目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第19話 悪意ある事故


 意外なことに、あれから麗奈からの接触はなかった。


 幸生を使ってまた探りを入れてくるかと予想していたが、それもない。理沙は二人と出くわすと嫌なので、カフェテリアは使用せず、デスクでパンを食べるか外に食事に出るようにしていたから顔も見ていない。


「もしかして、早くも別れ話になって揉めているのかな」


 それならそれでいいが、別れた後にまた「お前のせいだ」とか言い出す過去のパターンがあるからまだ油断はできない。



 幸生から接触がないまま平和な日々が数日続き、その日萌絵と昼食を一緒に食べる約束をした。

 近くの定食屋で待ち合わせをして、短い時間ながらあの日のことを萌絵に相談する。


 先日バルで麗奈たちと出会ったことや幸生に待ち伏せされた話をするためだったが、親友にすぐ会える環境にあるのは本当にありがたい。

 相談に乗ってもらうというより単に愚痴を聞いてもらうつもりで、昼休みに誘いをかけた。


 あれから接触がないんだよねと気軽に話す理沙に対し、彼女は一通り話を聞いて深刻そうに何か考え込んでいた。


「接触ないっていうのは……単に圭司の素性を探るのに忙しいんじゃない? 多分さ、男に塩対応されてプライドが傷ついたから、絶対おとしてやるって血眼になって探しているんだよ」

「ちょ、待って。怖いこと言わないでよ。この前、ほとんどすれ違っただけで圭司はまだ名前も名乗ってないよ? 探すにしてもまだ情報なさ過ぎじゃない? だからもうちょっと探りを入れてくるんじゃないかと思っているんだけど」

「いやーでも圭司って目立つじゃん。あの女の執着っぷりを考えると、うちらの卒アルとかまで手に入れてそうだし、もしくはSNSで情報収集とかしてそう。つか、そういうのも男にやらせてそうだけど」

「あー……アルバムは実家に置いてきちゃったから、母親が貸したり普通にしてそう。うわーあり得る」


 味噌汁をすすりながら実家の自室を思い浮かべる。

 卒アルはともかく、個人情報になりそうな住所録や自分で撮った写真などは持ってきたし、手紙類も全て処分してきた。だがあの母は平気で理沙の机の中を探ったり携帯を見たりする人だったので、もしかしたら事前に友人関係の情報を抜き取っていた可能性もある。


「んじゃ、圭司の素性はバレているだろうね。親が社長なのも有名だから、店をしらみつぶしに回って探しているじゃない? アイツなら上手く対処するだろうし、元々偽装彼氏の計画どおりって言えばそのとおりなんだけど……なんかその女、何するか分からない不気味さがあってちょっと怖いね」

「うん、私もそう思う。圭司が自分に靡かなかったから、次はもっと強引な手に出てくるかも……。どうしよ、圭司に迷惑がかかることになるならやっぱり彼氏役は止めにしたほうがいいかな」

「いや、圭司は多分理沙がやめようって言っても拒否すると思うよ。アイツは理沙が困っているの知ってて途中で投げ出すようなこと絶対しない」


 萌絵と圭司は中学校の時から友達だというから、言葉の端々から彼への信頼が感じられる。普段、軽いだの来るもの拒まずだのと圭司のことを悪く言うくせに、根っこの部分では彼のことをすごく大切に思っているのだ。


「圭司って、ホントに周りをよく見て気が付いてくれるよね。人あしらいも上手いし頼りになるし、モテる理由がよく分かった」

「あー、確かにモテるしいい奴なんだけど、アイツ相手が重くなるとすぐ別れるんだよね。真剣な恋愛が苦手みたいよ」


 高校時代、すぐ付き合っては別れるいい加減な奴だと圭司は言われていた。見た目が可愛ければとりあえず付き合うらしいと聞いて、価値観が違うなと思ったのを覚えている。

 圭司がなぜ真剣な恋愛が苦手なのかは分からない。

 けれど、他人から聞いただけで「価値観が違う」などと決めつけてしまった過去を後悔する。彼が裕太の友人だったからというのもあるが、そのせいで当時は仲良くなれるとは思っていなかったのだ。


(高校時代、偏見持たずに仲良くしていれば良かったな……)


 ほとんど接点がなかったけれど、一度だけ圭司に危ないところを助けてもらったことがある。

 麗奈と別れたあとの裕太は様子がおかしく、人が変わったように周囲の人へ攻撃的になっていた。

 麗奈に振られた原因を全て理沙のせいだと思い込んでおり、ある時部活の顧問と話していて帰りが遅くなり、一人になった時を狙って裕太が絡んできた。


 腕をつかみ殴りかからんばかりの勢いで怒鳴られ恐怖ですくみあがっていると、圭司が現れて理沙をかばってくれた。

 理沙を逃がしつつ裕太を引き留めてくれたおかげで、怪我もせず大事にならずに済んだ。

 圭司にとっては取るに足らない出来事だっただろうが、身近な人に裏切られて絶望していた理沙にとってはあの時の彼はヒーローに見えたし、気持ち的にずいぶんと救われた。


 だからこうしてまた縁がつながって嬉しかった。


「ま、とにかく警戒しておいたほうがいいよ。あの女には常識とか通用しないから、何するか分かんないし」

「怖いこと言わないでよ……」


 萌絵の脅しに震えつつ、定食屋を出る。


 ビルの入り口で萌絵と別れて、エレベータ―に乗って自分のフロアに向かう。ちょうど給湯室の前を通った時、急にドアから飛び出してきて、誰かとぶつかって後ろに転んでしまった。


「きゃああ!」

「痛った!」


 床についた手に激痛が走った。

 だがそれよりも、目の前に大量の物が落ちてきて、ガシャンと何かが割れる音が響き、割れたガラスが散乱して、突然のことに一瞬パニックになる。


 驚いてぶつかった人を見ると、その相手はなんとあの麗奈であった。


「いやああ! ひ、ひどいっ! 何するの理沙ちゃん!」

「……え」


 会社の制服をコーヒーまみれにして、麗奈が泣き叫んでいる。


(どうしてここに麗奈が……?)





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?