パーティーの背後を追うこと数十分。
ファンタジー世界ではよくある石畳の道にレンガや石の屋根の街並みが見えてくる。
「ほんとテンプレって言うか・・・・・・」
流石は異世界、と言うところか。中世ヨーロッパ風の街というと本格ファンタジー作家達に槍を刺されそうだが、確かに脳内イメージ通りな光景だ。
どうせ転生するなら自創作が良いな。でもそれはそれで最初でパニクって死にそう。
街まで続く街道はあぜ道になっていて、こいつを来たままだと流石に目立つ。
「ギリーは捨ててくか。まぁ草の中ならバレないか」
頭から被っていたギリースーツを脱ぐ。
ギリーとは草を模した紐を無数に括り付けた偽装服のことだ。FPSなんかでは『モリゾー』なんて呼ばれてたりもする。
あの森では最適な装備だと考えてスキルで作成したのだが、思った以上に効果があった。
逃したことがよほど惜しかったのか何度も背後を確認していたが気づかれることはなかった。
「ここからは適当に人混みに紛れて・・・・・・」
と思い、遠くの方で通行人の波に乗った。
異世界最初の街『ルルス』の中心地へは二十分弱で到着した。
その道のりで一つ分かったことがある。
「邪魔だ転生者!」
「チッ、また来やがったのかよ」
「ほんと迷惑な連中よね」
「ままー、あの人へんなかっこー」「見ちゃだめよ!」
引きこもっていたからか、半年分くらいの辱めをこの数十分で受けた気がする。
どうやらこの街は転生者を憎んでいるようだ。
不特定多数から罵られたり辱められることは慣れていた。だが面と向かって言われるのは、少しばかり心に来る。
一体どうなってんだよこの異世界。
(落ち着け。俺の目的は魔王討伐、世界を救うことだ)
どんなに蔑まされようとも、俺は俺の使命を果たすだけだ。そう言い聞かせて心の平静を保った。
しかし魔王軍と戦おうにも街の外で味方撃ちに合うのはまずい。
ひとまず奴らパーティーの蛮行を誰かに伝えなければ。そう思い立ち、再び他の冒険者の後をつけて冒険者ギルドに辿り着いた。
入った瞬間、併設の酒場が静まり、受付のお姉さんの顔が強張った。
「今日はどんなご用で」
「街の外で冒険者パーティーに襲われたんでその告発と、後は冒険者になりに来た」
「襲われましたかー、まぁ仕方ないんじゃないですか?」 まるで襲われて当然という言い草だ。俺は両手を机の上に叩きつける。
「全くここの冒険者はどうなってんだ? あんたらギルドは人を殺さないって基本道徳もないんですか?」
「あのギルドで大きい声出さないでもらえます? きったないツバが飛ぶんで」
「はぁ?」
「貴方、転生者ですよね? この世界で転生者がしたこと、知らないんですか?」
「あぁ知らないさ。さっき来たばっかりだからな」
「この悪魔が!」
頬にビンタが直撃した。
「何するんだ」
「お前達転生者がこの世界でどれだけ人を殺したか・・・・・・幸い街での殺しは禁止されてるから生き延びられてるゴミ共が」
おいおい一体何がどうなってるんだ。疑問符が頭を駆け巡る中、いつの間にか俺を取り囲むように冒険者達が迫っていた。
ひょろい俺に対してガチムチの冒険者が五人。俺は何がなんだか分からないまま、受付から引き離されていく。
「おい離せよ!」
藻掻くが腕は剥がれない。
「はぁ・・・・・・ほんと転生者を見てるだけで吐き気がする。あ、冒険者になりたいって言ったわよね。ならステータス見てあげるわよ。ほら、鑑定」
パラメーターが彼女に渡り、そして腹をよじるように笑った。
「あははは。こいつ転生者の癖にゴミステータスだわ! ランクG・・・・・・どんなに弱くてもBはあるのに・・・・・・ぷぷぷ!」
酒場全体にわっと笑いの渦が起こる。そして煽るように受付嬢が、
「はーい皆さん。新しいサンドバックが入ってきましたよー!」
俺は連れて行かれながら思った。嫌われているでは足りないくらい、この世界では転生者への憎悪が深い。
パラメーターを暴かれ、弱いことを晒された俺のその後は悲惨だった。冒険者ギルドの裏手、人の気配がない場所で彼等が満足いくまで殴られ、蹴られ、そして捨てられた。
全身に残る痛み、吐き気、そして絶望でで俺は立ち上がれなかった。
酒場に居た冒険者達の一人一人が俺に暴力を振るって罵った。
やれ妹の仇だとか家族の分の痛みだとかを言い放ち、まるで俺が魔王軍の敗残兵にでも見えたかのように容赦なくぶつけられた。
前の世界となんも変わらないじゃないか。これじゃ。
恨まれる道理なんてない。なのにあいつら・・・・・・。
あぁ、殺したい。あいつら全員苦しめて殺したい。湧き上がってくる感情はどす黒く、そして闇が深い。
「なら殺しちゃえば良いじゃん」
脳内に流れてくるのはそんな優しく甘い言葉。
無数の言葉の刃で刺されてるときに励ましてくれたあのときの声色だ。
(そっか。なら殺しちゃえば)
魔が差すとはこういうことを言うんだろう。
虚ろな目に映る黒い魔方陣。俺の両腕を包み、人を殺すための武器を作りだそうとしていた。
「無想生せ」
「あの!」
透き通るような少女の声音に無想生成は寸前で引っ込む。 金髪ロングで碧眼の美少女が俺の元に駆け寄るとしゃがんで俺の前にパンを差し出す。
「なんの・・・・・・つもりだ」
「酷い傷。これ食べててください。今治しますから」
「いらない」
「放置したら悪くなっちゃいますよ。ヒール!」
パンを無理矢理手に握らせると、彼女は回復魔法を唱えた。
暖かい光に傷が包まれて痛みが和らぐ。だが俺は力の入らない腕で必死にその手をどかそうとする。
「お前だって・・・・・・転生者を恨んでるんだろ」
「しゃべらないでください。傷に障りますから」
「いらないから・・・・・・どっか行け」
彼女は聞く耳を持たず、魔力の限界が来るまで必死に治療してくれた。
ラナのおかげで起き上がれるくらいまでにはなったが、純粋無垢に見える彼女ですら信じられなくなっている。
「これも返す」
「だめです! お腹空いてますよね。遠慮しなくていいですから」
横に振る首のだが、身体は正直で腹の虫がうるさく鳴く。
「ほら」
「でもいらない。君だって転生者が嫌いだろう?」
この街の人間が皆そうやって映る。
皆が転生者を憎み嫌う。
だからこのパンにだって純粋無垢の裏に悪意が込められている。
パンを差し出したまま、ラナの澄んだ瞳と見つめ合う。すると彼女はパンを一瞥して、
「じゃあ半分こしましょ!」
と言い、パンを千切って口に運んだのだ。
俺は唖然とした。
「いつもお母さんが言ってるんです。困ってる人や苦しんでる人を見かけたら助けてあげなさいって」
目の前の少女が天使のように見えた。
「転生者の人だからって、みんなが悪い人じゃないと思うんです」
もはや疑っていた自分が馬鹿馬鹿しくなって、パンを貪るように口へ運ぶ。
バターもジャムもない、質素な小麦の味。けれど一生忘れられない。
あっという間に手から無くなって、俺は言葉にならない声でずっと感謝していた。
しかし、
「ラナ! お前またこんなとこで・・・・・・」
少女の背後に剣を携えた一人の冒険者が現れ、全身に怖気が走った。
こいつは――森で襲った来たあの剣士だ。
剣を抜いて振りかぶろうとしたとき、
「アルスお兄様! 待ってください!」
俺を助けてくれた少女ラナが立ち塞ぐ。
こいつの妹だったのか。兄妹のくせしてやけに育ち方が違う。恐怖が無くなりかけていたから冷静で呑気に思っていた。
「また転生者なんかに大切な食料分けやがって。お前のそういうことがどれだけ母さんを苦しめてるかわかってるのか?!」
「困ってる人がいたら助ける。その教えを守ってるだけです。お母様だってこの世界の人であるなら関係ないと言っていました」
「だからずっと郊外で苦しい生活を送ってんだろうが・・・・・・良いからどけ」
「きゃっ」
妹の手を乱暴に掴んで俺の前から引き離す。
このアルスとか言う奴、金髪に目鼻立ちも良いかなりのイケメンなのに、兄としては最悪だな。
「今、楽にしてやる」
「駄目です! 逃げてください!」
そしてラナもラナだ。めげず兄の腰に掴みかかって必死に止めようとしていた。
まさかこんな路地裏で兄妹喧嘩を見せられるなんて面輪なんだ。
「あのさ。ラナさん」
「妹の名前を気安く呼ぶんじゃねぇ」
「俺ならもう潔く死ぬから離してあげてくれないか?」
「潔く死ぬって・・・・・・命を粗末にしちゃいけないんですよ!」
「物凄い正論なんだけど、俺的にこんな異世界でやってける気しないんだわ。それにアルスとやら、お前みたいな妹を平気で突き飛ばす兄貴、見てるだけで吐き気がするんだ。だからさ、早く叩き切れよ」
リンチに遭ってからいろいろと吹っ切れた気がしていた。 俺が想像してた異世界転生とはベクトルが違い過ぎる。ウェブで流行ってたチートで無双する系とか、悪役貴族なのにまともさでハーレム作る系とかじゃないんだもの。
「あぁ望み通りそうしてやる。その冴えない面、真っ二つに」
アルスの剣は振り上がり、銃声とともに剣先が割れた。
けたたましくも耳菜染みのある跫音に瞼を見開いた。
「そこにいるの、転生者?」
「あぁ。今、始末するとこだった。邪魔しやがって」
「そう。じゃあ生きてるんだね」
淡々としていて、刺すような鋭利さも持つ高い声音。
アルスは向き直り、欠けた剣を構え直す。
「この街最強のAクラス冒険者様がこのカスになんの用だよ!」
聞くが先か、アルスは踏み込む。彼の身体で被っていた声の主は軽やかに翻して銃口を突きつけた。
そして彼女が転生者であると一目で分かる。手にしたサブマシンガンとパイロットスーツのようなカーキ色のつなぎ、股関節のあたりから這うように巻かれたハーネス。
「あなたが知る必要なんてない。失せろ」
彼女の言葉にアルスは不服そうな面持ちで剣を収め、路地裏から去って行った。
「ラナが見つけてくれたの?」
「偶然です。ここに倒れていたところをたまたま通りかかったので」
「それで、あいつもセットか。まぁ、冒険者ギルドの裏だものね」
アルスに銃を向けた女が俺と目を合わせる。
童顔だがおさげにした髪とどこか固い表情が大人びた雰囲気を醸している。
「来て」
「え?」
手首を掴むと、スレンダーな容姿からは想像もできないような力で引っ張られる。
「ラナのおかげでまた一人救われた。ありがとう」
「い、いえ! ハルさんのお力になれて嬉しい・・・・・・です」
「じゃあおばさん達の元に行って、さっきのことを伝えてくれる?」
柔和な微笑みで頼むと、ラナは張り切った様子で駆けていった。
それを見送るや。俺は彼女に引かれるがまま冒険者ギルドの裏路地から連れ出されたのだった。
「あ、あんた一体」
「ハル。ハル・ミヤジマ」
「ミヤジマさん? それで俺をどこへ」
「時期にわかる」
濁されると不安しかない。
「とりあえずこの肥溜めから離れないとね」
「・・・・・・あぁ」
その言葉からハルへの危機感は薄れていく。
異世界では異様な格好と街の人間の変わらぬ目線。彼女は多分、俺と同じだ。
そしてこの出会いが俺の長い戦いの始まりになるだなんて予想だにしていなかったのだった。