗奈は一体何がしたいんだろう?)
ずっと疑問だった。
人の彼氏に悪口を吹き込んで別れさせ、サークルにも居られないようにしたくせに、まだ友達でいられるとでも思っているのだろうかと怒りよりも不可解さが上回って不気味に思う。
それよりも、どうして自分にこんなにも絡んでくるのか分からない。
「なんで麗奈は私に付きまとってくるの?」
一度、耐え切れずにそう訊ねたことがある。
「ええ? だって理沙ちゃんは私の大好きな親友だからもっと一緒にいたいと思っただけなのに……付きまとうとか、そんな風に思われていたなんてショック」
――親友。
理沙としては親友どころか友達だとも思っていない。麗奈はよくこの単語を使うが、対外的に言っているだけだと思っていた。だがもしかして、麗奈のなかでは本当に理沙とはとっても仲が良い友達だという妄想が出来上がっているのだろうか。
真意が分からずじっと彼女の目を見つめるが、いつものよくできた泣き顔からは何も読み取れない。
「親友? 誰と、誰が……」
言うべきじゃないと分かりつつ、そう問い返してしまうと麗奈はひと際大きい鳴き声を上げてその場から走り去ってしまう。
どうせこの話も誇張して理沙が悪く言われるんだろうなと思っていたら、案の定、『お前なんか友達じゃない』と言ったことにされており、麗奈のボディーガード気取りの男連中からさんざん嫌がらせを受ける結果になった。