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箱庭の中、君とダンスを
箱庭の中、君とダンスを
はじめアキラ
ゲームVRゲーム
2025年07月14日
公開日
8,629字
連載中
「ネットニュースでちょっとだけ見たことありますよ。ゲームしてた人が、意識不明になっちゃうんですよね。でもって、何やっても目が覚めないって」  友人の霧人、そしてゲーム仲間の金華、ハマクラと一緒にバーチャルリアリティゲーム『ハンティング・ワールド』に没頭していた龍也。  ある日耳にしたのは、そのゲームの最中に突如行方不明になってしまう人がいるという話だった。ゲーム世界で失踪した人物は現実で意識不明となり、場合によってはそのまま消失してしまったり残酷な死に方をすることさえあるという。  所詮はゲーム、きっとただの噂だとそう思っていた。  しかし、ある日龍也はゲーム中、地面を突きぬけて妙な空間に落ちてしまう。  しかもそこで怪物に襲われる龍也。  助けてくれたのは、“マシロ”と名乗る、白い髪の魔法少女のような姿をした美少女で……。

<1・Hunting>

 ドスン、と大きな地響きが鳴った。

 茶色と黒のまだら模様を持つ、筋骨隆々の足が地面を踏みしめる。その爪が土に食い込み、そのたびに大地を激しく揺らした。


「オオオッ」


 その怪物の姿は、恐竜のティラノサウルスに近いかもしれない。ごつごつした皮膚。ぎょろりと血走った目。強大なかぎ爪のついた前足と、筋肉が発達した後ろ足。長い尾をぶんぶんと振り回すたびに、周囲の木がバキバキと音を立ててなぎ倒されていく。

 ティラノドラゴン。

 その名の通り、一応はドラゴンの一種とされている。ただし背中の羽根はかなり退化していて、空を飛ぶことは叶わない。精々、山の麓から滑空するくらいしかできないとは言われている。

 だが、二足歩行ができるその体は4メートルをゆうに超え、人間をぺしゃんこに踏みつぶすには十分なサイズと言っていい。当然、しっぽにぶち当たればあっさり鎧も骨も砕かれるし、爪でひっかかれたらどうなるかなんて一目瞭然だ。選択を一つでも間違えば、一瞬にしてハンバーグになれてしまうことだろう。


「気を引き締めろよ、みんな!」


 自分――タルト、こと利根川龍也とねがわたつやは。大剣を構えた状態で、仲間たちに声をかけた。


「ひっさしぶりの大物だ。腕が鳴るってもんだよなあ!」

「ああ、頑張ろうぜタルト!」

「俺、俺!アレの頭蓋骨欲しい!素材足らなくて困ってんだよおおおお!」

「馬鹿、そういう交渉は勝ってからにしろって!!」


 自分達は勇者。

 この世界を脅かす恐ろしいモンスターたちを倒し、人々の安全と安寧を守るのが自分達の仕事だ。

 大物を狩れば狩るほどギルドから報酬が貰える。同時に、町の人々からも感謝される。こんなに楽しく、やりがいのある仕事はないだろう。たとえそれが、命の危険に晒されることであったとしても、だ。


「オオオ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 怪物が、吠えた。

 自分達の存在に気付いたからだろう。愚かで矮小な人間を嘲っているのか、あるいは腹を立てているのか。

 いずれにせよ、自分達の選択は一つだ。


「ぶったおす!」


 龍也は大剣を振り上げ、先陣を切って突撃したのだった。




 ***




 バーチャルリアリティゲーム、“ハンティング・ワールド”。

 仮想現実の世界に入り、“世界を守る勇者”となってモンスターたちと戦うというシンプルな趣旨のゲームである。この世界で言う勇者とは、魔王と戦うタイプの勇者ではない。ハンティング・ワールドで脅威となっているのは魔王とか魔族ではなく、どこから湧き出したのかもわからない大量のモンスターたちであるからだ。

 この世界は、ハンティング・キングダムという名前の王国が統治していることになっている。

 突然あふれ出したモンスターとそれに伴って増え続ける被害。王国の兵士たちだけではどうにもならなくなったので、国王は国中から“モンスターから人々を守ってくれる勇者”を募るようになったのだ。各地にあるギルドを経由してミッションを与え、その成果によって報酬と地位を与えるシステム。優秀な成績を収めた勇者は“レジェンド”と呼ばれ、最大で侯爵と同等の貴族の地位を得ることもできるとされている。

 もちろん、モンスターを倒してはぎ取った素材なんかも自分で好きに使っていい。素材を利用して勇者たちはまた新しい武器や防具を作ったり、高く売ったりして生計を立てている――という設定であるわけだ。

 どこにでもあるようなゲーム。最初は、龍也もそう思っていた。

 しかし友人たちに誘われて実際に始めてみれば、この臨場感がまたたまらないものであったのである。なんといっても、バーチャル世界に入って楽しむというのがいい。ゲームをしている最中は本当にこの世界の住人になっている気分になれるし、本当に現実で死ぬことはないとはいえモンスターと戦う時の緊迫感はたまらない。

 仲間と力を合わせて戦うこともできるというのがいい。龍也は一人で狩りに行くより、友人達と一緒にさっきのティラノドラゴンのような大型モンスターを狩る方が大好きだった。


「終わったぞータルト」

「ん」


 ギルドの待合室。ベンチで座って端末を見ていた龍也は、声をかけられて顔を上げた。

 双剣使いの“キル”。本名は“多摩霧人たまきりひと”。龍也の高校時代からの友人だった。自分をこのゲームに誘った人物でもある。

 この世界では、自分とまったく違うビジュアルを設定してプレイする人間が非常に多い。龍也もリアルの“二十六歳の、眼鏡の冴えないサラリーマン”ではなく、筋骨隆々で短髪の大剣使い・タルトということになっている。それに対して霧人は、細身で長身のモデル体型の美青年だった。――髪の毛が銀髪であることを除けば、現実と見た目がさほど変わっていないのが腹立たしい。リアルでもかっこいい人は本当に羨ましいよなと思ってしまう。

 まあ、彼が見た目だけかっこいい人間、ではないからこそ友達をやっているわけだったが。


「今日の報酬は、ティラノの巨角二本、茶色の被膜三枚、ドラゴンの皮が五枚にドラゴンの骨が四本。それと、ルビーの目玉が二個ってところだな」

「え、頭蓋骨取れなかったのか?」

「残念ながら。ゆえに、ハマクラがそこでしょんぼりしてのの字を書いているわけだ」


 ほれ、と彼が指さす先。大きな銃を背負った大柄な男が、しょんぼりと床にしゃがみこんでいる。今日一緒に戦った仲間のハマクラだった。

 ちなみに彼はリアルで会ったことがないので、本名も年齢も知らない。ああいう人が、実は中身は女性だなんてこともあったりするのがバーチャルの面白いところである。なんせこういったゲームの魅力の一つが、現実の自分とはまったく違う自分になれること、でもあるのだから。

 このゲーム内で知り合って、友達になった人は何人もいる。その多くが、リアルではどういう人間なのかさっぱりわからない人物ばかりだ。

 が、それを特に気にしたことはない。このゲームで重要なのは、真っ当なコミュニケーションが取れること、目的のためにきちんと協力しあえること、それに尽きる。むしろ現実でどんな人間かなんて、気にするだけ野暮というものだ。


「そんなに頭蓋骨欲しかったのか」

「みたいですねえ」


 のんびり言ったのは、小柄な金髪の少年だ。彼の名前は“金華きんか”。シーフタイプで、素早く翻弄する攻撃を得意とする短剣使いである。言動はおっとりしているが、戦闘では的確な攻撃と指示をしてくれる優秀なプレイヤーだった。

 勿論、この少年のリアルの名前や性別も龍也は知らない。知る必要もないことである。


「ティラノメテオガンが作りたかったみたいです、彼」


 霧人の肩をぽんぽんしながら言う金華。


「キルさんのこの肩当ても、確かティラノドラゴンの頭蓋骨加工して作ってるんですよね。確かにこれは頑丈だ、欲しいのもわかる。……でも、頭蓋骨はレアアイテムだから、なかなかはぎ取れないんですよねえ」

「まあ、ハマクラもそれはわかってたとは思うけどな。今日はいつにも増して手間取ったから、余計ショックだったんだろうな」

「ですね」


 ティラノメテオガン、は銃使いにとっては憧れの武器の一つ。土属性の弾を打ち込めるので、風属性モンスターには非常に有効なのだ。

 まだ自分達が倒していないモンスターの中に、風属性の強力なモンスターも何種類かいる。多分そのどれかが、彼にとってお目当てのモンスターなのだろう。

 男として生まれたからには、より大きく、強い敵を倒してみたいものである。それがロマンというやつだ。まあ、所詮ゲームだろと言われてしまえばそれまでだが。


「ハマクラ、ハマクラ。お前いつまでもしょんぼりしてないでこっち来いって」


 ちょいちょい、と俺は彼を手招きした。


「ドロップしなかったものを嘆いてもしょうがないだろ。またティラノドラゴン狩り付き合ってやるから」

「うう、すまん、タルト……」

「いいって、気にすんな。キルも金華も、いいよな?」

「ああ、いいぞ」

「いいですよー」


 この面子で一緒に狩りをすることは珍しくない。多分、ハマクラがしょんぼりしているのは、最近自分の都合で他のモンスターではなくティラノドラゴン狩りに協力してもらうことが多かったから、引け目を感じているというのもあるのだろう。

 ただ、四人で集まってゲームをするのは当然制約がある。

 何故ならキャラクターを操っているのはリアルの人間。それぞれ、リアルの都合があるからだ。


「次集まれるのいつ?ちょっとスケジュール書いてくれね?」

「ほいほい」


 全員、デバイスを取り出して出陣可能な日を記載していく。


「あ、やばい。オレ、ライブ近いんだったわ……今週はまだなんとかなるけど、来週いっぱいは厳しいかも」

「そういえばキルさんバンドやってるって言ってましたもんね。練習も大変そうです。ボクは夜ならそんなにまずい日はないかな。あ、でも日曜日の夜はちょっと遠慮したいかも」

「金華は仕事、週休二日って言ってたっけ。土日休み?」

「はい。ハマクラさんはシフト制の仕事でしたっけ」

「ああ。バイトだけどな。だからちょっと休みが変則的でなあ……それ以外もいろいろあるし」


 こういう時は、ちょっとだけリアルの事情を話さなければいけない。ここにいるメンバーのほとんどが、恐らく社会人だろうということはわかっている。当然、平日の昼間に集まったりなんてことは現実的ではないのだ。まあハマクラは土日が休みでないことも少なくないので、日によっては平日昼間にログインしていることもあるようだが。


――ん?


 その時ふと、龍也は視線を感じて顔を上げた。

 ギルドの入口の方。あまり見ない姿の人物が立っている。


――女の子?


 白いボブカットに、赤い目の少女だった。バーチャルの上での外見だが、十四歳から十六歳くらいに見える。ふわふわとした白いミニスカートから覗く太ももと、すらっとしたブーツの足が眩しい。

 腰に杖らしきものを下げているということは、“魔法使い”ジョブなのだろう。文字通り、魔法少女のような見た目だな、と思った。ぱっちりと大きく、少し吊り目気味の木の強そうなまなざしの少女。かなりの美少女ではある。中身が実際どうかはわからないが。


――こっち見てる?……すんげー可愛い子だけど……あんな子、見たことあるっけ?


「おいタルト、お前だけだぞスケジュール書いてないの」

「あ、ご、ごめん」


 霧人に話しかけられ、俺は慌ててタブレットに目を落とした。自分がログイン可能な日を書き込んでいく。

 ふと顔を上げれば、さっきの少女はもういなくなっていた。この世界で人が突然いなくなるのはなんらおかしなことではない。ログアウトすれば、一瞬にして人は消えるのだから。


――なんだったんだろ?


 最初は、それだけ。

 変わった見た目の可愛い子がいるな、なんてそんな感想を抱いただけだった。

 まさかこれが、ハンティング・ワールド全体を巻き込む大事件の始まりだなんて、思ってみなかったのである。

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