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第21話 始まった嫌がらせ


 騒ぎが大きくなり、他部署の人たちが集まってきて、上層部の人まで駆けつける事態に発展してしまった。

 問題が大きくなったせいで、他部署の上長たちにも事情を聞かれるはめになったが、お互いの意見が食い違っていて双方それを証明する術はない。

 ただ、分からない状況であるにも関わらず一方的に理沙が多数の男性たちから責められるのはおかしいと言ってくれて、その場で男性たちをとがめ謝罪をするよう注意した。


 もちろん理沙にお咎めはなく、むしろ騒ぎを大きくした男性たちが注意を受ける結果になった。

 麗奈は他社の人間なのだからこれは会社間の問題だと話をまとめ、補償問題などあれば会社間で交渉するから個人が口を出さないようにと部長が釘をさしてくれたおかげでその場は収まった。


 総務部がこの件を引き取りコーヒーサービスの会社とやり取りをした結果、あちらからは補償を求めるどころか全面的に麗奈の非を認め、会社を代表して正式な謝罪が来た。


 理沙にも相手会社から謝罪があった。


 どうして全面的に麗奈が悪いとなったのかというと、どうやら麗奈はマニュアルを逸脱した作業をしていたらしく、本来サービスを提供する場所でないところにいたらしい。

 もちろんこちらの社員が招き入れたのだけれど、本来いるべきない場所で麗奈が業務外のことをしていたのは事実であるから、麗奈に非があるとあちらのほうから言ってくれたのだ。


 会社間で解決済みと報告を受け、社内の人々もそれで納得して問題は収束したはずだった。

 ……だが、一部の人たちはその報告に納得がいかなかったらしい。


 納得がいかない人たちが、理沙へ嫌がらせを始めたのだ。


 ***


「最低女」


 オフィスですれ違った人がぼそりと呟いて通り過ぎていく。


 理沙に向けて言ったのか分からないくらいの声で言われ、ぎくりと身を竦ませる。

 麗奈と揉め事があった日以来、こうして地味な嫌がらせを受けることが増えた。

 嫌な言葉を吐かれたり強めに肩をぶつけられたりするという分かりにくいやり方でチクチクやられるため、抗議しづらい状況でうんざりする。


 先日の揉め事で麗奈の言い分を信じている者たちが、何のお咎めもない理沙に対し不満を持って嫌がらせに及んでいるらしい。らしいとしか言えないのは、彼らは表だって抗議するわけでもなく先ほどのように分かりにくい嫌がらせをするからだ。


 直接文句を言ってくれるなら抗議のしようもあるのに、誰に言っているか分からないような罵倒をされると言い返すのも難しい。


 それでも他部署のひとからの罵倒なら無視していればよかったが、仕事に関することで嫌がらせをされるのは非常に面倒だった。


「田中主任。先日お渡しした書類、まだ承認がいただけていないんですが……」

「書類? 受け取っていないが?」

「三日前に社内メールで主任に送りましたし、念のためプリントアウトしたものもお渡ししたはずなんですが、ご覧になってないですか?」

「受け取っていないと言っているだろう。出し忘れた言い訳か? 自分の仕事のミスをひとのせいにするのは社会人として恥ずべき行為だぞ」

「……でも」


 メモをつけて主任に手渡ししたのに、絶対に渡していないと言い張られて何か言おうとする言葉を冷たく遮られてしまった。

 作成したデータは部署共有のストレージボックスに落としてあるため、もう一度プリントアウトして今すぐ手渡ししてやろうとしたら、あるべき場所にデータがなくなっていた。


「削除されてるし……」


 この部署のデータベースにアクセスできる誰かが意図的に削除したのか。ありえないと思いたいが、主任がわざとそうした可能性をどうしても考えてしまう。


 理沙の直属の上司である田中主任。

 明言はしないものの、麗奈の意見を信じているようであれ以来ずっと理沙への当たりがきつい。

 だがまさか、仕事の妨げになるような嫌がらせをするとは……社会人として上司としてそれはするわけがないと信じたい。が、たびたびこういうことが続いて、これはもうわざとやっているとしか思えなくなっていた。

 個人的感情なのだから態度が悪くなるのは仕方がないにしても、わざと仕事の妨害をするのはどうかしている。


「百田さん、大丈夫……?」


 同じ部署の先輩女性が、先ほどの主任とのやりとりを見ていたらしく心配げにこそっと話しかけてきた。


「あ、お騒がせしてすみません。なんか……主任と行き違いがあったみたいで」

「聞こえちゃったんだけど、主任の言ってること変じゃない? メール見落としとかあるのに、頭っから受け取ってないとかいうし、なんかちょっと……」


 他の人たちも明らかに理沙に対してだけ態度が悪い主任に怒りや戸惑いをあらわにしているが、理沙の仕事にミスがあったから叱っているだけだと言われれば黙るしかなく、職場の雰囲気は最悪になっていた。

 これまで職場の人たちともいい関係を築けて仕事が楽しいと思えていたのに、同僚でもない麗奈によってそれがぶち壊されてしまった。


 あれ以来麗奈からの直接の接触はない。会社も担当を外れたらしく、営業も別の人が来るようになっていた。

 確かめようがないけれど、一部の会社の人たちとは個人的に連絡して理沙への悪評を吹き込んでいるのではないか。直接訊ねられないから反駁のしようもないし、第一彼らは頭から麗奈の言うことを信じ切っている。

 自分ではどうしようもない状態に追い込まれ、理沙は精神的に疲弊していた。

 あれだけ警戒していたのに、まんまとしてやられたことが悔しくて仕方がない。


 机に向かっていても、廊下を歩いていても誰かに見られているような気がして落ち着かない。


 向かい側から別部署の男性たちが雑談をしながら歩いてくる。

 目を合わせたくなくて目線を下げ壁際に寄って歩く。

 すれ違う瞬間に、男性のひとりが近寄ってきて思いっきり肩をぶつけてきた。後ろに突き飛ばされるかたちになり、理沙はバランスを崩して床にしりもちをついてしまった。


「いたっ!」


 みっともなく床に転んで、痛みに顔をしかめているとすれ違った人たちから嘲笑が沸き起こる。


「やっば、ぶつかられたし」

「まじで邪魔。端っこ歩いてくださーい」

「つかまたこの人? 当たり屋ですかー?」


 こちらは人を避けて壁際を歩いていたのだから、わざと当たりに来ないとぶつからないはずだ。

 数名で固まって歩いてきた彼らが理沙を非難するのはおかしいと言い返したかったが、多分抗議してまた騒ぎになったら麗奈の件を持ち出してくるだろう。

 他の人に、『またあの人?』と言われるのが怖くて、抗議する言葉を飲み込んだ。


 下を向いたまま、急いで立ち上がって逃げるようにその場を走って去る。

 嘲る声が降ってきて、泣かないようにするだけで精一杯だった。




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