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第13話 麗奈からの接触


 今日行く店は、理沙の会社近くにあるイタリアンバル。

 ここは最近改装して、テラス席が設けられてから以前よりもにぎわっている。

 気候の良い時期は外の席のほうが人気で、ワイワイとお酒と食事を楽しんでいるお客でいつも満席になっている光景をよく目にする。立ち飲みで良ければ中のカウンターで飲めるので、一人で来る客も多い。


「いい店だなー。わざとこの雑多な雰囲気にしているんだろうな。カウンターは客の回転率が上がるし、一人飲みの客も呼び込めるからいいな」

「確かに。カウンターでちょっと料理つまんで飲むのもいいね」


 大皿料理もあるが、つまみにちょうど良い一品料理が色々あって美味しそうだ。飲み物の種類も豊富で、何度も通いたくなる店である。

 四人掛けのテーブル席に案内され、席に着くと圭司がワクワクした表情であちこち見回している。内装の面白さと料理の豊富さで話が盛り上がった。

 まずアラカルトを注文して、ビールとともに料理をつまむ。

 どれも美味しくて二杯目のグラスが空きそうになった頃、ものすごく聞き覚えのある声が理沙の名を呼んだ。

 振り返るまでもなく、誰だかの予想がついて背筋に緊張が走る。


「わあ! 理沙ちゃん偶然! こんなところで会えるなんて嬉しいなあ」

「……麗奈」

 ミルクティー色の巻き髪をふわふわと揺らしながら麗奈がこちらに駆け寄ってくる姿が目に入る。その後ろには顔色の悪い幸生がいた。


「えっとね、私たちもご飯しに来たんだぁ。……あっ! もしかして彼氏さんと一緒だった? こんにちはぁ、私理沙ちゃんの友達で……」


 理沙に声をかけてきたにも関わらず、麗奈はまっすぐに圭司の隣に向かい、距離を詰めてくる。圭司はすっと表情を切り替え、営業スマイルを浮かべるが目元は全く笑っていない。


「ここ美味しいって聞いたから来てみたけどすごく混んでて、カウンターしか空いてないみたいなの。理沙ちゃんがいてよかったぁ~相席させてぇ」


 許可される前にもう麗奈は圭司の隣の席に手をかけて座ろうとしている。


(アンタがそこに座ると幸生が私の隣に来ることになるんですけど?)


 奇麗にネイルが施された手を伸ばし、圭司の肩に触れそうになるのを見て、みぞおちあたりがひやりとして無意識に言葉がこぼれた。


「汚い手で触らないで」

「えっ?」


 低い声に驚いた麗奈がビックリした表情で振り返る。理沙自身も結構な暴言を吐いてしまったことに驚き、我に返って慌ててしまう。


「あ、いや、その」


何か言い訳を口にしかけた瞬間、圭司がすっと立ち上がった。


「ああ、俺たちもう食い終わって出るところだったんで、どうぞこの席使ってください。じゃあ理沙、行こうぜ」

「えぇ~せっかく会えたんだから一緒に飲みましょうよぉ。ホラ、理沙ちゃんの昔の話とか聞きたくないですかぁ?」

「そちらも彼氏サンと一緒のようですからお二人でごゆっくりどうぞ」


 さりげなく麗奈の手をよけつつ圭司は彼女の横をすり抜けると、理沙の腰を抱いてさっさと会計へと向かう。

 チラと後ろを振り返ると、幸生が必死に取りなしている姿が目に入る。一瞬目が合った麗奈が不敵に笑ったように見えたが、気づかないふりをしてさっさと店を出た。



 圭司に手を引かれ黙ったまま二人並んで繁華街を歩く。

 速足で歩いて店から少し離れたあたりで、気になっていたことを質問してみた。


「あのさ圭司、どうして店をでたの? 麗奈と接触するチャンスだからあのまま相席するかと思った」


 暴言を吐いた理沙が言えることではないが、本来の目的どおりならあのまま相席して麗奈が圭司に興味を持たせるほうがよかっただろう。だが圭司は麗奈が現れた時点でもう帰る準備を始めたように見えた。

 いつもより硬い表情の圭司は、少しため息をついて理沙の手を握り直す。


「だって理沙、あの二人が来たとたん顔真っ青になっていたし、相席なんて無理だっただろ」


 今も手が冷たいと言われ、自分が極度の緊張状態にあったことにようやく気が付く。冷えて強張った手を温めるように優しく握りこまれ、ふっと力が抜けた。


「ごめん、自分で思っていたより全然割り切れていなかったのかも。偽装彼氏とか計画する前に、私自身がもっと冷静にならないとダメだね」

「いや、あの二人と仲良く相席なんて普通無理だから謝るなよ。というかあの子彼氏放って一直線に俺のほうに来てたな。怖すぎて俺も無理だったわ。ちょっと計画を練り直さないとだめかもなあ」


 圭司の言葉に頷くしかない。

 麗奈を嵌めてやると言いつつ、肝心の理沙がこの有様では上手くいくはずもない。



「急いで店出ちゃったけど、これからどうしようか。どこかお店入りなおす?」


 麗奈たちが来てしまったせいで、つまみをちょっと食べただけで店を出てしまった。なんだかお腹も中途半端だし話し合いもできていない。


「それなんだけど、良かったらウチ来るか?」

「え? 圭司の家?」

「お前まだ顔色悪いし、一人で帰らせるのも心配なんだよ」


 ここから近いから、少し休んで行けと圭司は言う。


「……じゃあお言葉に甘えて」


 家にまでお邪魔するのは図々しすぎるかとは思ったが、はっきり言って今一人になりたくなかった。

 理沙が了承したところで圭司がタクシーを止めて乗り込む。

彼の家はそこから十分ほどの距離ですぐに着いてしまった。そこは小さめのデザイナーズマンションで、外観は落ち着いた雰囲気だったが、エントランスを抜けると変わった形のソファが並んでいて、そこはフリースペースになっているようで談笑している人たちが座っていた。

 エレベーターはカードキーが必要で、セキュリティがしっかりしているなあと感心してしまう。理沙が学生時代から住むワンルームとはえらい違いだ。


「とりあえずソファに座ってて。今なんか飲み物だすから」


 部屋の中はすっきりと片付いていてあまり物が置かれていないが、広いベランダにはたくさんの観葉植物があってちょっとした植物園のようになっている。植物の隙間にハンモックがあるのが見えた。

 ハンモックに寝そべる圭司を想像するとなんだかおもしろい。


「ごめん。飲み物、ビールと水とコーヒーしかなかった。食事は宅配頼むから、ついでになんか飲みたいもの教えて」

「あ、お水もらっていい? そっか、来るときになんか買ってくればよかったね。気づかなくてゴメン」

「いやいや、家でゆっくり注文するほうがいいじゃん。てか、寒くないか? ほら、ブランケットあるからかけとけ」


 どこかから持ってきたブランケットを理沙の膝にかけてくれる。すぐにタクシーを使ったのも、どこにもよらずに家に直行したのも、理沙の体調を気遣ってそうしてくれたのだと分かる。そしてさっとブランケットが出てくるところも、女性が冷えた時に渡すために用意してあるんだろうなと感じた。


(ここにも女の子がしょっちゅう来るのかな)


 そう考えると急に落ち着かない気分になる。確か今、彼女はいないと聞いたが、ずかずか上がり込んだりして、ちょっと図々しかったかもしれない。急に不安になった理沙は、宅配の注文をしようとしている圭司の手を止める。


「あっ、あの……私もう体調良くなったから、一人で帰れるよ? あんまり長居しちゃ迷惑だろうし、部屋で食事したら汚しちゃうかもしれないし」

「ん? じゃあ飯一緒に食ってよ。色々頼みたいからさー。てか迷惑だったら連れてこないし。家に人呼ばないから何の準備もなくてこっちこそ申し訳ないけど、俺が理沙とゆっくり話したかったんだよ」


 だから寛いでくれると嬉しい、と笑顔で言われ内心ホッと息をつく。気を遣わせないようにしてくれる配慮も本当にありがたい。

 中華料理を頼んでくれたようで、ほどなく宅配が届く。温かい中国茶も一緒に頼んでくれてあり、ありがたく受け取る。


「とりあえず食べようぜ。さっきつまみしか食えなかったしな」


 麗奈たちが来たせいで、少し料理をつまんだところで店を出てしまった。出来立ての中華料理を前にすると急に空腹を覚えて、二人では多すぎる量の料理がどんどん空になっていく。

 圭司も最初は理沙に付き合ってお茶を飲んでいたが、辛い麻婆豆腐を食べて、やっぱり酒が欲しいと言ってビールを開け始めた。理沙はお酒はやめておくつもりだったが、コロナビールにちゃんとライムが添えられているのを見て、我慢できずに結局飲んでしまった。

 お腹が満たされていい感じに酔いが回ってきたところで話題は改めて麗奈の話になる。




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