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第24話 良心が欠如した人間



「……帰ろう。立てる? 理沙」

「あ、うん」


 麗奈は去ったが、こんな騒ぎになった以上ここで話を続けるのは無理だ。

 さっさと会計して店を出ると、圭司が手を引いて歩くのを急かしてくる。


「まだどっかで待ち伏せしているかもしれない。タクシーに乗って移動しようか」

「そっか、ごめんね。ていうか、私が会社を出た時からつけられていたのかな」

「いや……どうだろう。つけてきた割には入ってくるタイミングが遅い。誰か人を使ってつけさせたとかあるかもしれない」


 麗奈の交友関係は知らないが、昔から彼女を持ち上げる男性陣が常に周囲にいた。理沙のあとをつけるくらいはやってくれそうな男はいくらでもいるに違いない。

 まさかそこまでするだろうかと半信半疑だが、これほどしつこく絡んでくる麗奈の執念を考えるとありえる話だ。


「どうするか。ひとまずウチにくるか?」

「うん。迷惑じゃなければ、いい?」


 どこか店に入っても、理沙たちの話に聞き耳を立てている者がいるかもしれないと思うと落ち着いて話もできない。偽装彼氏の計画がうっかり麗奈の耳に入っては困るため、タクシーに乗って圭司の家に向かう。

 マンションに隣接するコンビニで飲み物と食べ物を買っていこうとなった時、圭司がコンビニコスメを手に取って理沙に見せてきた。


「今日このまま泊ってくだろ? とりあえず化粧水とか、この使い切りセットのやつでいいか?」

「えっ! いや、泊まらないよ! 着替えもないし……」

「寝巻とかなら俺の貸すから。つかあの女、内心ブチ切れていただろうから、男引き連れてアパートで待ち伏せとかするかもしれないし、心配なんだよ」


 理沙の現住所は幸生からバレていると考えて間違いない。まさか犯罪まがいのことまでするとは思えないが、以前に幸生が待ち伏せしていただけでもかなりの恐怖だった。


「それは……確かに。うーん、でもほんとにいいの?」

「俺が誘っているんだからいいに決まってるじゃん。つか、早めに引っ越しを検討したほうがいいな。住所を知られているのは危ない」


 ひとまず夜に自宅に帰るのは理沙自身不安があるため、泊まらせてもらうことにした。でも明日は仕事だし同じ服で出社するわけにもいかないから始発で一旦家に帰るつもりだ。圭司の家はオートロックだし彼を起こさなくても出ていける。


 駅からすぐそばにある圭司のマンションはコンシェルジュが常駐しているから安心度が全然違う。隣にはコンビニもあるし、いざとなれば買い物をコンシェルジュに頼むことも可能らしい。

 生活格差がすごいなあと思いながら部屋に入ると、以前にはなかったクッションやラグが敷かれていて、ほとんどなかった食器がずいぶんと増えている。

 圭司が冷蔵庫を開けたら食材が色々入っているのが見えて、以前との変化に驚いて彼に問い質す。


「け、圭司。もしかして、彼女とかできた……? だったら私を泊めたらダメでしょ! 友達だっていっても彼女さんは傷つくよ」

「へ? あ、んなわけないだろ! 時間がある時は自炊してんだよ! なんで彼女とか……今は偽装でも理沙の彼氏なんだから、そんな不誠実なことしねーよ」


 焦った圭司が水のボトルを取り落とす。それが理沙の服にかかり、ズボンが濡れてしまった。


「あっ、悪い!」

「ううん、ただの水だし乾けば大丈夫だよ」

「いや、濡れてたら気持ち悪いだろ。スウェット貸すから先風呂入って。つーか、マジで彼女とかいないし、お前がまた来るかもしれないから色々買っといたんだよ……」


 着替えとさっき買ったものをパパっと渡されてバスルームに押し込まれる。


「あ、また家に呼んでくれるつもりだったんだ……」


 今日のことがなくても、理沙がまた家に呼んでくれようとしていたのだと気づいてちょっと嬉しくなる。

 図々しくお風呂まで借りていいものか少し悩んだが、変に遠慮するなと圭司に言われそうだと思い、ありがたくシャワーを浴びさせてもらうことにした。

 浴槽とシャワールームが独立している構造で、ホテルのように奇麗なバスルームだった。ユニットバスの我が家とはえらい違いだと苦笑しながら湯を浴びる。

 今日の汚れを洗い流すと気持ちもすっきりして、嫌な出来事でささくれていた気持ちも洗い流されてキレイになっていく気がした。

 コンビニで買ったパンツと借りたスウェットを着ると、なんだか急に気恥ずかしくなってきた。風呂上がりのすっぴんを晒すのは抵抗があったが、今更圭司相手に取り繕っても仕方がない。

 リビングに向かうと、圭司が軽い食事を用意してくれているところだった。スウェット姿の理沙を見て、ちょっと顔を赤くする。


「風呂上がりの理沙可愛いな。つか、化粧落としても全然かわんないのな」

「け、化粧のこととか言うのやめてよ。あんまり上手くないの自覚しているんだから」

「元が奇麗なんだから薄化粧でいいってことだろ。高校ん時から全然変わんないよな。奇麗だし、可愛い」

「もー……圭司って息をするように女の子褒めるよね。モテるわけだよまったく」


 褒められ慣れていない理沙としては、圭司の褒め殺しに舞い上がりそうになるが、高校の時からモテ男で女性慣れしている彼のお世辞を真に受けてはいけないと、冷静を装って受け流す。


「つか、ごめんなコンビニの化粧水とかで。今度理沙が使っているヤツ買っておくわ」

「いやいや! そんなこだわりないから大丈夫だよ。いつも使っているのもドラッグストアで買ってるし。ていうか……また泊まる前提なんだね」

「むしろ俺はすぐに引っ越すか落ち着くまでウチにいたほうがいいって思ってるよ。あの幼馴染の執着、ヤバイよ。なりふり構わなくなったら本当に犯罪まがいの手を使ってくるかもしれない」

「さすがに……そこまでは……」


 麗奈は確かに理沙への嫌がらせに執念を燃やしているが、だからと言ってそこまでやる理由がないだろう。あの子は自分が一番に扱われないと嫌なタイプだから、法に触れて自分の経歴に傷をつけるような真似はしないと思っている。

 だが圭司はそうは考えていないようだ。



「理沙が信じられないのは理解できる。でもウチの実家はずっと商売やっていて、悪意を持った人間とかもたくさん接してきたから、『そんなことするはずない』っていう常識が通じない人がいるって知っているんだ。だから油断しないでほしい。あの幼馴染は多分、良識とかモラルとか通じない相手だ」

「麗奈が? でも……あの子、何よりも自分の体面とか体裁を気にするタイプだよ?」

「体面を気にするイコール常識があるってわけじゃない。そういうタイプは、悪いことだからしない、じゃなくてばれたら捕まるからしないんだ。犯罪だとしても、ばれない方法があれば実行するって奴は意外と多いんだよ。あの幼馴染は今必死にばれない犯罪方法を考えているかもしれない」






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