圭司と理沙が出会ったのは高校時代。
「あんた、理沙のこと好きでしょ」
中学からの友人で高校でも比較的仲良くしていた萌絵から、理沙と裕太が別れた直後にそんな言葉を投げかけられた。
理沙とは裕太の元カノ。同級生。それ以上でもそれ以下でもない。
部活仲間のみんなで遊んだりする程度の仲で、個人的に親しくもない。真面目で性格がいい子だとは思っているが、そんな風に思ったことなどないし、思わせぶりなこともしていないつもりだった。
だから萌絵がそんなことを言ってくる理由が分からなかった。
「なんでそう思った? 別に俺、理沙と二人で遊んだこともないんだけど」
「そう、その程度の付き合いしかないのに、裕太が理沙を振った時にすごく意見してくれたじゃん。裕太を殴る勢いで怒ってくれたから、てっきり理沙のこと好きだったのかと思ったんだけど、違った?」
「違うって。単に裕太の身勝手さにムカついただけだって。変なこと言うなよ、誤解されたら理沙にも迷惑がかかるってことくらいわかるだろ?」
そう指摘すると、そっかごめんと萌絵はすぐ引き下がった。
中学から付き合いのある萌絵とは気の置けない友達で、お互い恋愛感情を抱かないと感じる相手だから気軽に話ができる。
だからこの話も軽口の一種だとわかっていたが、この時の萌絵の言葉がずっと気になって、なんとなく理沙と話す時に気を遣うようになってしまった。
百田理沙。
美人だけれどあまり女を感じさせないタイプで、男女ともに友人が多いけど初対面の人に対してはシャイ。赤信号では車が来ていなくても待つ生真面目な性格。自分が知っているのはその程度だ。
特に好みのタイプというわけではない。
……ただ、絹糸みたいにサラサラの長い髪は目が行ってしまうかもしれない。
入学当初、席が近くてよく話すようになったが、理沙は圭司の周りに人が集まってくると、するっと輪から抜けていってしまう。
騒がしいのが嫌なのかと思っていたが、どうやら圭司目当ての女子から牽制されていたらしいと知った。面倒ごとを避けたいから適度に距離を置くようにしたのだろう。その気持ちを汲んで、圭司はできるだけ理沙には踏み込まないようにしていた。
そして気づけば理沙は圭司の部活仲間である裕太と付き合い始めた。
裕太はちょっとミーハーなところがあるが何事にも一生懸命で、入学してずっと理沙にアタックしていたらしい。
結構仲のいい友達だと思っていたのに、全部事後報告だったことには少々傷ついたが、お似合いの二人だと思ったから部活のメンバー皆で祝福した。
裕太のほうが惚れていて理沙が口説き落とされたかたちだが、付き合い始めてからの裕太は、ちょっと偉そうな俺様彼氏みたいな態度を取ることがあってちょっと驚いた。
理沙のほうが成績もいいし、彼氏としては彼女より上に立ちたいみたいな気持ちがあったのだろうが、そんなんじゃいつか愛想を尽かされるぞと周囲は注意していた。理沙自身はあまり気にしていないようで、裕太の偉そうな態度に対してもおおらかに接していたため、二人の付き合いは穏やかに続いているように見えた。
だがある時、二人が別れたと部活仲間から聞かされた。
ついに理沙が愛想を尽かしたのかと思ったら、それがなんと、裕太が他の女に乗り換えて理沙を振ったんだと知って驚愕した。
信じられなくて直接裕太に問い質しに行くと、けろりとした顔で事実だと認めた。そのうえ誇らしげにかわいい新カノの写真を見せてきたので、他の奴らも信じられないものを見るような目で裕太を見ていた。
他校の女子らしいが、どうやって知り合ったのか聞けば、実は理沙の友達の女の子だとしゃあしゃあと言ってのける。
よくもまあ、彼女の友達に乗り換えられるものだ。
節操もモラルもないその行動に仲の良い部活仲間は本気で怒って抗議したが、裕太は聞く耳を持たず大喧嘩になり、そのまま仲違いしてしまった。
こんなことになってしまって、理沙がどうしているのか心配だった。
彼氏にも友達にも裏切られて、さぞかしつらい思いをしているんじゃないかと気が気でなかった。なにかしてあげたいと思うけれど、理沙は仲の良い友人ががっちりガードして、野次馬してくる奴らから彼女を守っていたため、入る隙がない。
圭司は裕太の友達だから周囲の女子が余計に警戒しているようで、励ますためにカラオケでも……と誘ってみても速攻断られてしまう。
結局、遠くから見ているだけで理沙とはほとんど会話もできなくて、裕太とも喧嘩続行中で微妙な空気のなかそれでも部活を続けていた。
ある日、顧問と話しこんで下校が遅くなってしまった時に理沙が昇降口にひとりでいた。
彼女も下校が遅くなったのか、ひとりのようだったので、一緒に帰ろうと声をかけるか迷っていたら、下駄箱の影から裕太が現れた。
「理沙! お前、麗奈に何を言ったんだよ!」
「え? なに? いきなり」
突然現れた裕太は何の前置きもなく詰問口調で理沙に食って掛かっていた。状況が読めず戸惑う理沙に、麗奈とかいう女に振られたこと、その原因が理沙にあるなどと言って責め立てている。
「俺に振られた腹いせに、麗奈に別れるよう脅したんだろ⁉ お前がそんな卑怯な真似するとは思わなかった!」
「……なにそれ、知らないよ。麗奈からの連絡はブロックしてるし、私関係ないよ」
「嘘つくなよ! 麗奈にしつこく付きまとってたんだろ? 俺知ってるんだからな! 俺らを別れさせたって理沙とよりを戻すことは絶対ないんだから、嫌がらせすんのやめてくれよ」
あまりにも理不尽な裕太の言い分に、陰で聞き耳を立てていた圭司もカッと頭に血が上る。
とっさに二人の前に飛び出した。
「なんかすっげえ最低なこと言ってるのが聞こえちゃったんだけど。裕太ってそんな馬鹿だったっけ」
急に現れた圭司を見て、裕太はみっともないほど動揺していた。
「は、はあ? 立ち聞きしてんなよ。お、圭司には関係ないだろ! 首突っ込んでくんなよ!」
顔を真っ赤にして激高する裕太をなだめながら後ろに立つ理沙に声をかける。
「行って」
「え、でも……」
「いいから。危ないから行って」
戸惑っていたが重ねてこの場から離れるように言うと、急いで走って行った。