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第17話 Side:圭司2


「裕太さあ、別れた彼女に八つ当たりして恥ずかしくねーの? 理沙はそんなことする奴じゃねえって分かるだろ。今カノに振られたのを元カノのせいにするとかさぁ、友達として見てるこっちが恥ずかしーわ」

「う、うっせーよ! なんも知らねえくせに口出してくんなよ! 理沙が麗奈に別れろって言ったせいで振られたんだから、八つ当たりじゃねえ!」

「おまえ……そんなおかしい奴だったか……? 自分が何言ってるか理解してんの?」


 そもそも理沙の友人に乗り換えた時点でどうかしていると思っていたが、今はもう常軌を逸している。


「理沙が嫌がらせとかするわけないって言ってんの。アイツの性格の良さ、元カレのくせにわかんねーの? つか、ちゃんと事実を確認したのかよ。してねーだろ。そのナントカって女と付き合ってから頭バカになったんじゃねえ?」

「なんだと!」


 胸倉をつかまれる。最初に殴られればそのあとは正当防衛ってことになるよなとかぼんやり考えていると、職員室から先生たちが駆けつけてきてくれた。


「おいっ! 何をやっている!」


 裕太を引き離してくれて、あいつは職員室に連れていかれた。自分も喧嘩をしたことで叱られるだろうと思ったが、意外なことに先生は自分を心配する言葉をかけてくれた。


「大丈夫か? 怪我はしていないか?」

「あ、大丈夫っす。ちょっとシャツ引っ張られただけなんで」


 聞くと、理沙が先生たちを呼んできてくれたそうだ。

 本人はこの場には出てこないように先生が事務室に留め置いていたが、裕太が連れていかれてようやく彼女が駆けつけてきてひたすら頭をさげていた。


「悪いが百田と一緒に帰ってやってくれるか?」

「俺は構わないですけど……」


 ちらと理沙を見ると、申し訳なさそうにまた頭を下げている。自分が一緒でいいのか不安ではあったが、青い顔をしている彼女をひとりで帰らせるのは心配だった。

 裕太はしばらく留め置くので、すぐ帰ったほうがいいと言われ追い立てられるように学校を後にした。

 近い距離で並んで歩いて、柄にもなく緊張する。


(あ、俺ちょっと浮かれているかも)


 二人きりになって初めて、自分が理沙を結構意識していたことに気がつく。

 柄にもなく浮かれている自分に呆れつつ、他の奴らを気にせずに彼女と話してみたかったんだなあと思いながら横を向くと、理沙は青い顔をして瞳には涙が溜まっていた。


(あ……)


 浮かれた自分を殴りたくなる。

 理沙がショックを受けないはずがないのに、そんな当たり前のことにも気がつかず『話してみたかった』なんて自分本位のことばかり考えていた。恥ずかしくて申し訳なくて、何も言えず立ち止まってしまった。

 目が合うと、圭司が気まずそうにしているのが分かったのか、無理に明るい声で理沙のほうから話しかけてくれた。


「かばってくれてありがとうね。圭司が来てくれて本当に助かった」

「あー……そんなん全然。つか、怖かったよな。もっと早く止められればよかったのに、遅くなってごめん。大丈夫か?」

「うん、でも……圭司が私のこと、そんなことするヤツじゃないって言ってくれたでしょ? あれ聞いたら大丈夫になっちゃったよ」


 ニコッと笑う顔には、さっきまでの悲壮感はない。

 カッコつけて偉そうに言ったセリフを聞かれていたのかと思うと、妙に恥ずかしい。


「いや、実際理沙はそんなことしないじゃん。そういう卑怯なことって理沙から一番遠い行動だからさ、俺だけじゃなくて皆知ってるよ」

「ん、でも、圭司が少しも私のこと疑わないですぐ言い返してくれたから、すっごく嬉しかった。すっごく救われた。ホントにありがとうね」


 職員室にまで怒鳴り声が聞こえていたよ、と理沙はちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 上手く言葉がでてこなくて、あーとかウンとかダサい反応しか返せない。


(あー、俺……理沙のことまじで好きだったのかな)


 思えば入学当初から目で追っていた。

 つるむメンツが違うからそんなに近しくないのに、理沙に関わる話をいつも気にしていたように思う。女子と話す時に緊張するなんて今までなかった。理沙だけが自分にとって特別なんだと、今日この瞬間に思い知ってしまった。


 なんだか離れがたくて、先生に頼まれたからという名目で彼女の家まで送っていってしまった。遅くなるのに申し訳ないと何度も遠慮されたが、押し切った。


 自分の気持ちに気付いても、この時は理沙とどうこうなるつもりはなかった。

 それでも今よりはもっと親しくなりたい、友達としてでもいいからもっと話したいという欲は湧いてくる。

 でも裕太のことで混乱している彼女に、更なる悩み事を増やしたくなかったし、無理に距離を詰めることはしない……と考えていたのに、翌日にすぐ仲の良い女子から理沙の名が出てきて肝が冷えた。


「ねー、圭司ってさあ、まさかと思うけど百田さんと付き合ったりしてないよね?」

「は? なんでだよ」

「昨日、駅前でさあ圭司が百田さんと一緒にいるとこ見ちゃったんだよねえ。なんか親密そうだったし、まさかなーと思って」

「部活って言ってたのに、あの子と遊びに行ったの?」


 理沙と一緒に帰ったところをこの女子たちに見られていたらしい。

 笑っているけれど言葉にとげがある。

 あー、失敗したなと心の中で舌を打つ。


「部活の顧問と話してたんだよ。理沙も同じだったらしくてさ、俺が帰る時にもう暗いから一緒に帰ってやれって長センに頼まれたんだよ」


 女子バレー部の顧問の名を出す。実際その先生に頼まれたのだから嘘は言っていない。

 面倒くさそうな態度で答えると、えー、なぁんだと彼女らはあっさりと引き下がった。

 だが、彼女たちが目くばせしあうのを見逃さなかった。まだ疑っているが、圭司の機嫌を損ねないためにここは一旦引き下がろうという腹だろう。

 過去にこういうことはたくさんあった。

 自分が対応を間違えたら、無関係の子が巻き込まれて嫌な思いをさせるかもしれないと思うから、女子と話す時は最大限の注意を払っている。


(あー、気分悪い)


 中学校の時に、圭司が委員会で一緒になった女子が登校拒否になってしまったことがある。

 あの時の出来事は、心のとげになって今も圭司の胸に刺さっている。



 ――真面目で優しい子だった。

 その子は一緒の委員会になってからよく話すようになった。委員会のある日は放課後一緒に帰ることも少なくなかった。連絡事項で昼休みに話したり会話が増えるとお互い気安く話しかけるようになって、仲良くなった。

 そうして距離が近くなると、二人が付き合っているんじゃないかと噂が立つのは必然だったかもしれない。

 圭司としては恋愛感情まではなかったが、彼女のことはいい子だと思っていたから、噂になっても別に嫌な気はしない。

 昔から、女子にモテている自覚はあった。

 まだ誰かと付き合うとか考えられなかったが、告白は何度もされたことがある。

 だから彼女のほうも自分と噂になって嫌な気持ちにはならないだろう、なんてのん気に考えていた。

 むしろこれをきっかけに、じゃあホントに付き合っちゃう? という流れになってもいいかななどと思い、噂になった以降も気安く彼女に話しかけていた。

 女子って噂好きだよな~なんてへらへらと笑って言った時、彼女の顔が引きつったような気がしたが、その違和感を圭司はスルーしてしまった。


 彼女は噂のせいで女子たちから壮絶ないじめを受けていたと知ったのは、彼女が学校に来なくなって数週間も経った頃だった。

 病欠だとしか聞いていなくて、重症なのかと心配していたところに、友人伝いでいじめの事実を知らされた。

 圭司と仲の良かった女子たちがしたことだと知って、何も気づかずに放置してしまっていた自分が情けなくて、圭司はそれからずっと罪悪感に苛まれている。


 一度だけ、彼女の家へ行こうと思ったことがある。

 何も考えず、ただどうしているのか気になってなんとなく会えたらいいなと期待して家の近くまで学校帰りに歩いて行った。

 以前帰りが遅くなった時に家まで送ったことがあるから、場所は知っていた。

 彼女の部屋が道路側に面したところにあり、大きな出窓に彼女がぼんやりと外を見ている姿が見え、思わず手を振りかけた。けれど、彼女は圭司の姿を見ると恐怖で顔を引きつらせ、何かを叫びながらカーテンを閉めてしまった。

 彼女にとって、圭司もまた加害者側の人間だと認識されているのだと思い知り、それ以降は一度も家には行っていない。彼女はそれから卒業まで一度も登校せず、結局、謝罪もできないまま中学校生活は終わった。





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