ここは会社からも理沙の自宅からも離れた駅にあるカフェで、しかも店内の奥まった場所。
圭司の胸に顔をうずめていたから顔だって見えていなかったはずなのに、それでも麗奈は理沙を見つけた。偶然だね、なんてことがあるはずない。
(どうしてここが分かったの……?)
どう考えても偶然とは思えない状況に恐怖で固まる理沙に対し、麗奈はいつも通り完璧な装いで、つやつやした唇をにっこりと三日月型にして微笑んでいる。
「あっ、彼氏さんも一緒なんだあ、こんばんはぁ。この前全然お話できなかったから、今度こそちゃんと紹介してよお」
圭司が何か言う前に、麗奈はすばやく圭司の隣に腰を滑り込ませる。
ぎゅっとお尻を押し付けるように座り、圭司も驚いて顔がこわばっているのに、全く意に介さず腕を組んできた。
えへっといたずらっぽく上目遣いで笑って見せる。
可愛い女子の仕草のマニュアルそのものといった表情で、まるでよくできた動画を見ているようだった。
誰も返事をしていないのに、麗奈だけが陽気にしゃべり続けている。
「理沙ちゃんってばー、こんなに素敵な彼氏がいるなら幸生くんにちょっかい出すのやめてよぉ。いくら元々付き合っていたからって、今は私大切な恋人なんだよ」
元カレの名を出されてハッと我に返る。
「な、に言ってるのよ。連絡先は全部ブロックしてるし、連絡も取ってない」
「嘘つかなくてもいーよぉ。夜中に二人きりで会ってたの知ってるんだからぁ。あんな時間に理沙ちゃんの家で会うなんて、浮気じゃないかな? 私、それ知ってすっごいショックだったのに……」
「ちょっと麗奈! 嘘ついてるのはそっちでしょ! ていうか勝手に座らないでよ!」
「でも彼氏サンには言ってないんでしょ? 幸生くんと二人きりで会っていたこと」
「違う! 嘘ばっかり言わないで!」
会っていたわけではなく、待ち伏せされたのだ。
あまりにも普通に話す麗奈に圧倒されて、上手く反論できない。イライラが募ってつい声を荒らげてしまう。
「ええ~だって幸生くんが、理沙ちゃんに泣きつかれてつい……って言ってたんだもん。理沙ちゃん、いくら元カレでも今は麗奈の彼なんだから、もう幸生くんのことは諦めてほしいの」
「わけわかんないこと言わないで! 何しに来たのよ。帰ってよ、いや……私たちが帰るからもういい。圭司の腕を放してよ」
「そうやって逃げようとするのは後ろめたいことがある証拠でしょお。ねえ彼氏サン。理沙ちゃんったらね、この前私に『幸生くんを返してよ!』って怒鳴って突き飛ばしたんですよ。新しい彼氏サンいるのに、まだ幸生くんに未練があるみたいで、私困っているんです。だから彼氏サンに相談したくって……」
上目遣いに圭司を見上げながら理沙の悪口を語る。
彼女の目的はこれだったか、と唇を噛む。
どうやって居場所を特定したのか分からないが、新カレと目されている圭司に理沙の浮気疑惑を吹き込み、彼に不信感を植え付けるために無理やり会話に割り込んできたのだ。
かあっと頭に血が上る。
立ち上がって怒鳴りつけてやろうとした瞬間、圭司が口を開いた。
「アンタが噂の、理沙のストーカー? すごいね、こんなとこまで後をつけてきたのかよ。気持ち悪いな」
「なっ……! や、理沙ちゃん、私のことそんな風に言っていたの? ひどい……友達だと思ってたのに……!」
頬を引きつらせたが、麗奈は一瞬にして目を潤ませショックを受けた表情に切り替えた。圭司が想定した通りの反応を示さなかったら、すぐに違う方向に話を持って行くあたり人を操る術を得ているのだと思えてぞっとする。
「アンタの言う友達って、罠に嵌めて陥れる相手のこと? それともマウント取るための踏み台? ひどいね、俺にはそういう友達って理解できないわ」
圭司に嘲笑われ、麗奈の顔がかあっと紅潮する。憎々し気に目を吊り上げ、こんなに崩れた表情になるのを初めて見たと場違いなことを考えてしまう。
ついまじまじと顔を眺めていたら、その視線に気づいた麗奈がハッとして慌てて手で顔を覆った。
「私っ、そんなことしてないっ! 理沙ちゃんが嘘をついているんです! 理沙ちゃんの彼が私を好きになっちゃったからっ、ずっと妬まれてひどいことされたのはむしろ私なのに……っ」
本当に涙を流しながら己の潔白を訴える麗奈の姿は、知らない人から見れば完全に被害者で不憫な女の子に見える。だが、うるんだ瞳のまま圭司の顔をちらりと窺うのを見逃さなかった。
理沙も横目で圭司の様子を窺う。
彼は表情ひとつ変えずじっと麗奈を観察していた。
今まで見たことがないほど冷たい目で、虫の動きをみている時のような嫌悪感を漂わせている。
自分に向けられたものでない理沙でもぞっとするような怖い表情をしていた。
「やば、キモ……」
圭司が小さくつぶやいた声が理沙の耳にも届いた。
まったく泣き落としが通用していないと悟ったのか、麗奈は泣きながら席を立つ。
「理沙ちゃんひどいよっ! 嘘をついて私を貶めるのはもうやめて!」
「ねえ、いつまでその演技続けるの? 麗奈の嘘を信じてくれる人たちのなかだけでやってよ。私をアンタの嘘に巻き込まないで」
「最低……! 友達だと思ってたのに!」
わあっと涙声で捨て台詞を吐き、麗奈は店を飛びだしていった。
周囲の視線が痛いが、一瞬にして嵐が過ぎ去るみたいにして出て行ったから他の人たちもなにがなんだか分からない様子で、すぐに興味を失ったように目を逸らしていった。