異世界転生。
それはラノベ、いや小説において最も読まれ、書かれている(当社比)ジャンルである。
出版のみならずネットでも親しまれ、愛されるジャンル。小説を読み、書く誰もが夢見る展開だ。
今宵、俺はその異世界転生という奴に遭遇した。
「私は女神イステリア。おめでとうございます。貴方は世界を救う勇者に選ばれました」
見渡す限りの真っ白い空間に、ぽつんと現れた一つの玉座。
そこに座る凜とした瞳の美人。女神と言うだけあって清潔感があって柔和な笑みを浮かべている。
現実離れした女神様の登場に思わず俺は頬をつねった。痛みは少しばかりあるし、夢ではないな。
「あ、あのー」
「あぁすいません。えっと、女神ソイゼリアさんでしたかね」
「イステリアです。女神を格安イタリアンみたいな間違え方しないでください」
「すいません。で、俺が何に選ばれたって?」
「はい! 残念ながら貴方は不幸にも死んでしまいました! 本来であれば魂だけが天国か地獄に送られるんですけれども、貴方の現世で輝かしい活躍をされたのでこうしてお呼びしたのです!」
「屈託のない笑みで言われると、なんか傷つきますね」
「ごめんなさい! 私ったら、期待だけ先走らせちゃって」
あわあわと恥ずかしそうに照れる女神様。明らかに残念そうじゃない笑みだったのでつい突っ込みが出てしまった。 死ぬ前の記憶を整理してみるが、俺に輝かしい活躍なんて微塵もない。
学校へも行かず、一日中パソコンに向かって伸びない小説を書いていただけの男に、活躍なんて言葉は掛け離れてるだろう。
「女神様、恐らく人違いであるかと存じますがー」
「いいえ貴方です」
なら酔狂だ。女神の言葉がだんだん皮肉に聞こえてくる。「なんでって顔してますね」
「そりゃ勿論。俺なんか、ずっと引きこもって小説書いてただけの男ですよ?」
「その小説を書いていたって言うのが重要なんです! それこそ貴方が適任」
女神様は悪戯っぽく言う。可愛い。
小説を書いてたことが重要。つまりアレか、俺の小説に出てくる能力が使えたり、あるいは主人公の能力が継承される奴か。
話の流れが完全に変わって期待が胸を敲く。
「貴方が転生する世界『カクール』では現世で書いていた小説の評価や観覧数が能力値になるんです! 貴方にぴったりじゃないですか!」
二人の間に沈黙が訪れる。
「どうしました? あまりに嬉しくて言葉がないんですか?」
「なおさら不遇な世界じゃねぇか! 俺はあれだぞ? 底辺って奴だぞ? 三桁は愚か、二桁も評価貰えないクソ雑魚だぞ?」
「お、落ち着いてください」
「転生したらソッコーでモンスターに食われる奴じゃんこれ! なんだ? 中途半端すぎてモンスターの餌くらいにしかならねぇってか!」
怒りのあまり声を荒らげて女神に詰め寄ってしまう。
やっぱりアレか。こんな優しそうな見た目してド畜生なのか?!
「女神様なら俺の素性、全部知ってるんだろ?」
「えぇ。貴方の全てを網羅しております」
「なら、泣かず飛ばずの作品をウェブで投稿していた俺は、自ずと除外されるはずなんだが?」
俺は俗に言う底辺だ。書いていた小説をウェブ上に公開したが、総評価数は驚異の一桁、観覧数だって三桁届かないくらいなのだ。
この女神、やっぱり畜生だ。俺は睨むような視線で見るとため息をついて、つらつらと語り始める。
「私の言ったこと、きちんと理解されていないみたいですね」
「理解もクソもあるか。裸同然のステータスで異世界送りにするんだろ」
「私がいつ“ウェブ小説で”なんて言いましたか?」
意味ありげな一言に拗ねていた俺は女神に向き直る。
「つまり、それって」
「小説ならばどんな形態でも含まれるということです。作家なんだからそれくらい見通してくださいよ」
苦言を呈されてしまった。
だが、それもそれで嫌なんだがなと心で呟く。
「こうして話してる間にもカクールでは無辜の人々が魔王軍に殺されているんです。良いですか? 貴方がカクールに降り立てば間違いなく最強クラスに近いんです。だから、自信を持って」
何の根拠があってと言いたくもなったが全て知られてるんであれば、もはや拒否する術を持たない。
俺は何も返せず頷いた。
「では行ってらっしゃいませ。能力の詳細は転生した後に『パラメーター』と唱えれば見れますので」
「最後に解説どうも」
このときは仕方ねぇ世界救ってやるかとも思った。
女神の巧みな言葉に乗せられていることも知らずに・・・・・・。
こうして俺『龍坂 カナメ』は異世界へ転生したのだった。
小説の評価と総閲覧数がステータスになる異世界――
女神に誘われた世界は、どうやら俺にとって本当に都合の悪い世界らしい。
執筆歴三年の17歳『龍坂 カナメ』こと俺はウェブで受ける作品を書いたことがない。
受けたい思いで一時期、流行ジャンルの異世界転生物や追放物にも手を出したのだが、いろいろあって書けなくなった挙げ句に社会的地位も失って不登校になった。
死ぬ直前まではというと、暗い部屋の片隅で一人執筆に没頭していた。寝食も忘れて自分の面白いを紡げるのが心の支えだったのだが、書くのが面白すぎて過労死した。
そして、女神の間でのことに至ったわけだ。
女神の間の床が抜けるなんて聞いていなかった。
内臓の浮く気持ち悪さが一瞬した後に、真下を見て気絶。瞼を開くとそこは木漏れ日に照らされる鬱蒼とした森だった。
「芸人が落とされる感覚ってあんななのか。体張ってるなぁ」
思わず感嘆していた。
早速自分のステータスを確認してみる。
「さてと、パラメーター」
体力20/45 魔力30/72 知力/不明 努力値/不明 レベル1/1 ランク/不明 スキル/メガミックアーツ――無想生成
唱えると数値になって色々な値が視界に飛び込んでくる。全てが数値に表示されるのはさながらVRMMOだ。
ステータスの現在値と最大値が順に現れる。タップすれば詳細が分かるのだが、レベルが1/1であることが少々解せない。
「こういうときって近場に湧いたモンスターとかで力試しするのが定番だけど、ひとまずスキルを使いこなすとこからか」
メガミックアーツ:無想生成をタップする。
自創作の武器を魔力によって生成する――か。
しかし俺の作風とこのファンタジックな世界観が釣り合わない気もするが・・・・・・まぁ気にしたら負けかと、試しに適当な武器を作り出してみることにする。
魔力を手に込めて頭に生成する武器の像を浮かべる。すると魔方陣が伝って、鋼鉄の塊が両腕にのし掛かった。
「おっも?!」
生成されたのは長く太いバレルに巨大な制退器を取り付けた対物ライフルとその弾薬。
スペック上はたかだか12キロだが、引きこもりが祟ったか遙かに重く感じる。
バレットM82――現代では人を赤い霧に変えると恐れられている。俺のウェブ作品『ウェイポイントガール』で幾度となく登場する主人公『甘夏 未来』の愛銃だ。
「こんなの担いで走り回ってる未来とか化け物だろっと、ん?」
ぼやきに混じった一瞬の重い金属音。すぐにその方へ向いた。
遠くに見える二つの集団。片方は人間で、片方は人型だが皮がなく、黄ばんだ骨だけで身体ができている。
「骸骨・・・・・・魔物との戦闘か」
さながら骸骨の騎士、ボーンナイトとでも言う奴か。黒ずんだ盾に鎧まで纏い、西洋騎士のような剣も持っている。 こいつを試す絶好のチャンスだ。俺はそう思い、魔物との戦闘に足を近づけていく。
「てぇや!」
「ヒーリングレイ! 後ろをお願いします!」
「ファイアーアロー!」
三体いるボーンナイトに対して、前衛の剣士と斧使いが敵の攻撃を引き受け、後ろから弓使いの援護射撃をして、消耗した味方を魔法使いが回復する。
オーソドックスな戦術だが、程なくして前衛二人がボーンナイト二体を仕留める。
「ヒールを!」
「はい!」
頭を砕かれて、淡い赤の光に代わった魔物が倒した二人に座れていく。アレはどう見ても経験値で、若干遠目から見ていた俺は感動すら覚えていた。
だがもう一体の存在が頭に過った瞬間、魔法使いの背中にそいつがいたことに気づく。
「まずい!」
もう無我夢中だった。装填ハンドルを引いてスコープの十字を直感的に合わせ撃発。
ひょろがりの俺はライフルの反動で背中を打ち付けて倒れる。弾丸はボーンナイトの腕をガラスの用に砕く。
「後ろに回ってやがったか!」
最後は剣士と斧使いが頭蓋を砕き、魔物は駆逐された。
だが経験値の一部が俺の方へ入ってくる。パラメーターで確認すると、レベルの下の経験値が少しだけ入っていた。「なるほど。魔物を倒せば経験値が入るってシステムか」
光が身体に入るだけで感覚はなかった。
だがそれを感心していたのもつかの間、さっきまで戦っていたパーティーが俺へ寄ってくる。
「さっきのはお前か?」
剣士は眉間にしわを寄せて聞く。周りの面々もこちらを睨むように見つめていて、穏やかな雰囲気じゃない。
「そうだが、何か問題だったか?」
「・・・・・・転生者風情が!」
刹那の沈黙を置き、剣士は思いきり剣を振り下ろしてきたのだった。
ガン!
手放したライフルが真っ二つに折られて鉄くずと化す。剣の威力も然る事ながら、剣士の殺意に困惑と混乱が心を襲う。
「一体どういうつもりだ」
「転生者は生かしておく必要などない!」
「答えになってねぇよ!」
転生者が理由なら理不尽も極まっていると思う。
個人的な恨みなのか。口ぶりからして転生者をかなり憎んでいるようにも感じる。このままだと普通に殺される。
背を向けて全力疾走するが炎を纏う矢が足下を掠めた。
「パーティー揃ってか」
斬りかかってきた剣士の後ろにパーティーメンバーが揃いこちらへ身構える。
1対4な上、こっちは転生したてで赤子同然。向こうがやる気ならもはや避けられない。
無想生成を発動して武器を――けど、いいのか。魔王の倒すために与えられたこの力を人殺しに使って・・・・・・それにこいつらにだって背負ってるものがある。
ぐぅと握った拳。それは迷いの証だった。
「レスト!」
四つの魔方陣から鎖が投射され、一瞬にして四肢が拘束されてしまう。
鎖の表面には鉄の棘が生えていて皮膚を突き破る。焦って藻掻けば傷口を広げ、細い血液が腕に筋を引く。
鋭い痛覚に目が冴えて声も出た。だが目の前の殺意が痛みを死の恐怖へと変えていく。
「動きは封じた。ノービス今よ!」
転生直後で死ぬなんてどこの人気ラノベだよ――横薙ぎに振られた剣をもはや避けるすべなどなく死を悟った。
だが剣は空を切る。青い魔方陣に包まれた瞬間、俺の身体に巻き付いていた鎖が割れ、ほぼ自動的に剣を避けていたのだ。
刹那の挙動に俺も剣士達も唖然とする。
「レストが解けた」
「あいつの魔法か?!」
「いえ反応はなかったわよ! もう一回」
困惑する隙を突き、両手に手榴弾を作って放る。
「少し痛いけど、我慢してよ!」
耳と瞼を塞いで倒れ込み、至近で炸裂。
くぐもった跫音と一瞬の白。それに反応してすぐに書けだした。
「前が見えない!?」
「奴はどこだ!」
無想生成で作ったフラッシュバンとスモークグレネードが見事に決まった。
FPSではお馴染み非殺傷の手榴弾だ。フラッシュは閃光で、スモークは煙幕で相手の視界を奪う。
灰色の煙幕を抜け、体力が続く限り走った。もうあのパーティーの姿は見えない。
「なんだったんだ一体」
モンスターを横取りされた腹いせか。だが随分と血気盛んな連中だった。
あの女神、この世界のキャラ設定尖りすぎてるんだろ。そんなツッコミを飛ばしたかったが、多分届かない。
ひとまずあのパーティーは危険集団として然るべきとこに報せるとして。
「ひとまず、街はどっち行けば良いんだ?」
途方に暮れて空を仰いだ。戦闘があろうがなかろうが結局こうなっていたことに変わりない。
なんで異世界転生物の作品は最初に街へ辿り着けるんだ? 現在地知れるだけでチートな気がしてきた。
どっと疲れが押し寄せてきて、転生初日は野宿・・・・・・かと思ったが、遠くから声がしてきて身体が強張る。
すがめてみるとさっき戦った奴らだ。しかしこちらには気づいていないよう――
「気づいてないなら」
俺は無想生成を使い、ある物を作った。そしてそれを頭から着ると寝そべって自然に溶け込む。
目の前を通り過ぎても擬態した俺に気づくことなく、そのパーティーは過ぎ去っていく。やがて諦めたのか、剣や斧を収め、くたびれた様子で森を去って行く。
静かに草を踏む音さえはばかるように、その後を俺は追った。