圭司に指摘されてハッとする。
あの子は昔から、平気で嘘をつく。
麗奈は嘘をつくことにためらいがないから、周囲も騙される。そうやって何度も痛い目を見せられてきた。
麗奈が自ら手を汚すとは思えないが、誰かにやらせて自分に類が及ばないという確信があれば犯罪でもためらわないのかもしれない。
麗奈は犯罪教唆にならないように直接的な言葉は残さないはずだ。決定的な言葉は言わず、相手が自ら選んで行動したように誘導する。これまでもそうだったように。
圭司が「良識とかモラルが通じない」といった意味がよく理解できた。
「すごく納得できた……。あの子、人を自分の思い通りに動かすのが天才的に上手いのよね。あの子のためならなんでもやるって人もたくさんいそうだし、独り暮らしのあの家に帰るのはちょっと怖くなってきた」
「男に帰り道とか家の前で待ち伏せされたら理沙ひとりじゃ太刀打ちできないだろ。何かあってからじゃ遅い。俺んとこが嫌なら萌絵の家とか、とにかくひとりにならないでほしい」
「萌絵は頼めば泊めてくれると思うけど……あっちも女性の一人暮らしだし、何かあった時に萌絵も巻き込んで危険に晒すことになっちゃう」
「だからってネカフェとか絶対ダメだからな。余計に危ない。ひとまずウチに住めばいいじゃん。その間に引っ越しするとか考えればいんじゃないか?」
さすがにそこまで迷惑をかけられないとためらったが、このマンションは下にコンシェルジュがいるし、圭司が一緒に帰れない時でも安心だからと説得されて、理沙は彼の提案に甘えることにした。
「じゃ、本当に申し訳ないけどしばらくお世話になるね。ごめんね、最初に偽装彼氏をお願いした時は、ここまで迷惑をかける予定じゃなかったんだけど」
「そうしてくれたほうが安心するから。つか、俺的には理沙と住めて嬉しいだけだから、むしろありがとうだわ」
「圭司はすぐそーやって茶化すんだから……。でもありがとね」
ふふ、と笑うと胸に詰まっていた苦しさみたいなものがすっと流れていった気がした。今日、もしひとりきりでいたら嫌な考えばかりが浮かんで悶々としていただろう。改めて圭司に感謝する。
「圭司がいてくれて、よかった」
「ん。お礼は体で払ってくれればいーから」
「その発言オジサンっぽい」
「まじか。ウケるかと思ったのに」
冗談を言いながら、圭司は冷凍のデリを手際よく温めて夕食を出してくれた。
リゾットと温野菜サラダが出てきたので驚く。
冷凍食品なら理沙も家の冷蔵庫にストックしているが、圭司が出してくれたのはそういう専門店で買ったもののようで自分との生活の違いにちょっと引け目を感じる。
「すごい、なんか冷食ひとつとってもセレブの暮らしって感じ。うちの冷凍庫にあるのはチャーハンとか餃子だよ」
「いやこれもマーケティング調査の一環だよ。結構有名店監修とかで冷凍とかのデリをやってんだよね。冷凍にするとどうしても水っぽくなって味が落ちるけど、このシリーズは美味いんだよ。うちは冷凍デリやってないけど、家食需要増えてっからなーいずれ親父がやるって言い出しそう」
「圭司の店ってテイクアウトできるの?」
「いや、俺が担当している店では飲み屋がメインだしやってない。でも他の店舗でテイクアウトやってほしいとか要望があるし検討はしてる。でも利益が出るか微妙なところでさ……食中毒の問題もあるし、割とハードル高いんだよ」
仕事の話を楽しそうに話す圭司の顔が、とてもいいなと思った。
思えば彼は高校時代もそうだった。
彼は任された役目に対して、いつも全力で取り組んで、そしてそれを楽しんでやる。
いつだったか、学校隣の神社で掃除のボランティアが足りなくてバレー部が駆り出された時、面倒がる部員をよそにどれだけ落ち葉を集められるか友人たちと競争を始めて面倒な手伝いを楽しいイベントに変えてしまった。
競い合って掃除したため、予定していた箇所のほかも奇麗にしてそのうえ掃除は早く終わり先生に大層褒められた。
その後、頑張ったご褒美がほしいと圭司が先生と神主さんに交渉し始めて、なんと落ち葉で焼き芋をやる許可を得てきたのだ。
圭司が責任者となって、買い出しから火の準備、片付けまでの仕事の担当を決めててきぱき采配してくれた。ボランティアに参加した人たちは普段関わらないクラスの子や別学年の子などさまざまだったが、全員ではしゃぎながら焼き芋パーティーをやったのは今でもいい思い出だ。
後から参加しなかった子たちにさんざん羨ましがられたくらい、楽しいイベントだった。
普通だったら面倒でやる気の出ない仕事でも、圭司は全力で向かってなおかつ楽しんでやる。
当時はそんな圭司のことを、陽キャってすごいなあと簡単に考えていた。でも社会人になって、それなりに責任ある仕事を任される立場になった今、彼がどれだけすごかったのかを理解できる。
「圭司が男にも女にもモテる理由が分かるなあ。なんか、キラキラしてるんだよね」
「なんだそりゃ。イケメンって褒められてる?」
「んーそうだけどそうじゃなくてさ。話していると気持ちが引っ張られるっていうかさ……上手く言えないけど、憧れる……」
「理沙、お前もう半分寝てるだろ。もう歯磨いて寝ようぜ」
いつの間にか理沙はこくりこくりと舟をこぎ始めていたらしく、苦笑いの圭司に洗面所まで連れていかれる。お風呂に入りお腹も満たされたせいで猛烈に眠気が襲ってきて、歯を磨きながらも寝落ちしそうになる。
「ホラ、もう寝ちまえ」
「うん……圭司は?」
「俺はソファでも寝れるからいーよ」
「え、駄目だよ……それなら私がソファで寝る」
「それこそダメだろ。じゃあ理沙が嫌じゃないなら俺も一緒に寝ていい? なーんて」
「うん……一緒に寝よ」
寝ぼけた頭でぽやぽや答えると、圭司が息を呑む音が聞こえた気がした。
ベッドに横になるともうまぶたを開けていられなくて、すぐに寝てしまいそうで枕に頭を預けた。
「……ありがと、圭司。おやすみ……」
「今日めちゃくちゃたくさんありがとうって言われたな。おやすみ、理沙」
おでこにキスを落とされる。くすぐったくてクスクスと笑うと、圭司の胸に抱きこまれた。
全身で守られていると感じる。人肌がこんなにも愛おしいと感じたのは初めてかもしれない。温かい腕に包まれて、理沙は久しぶりに心から安心して眠りについた。
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