属州アムルダム首都マニトバ——数ヶ月前。
首都の南のへ築かれた、建造されてから随分と時間が経過をした砦はその歳月を苔むした壁と無尽蔵と生い茂った蔦で物語った。尤も手入れはされているので、意図的にそうなのだともいえる。威厳であったり格式であったり、何かそんな見栄を虚勢を張るためにそうなのだ。
そこはフリンフロン軍正規軍が駐屯をする拠点である。併合されたとはいえ未だアムルダムの王は首都へ王城を構え王座に座している。草原の民は気性が荒い。いつ何が導火線となり、謀反なり内乱が起きるか想像できたものではない。だから、というわけでもないがこの砦には一年周期の交代制でフリンフロン軍が詰めている。
それは満月の夜だった。
「中将! こんな夜更けにどちらへ?」
砦の厩舎へ姿を現したヘルナンデス中将を呼び止めたのは、夜の番をした一兵卒であった。いつもであれば、特に呼び止めることはしない。街に繰り出し夜伽を楽しむことだってあるだろう。だが、随分と青ざめた顔をしたヘルナンデスは満月の光のもとで、死人のような顔色を見せたのだ。
「妻と息子が攫われた」
掠れた声でヘルナンデスは答えた。
恵まれた体格に見合わない、弱々しい声に耳を疑った夜番の兵は「え?」と訊き返すが答えは返ってこなかった。それに顔を覗き込んでみれば、放心としたヘルナンデスの黒瞳は虚を見つめ、さもすれば瞳孔が開いているのではないかとさえ思えた。つまり、死しているのではないかと。
それに顔をハッとさせたヘルナンデスは力なく夜番の兵へ、一枚の羊皮紙を手渡した。
そこには端的に云えば「ヘルナンデスの妻と息子を預かった。命が欲しくば
「中将……お気を確かに。大将へ報告を」
「それは駄目だ……騎兵を……」
「ヘルナンデス様、それは……」
「妻と息子の命がかかっているのだ!」
ヘルナンデスは鬼気迫る顔で兵を怒鳴りつけた。
兵はそれに首をすぼめると両目をギュッと閉じ平手打ちが飛んでくるのではないかと構えた。まともに喰らえば首の筋まで、どうにかなってしまう。ヘルナンデスはそれほどに恵まれた体格を極限まで鍛え上げているのだ。それは、ヘルナンデスの下に配属された兵であれば誰でも知っている。
だが、予想した衝撃はやってこなかった。
ヘルナンデスは平手打ちを飛ばす替わりに「お前は誰だと」誰かに問いただす声を挙げていたのだ。中将は恐怖に囚われたのか、はたまたは狂気に捕まったのか、声を震わせた。
夜番の兵が、そっと目を開くとそこに在ったのは白い死神だった。
そんな風な魔導師が突然に厩舎へ姿を現したのだ。
ヘルナンデスは目を丸くした。夜番の兵もそうだった。白い外套へ身をすっぽりと包み込み頭巾を目深に被った魔導師の素顔は月明かりが落とした厩舎の影に紛れよく見えなかった。しかし袖から覗かせた皺だらけの両手の五指を胸の前で合わせ忙しなく動かす姿は、紛れもなく真っ当な人間ではない雰囲気を臭わせた。よくて気狂い。悪くて悪魔だ。その魔導師は頭巾から覗かせた口を三日月に歪め、地獄の呻きを模す声で小さく笑い、そして云った。
「ククク。畏敬とは美しいものだ。良い心がけだ中将。儂は幾度となく、こうして魔女の使い魔よろしく立ち回るのだが、大体において輩は儂に敬意を払わなかった。おっと。それに免じてお前の質問に答えてやろう。儂はアイザック・バーグ。クルロスの……ああ、そうだな。魔導師だ」
魔導師は云うと、幾分か顎を上げ頭巾の中に双眸を覗かせた。そこに浮かんだ瞳は赤黒の蛇目だった。ヘルナンデスはそれを見るや否や「悪魔め!」と抜刀をするが、その手は柄を触ったところで、ぴたりと動きを止めたのだ。
「ヘルナンデス。儂が使い魔のような、ちんけな役回りを演じる理由を知っているか?」
「何を……」
「ああ、お前も阿呆か。訊いているのは儂じゃ」
アイザックはそう強く云い放つと、忙しなく動かした五指を止め人差し指を上げると小さく振るった。するとどうだろう。ヘルナンデスの右肩へ糸のような赤い線が走る。そして次の刹那には肩から先が、ごっそりと藻屑のように落ちたのだ。
ヘルナンデスは絶叫し肩を押さえようとするが、素早く動いたアイザックが中将の口を抑え膝を折らせた。
夜番の兵は先ほどから硬直し終始、幻を眺めるようだったが、力無く膝を折った中将の姿に我へ返ると剣を抜き放ち「放せ!」と魔導師を斬りつけた。
よくよく考えれば、その行動は無謀であるはずだ。中将の姿がそれを物語っていたはずなのに兵は、それは幻であると言い聞かせ身体を動かしたのだ。しかし、それは現実だ。斬りつけた矢先に夜番の兵の胴と腰は切り離され、夢現つに上半身は剣を何度か振るったが、もはやそれはブリキの玩具のようで、すぐに力無く動かなくなった。
ごろりと大地に転げた上半身は直ぐに赤黒く変色し大きな血溜まりを作った。
パタリとその血溜まりへ、やはり転げた腰から下は何回か脚を大きくバタつかせると、もう硬直をした。
「中将。部下への教練は大切だ。見ろ。お前の怠慢が故に駒を無駄にしたではないか。それに、お前は儂への礼儀を覚えねばならないな。腕を落としてしまったではないか」
アイザックはヘルナンデスの耳の傍で囁くと、転がった右腕を拾い上げ乱暴に中将の肩へ押し当てた。その光景は異常だった。取れてしまった人形の腕を付けるようで、それには動揺も恐れもない。子供が人形へそうするように、無機質な動作で義務的にそうだったのだ。だが、それは何の奇跡なのだろうか。右腕は見事に繋ぎ合わさると、何事もなかったようにヘルナンデスの右腕へと戻った。
口を抑えられたヘルナンデスは、フーフーと目を血走らせ呼吸を荒くした。何かを云いたいようだがアイザックは「阿呆は喋るな」と囁き許さなかった。そして続けた。
「嗚呼」とアイザックは大袈裟に息を吸い込みながら云い、人差し指を振った。
「理由だったな。我が魔女は怠惰ゆえに我々を使役し、嫉妬が過ぎる故に愛を語らう輩を毛嫌いしておいででな。だから壊したいのだそうだ。オセの末裔よ。お前らの血筋は特にお気に入りのようでな」
ヘルナンデスは魔導師が云った名を耳にした途端、さらに激しく、んーんーと声を漏らした。
「ほう。云い伝わっておるか。ならばおとなしく従うことだ。おっと。儂は魔女の傲慢を司るが、しかし抜かりはないぞ。お前がこのお膳立てを台無しにしようとすれば……わかっておるな」
※
ジーウ魔導師師団とイカロス騎士団で構成された討伐軍は、紫紺の毒沼へ沈んだエドラス村を後にすると、放棄されたサタナキア砦を見上げる小高い丘へ、帷が降りる少し前には到着をした。従者達が忙しく陣を張るが、なかなかに時間が足りない。だからアッシュとミラはこれまでの旅で馴染んだ手捌きで従者を手伝った。簡易式の天蓋を幾つもたてるのだが、必要であれば直ぐに撤去できるよう仕込むことも忘れない。
ここまでの行軍では、反旗を翻したとされたヘルナンデスの兵卒を見かけることはなかった。静かなものであった。斥候の一つも走る様子がないのだ。それに首を傾げたのはイカロスで、一個小隊を砦に走らせたが戻ってきた小隊からの報告は「騎影なし」とのことだったのだ。それをいよいよ訝しく思ったイカロスは、ジーウへ朝を迎えるまで砦への侵攻を見合わせることを具申した。
ジーウは「イカロスさんが、そう云うなら、そうしましょうー」と例の戯けた口調で、それを了承をすると早速見晴らしの良い小高い丘へ陣を張らせた。むざむざと敵の的になるような設営をさせたのだが、これにジーウは「どうせ隠れたって無駄だし、大丈夫ですよー」とイカロスの小言を封殺したのは云うまでもない。
暫くすると粗方の野営の準備が整った。
一つ、また一つと酒場に灯される角灯のように焚き火が灯る。
多くの騎士と魔導師達は酒を口にすることは禁じられたが火を囲み、思い思いにモソモソした干し肉や、細かく挽かれた穀物を練り込み薄く伸ばし焼いた保存食を口にした。すると口の中は当然に水分を持っていかれたので、果実水を酒がわりに、水分を奪われた口の中を潤した。不思議なもので平時にそんなことをしていれば顔を顰めるようなことであるが、強行軍に疲労をした身体に、それは何よりも最高の褒美であった。
今夜はきっと何もないだろう。
皆がそう思い、緊張した空気は次第と緩み、そこかしこで談笑が始まりもした。そんな中アッシュは陣の端に立つと、欠けた満月が落とす光を頼りにサタナキアを眺めた。
静か過ぎた。それは騒々しいほどに静かだ。だからアッシュはそれに騒つく気持ちが煩わしくこうして、皆から離れ空気の流れに耳を傾けた。そして、亡者塚で感じたあの静けさ。それに似た空気を感じた。
ミラは、そんなアッシュが気になったのかジーウに招かれ天蓋の中で身体を休めていたのだが、アッシュの元へやってきた。
「どうしたのアッシュ?」
「ああ、ミラ。寝られない? 少しでも寝ておかないと」
「大丈夫。もう子供じゃないもん」
「そっか。それは悪かった」
アッシュは自分の胸よりも少し下にあるミラの黒髪を撫でて微笑んだ。
シラク村で出会ったときだ。
アッシュはミラの瞳の奥へ懐かしい焔の揺らめきを感じると、それまでの経緯もあってか、その懐かしさは勘違いだと心の中で想いを追い払った。だから大人げなくミラとアオイドスから距離を置くこともした。過去の自分が不躾に運び込んだ、身勝手な置き土産。そんな風にも想った。だけれども、それでは自分は怯えた犬のように尻尾を丸めこめ、おずおずと自分の居場所を削られていくのだ。それこそ本意ではないはずだ。
では、どうするのだ?
それはミラが身を挺して教えてくれた。そんなくだらない事へいつまでも目を向けるのではなく、目の前に在る物を在るように見つめ接する。つまりグラドがミラへ云ったことだった——ありのままを見てやれ。その言葉を体現したミラから自然とアッシュは学んだのだ。人と人の繋がり。在り方の一辺を。そうして今ではミラを「娘であるかもしれないミラ」ではなく「ミラ・グラント」として受け入れることが出来るようになったのだ。
随分と歳は離れているが、頼れる仲間。そんな風に思っている。
「それで、どうしたの?」
ミラはいつまでも頭を撫でるアッシュの手を迷惑そうに振り払うと「もう!」と、相変わらず頬を膨らませた。
「ああ、うん。なんだか落ち着かなくてね。空気なのか……何かが澱んで燻っているような気がするんだ」
「ねえアッシュ。子供にもわかるように云ってよ」
「ん? 大人じゃなかったの?」
「……意地悪云うと、エステルに言い付けるからね」
「それ、アドルフから教えてもらったの?」
「なんでわかったの?」ミラは、口に手を当てころころと笑った。
「いいんだけけれどね——ミラは感じない? 空気の流れがおかしいというか」
「んー。どうだろう。でも——」
確かに月は登っていたし、神秘的な月光は不気味にサタナキアを闇夜に浮かばせた。それは変わらない。しかしだ。アッシュとミラを闇が覆ったのだ。
遙か南に横たわる霊峰ジ・アダフには人の言葉を口にする大怪鳥が住んでいると云う。彼らは神の言葉を預かり、竜と語ると世界の終わりに凶報を人々に知らせるのだそうだ。その鳥の名前はわからない。それがたった今、二人の頭上を横切ったのではないのか。二人はそんな風に感じた。
不吉な影にミラは不安そうに空を見上げた。
アッシュはミラの横顔を一瞥するとやはりそうした。ミラが目を細め何かを見つけた様子だったからだ。
果たして二人は夜空へその影を見つけた。夜空を飛翔する不吉の巨大梟を。闇夜に溶けるような黒いそれは暫く月を覆い隠すまにサタナキアの上空へ到達すると、見上げる二人が固唾を飲むまに忽然と姿を消したのだ。
あれはなんだったのだろう? 二人は軽く身を震わせ暫く目を合わせながらも周囲を警戒した。
そしてアッシュが軽くかぶりを振ると最初に視線を外した。
ミラはそれに頷くと足を踏み鳴らし術式を展開するといつの間にかに遠くにあった野営陣を飲み込むほどにそれを広げた。瞬く間に術式は青い半球体を成した。それはブリタが見せた<魔力の障壁>と同じものだったが、遥かにその範囲は広かった。
「ミラ」
「うん」
悪趣味なほど不気味なサタナキアの正門が遠くにギギギと音を鳴らしたのがわかった。アッシュが咄嗟に二人へ施した術は身体能力を格段と底上げをする。身体のうちから湧き上がる力の波。命の旋律。そんなものが増幅され二人の五感を研ぎ澄ます。遠くで鳴った開門の音は、それだから二人の耳に届いたのだ。
二人は固唾を飲んだ。突然の<魔力の障壁>の大展開へ野営陣ではどよめきが起こっている。気が付けば背後に馬の音も聞こえ、ジーウとイカロスの二人がやってきたことを知らせた。二人が到着する頃には砦の正門から幾つもの灯がゆっくりと這い出てくるのがわかった。
「アッシュさん——あれは……」ジーウは驚かせないようアッシュの背後で小さく訊いた。
「わかりません。でも……」アッシュが答えた。
「あれ……人じゃないよ」
ミラの黒瞳が青く輝いた。神秘的な輝きだ。魔術の光は時に魔導のような神秘を孕むことがある。破壊の硝煙の臭いばかりが魔術なのではない。
「見えるの?」アッシュは、その神秘的な輝きを見下ろした。
「うん——ねえアッシュ。
「いいえ。塚人は特殊な条件が揃わないと在ることはないわ」
答えたのはジーウだった。
ミラは青く輝く瞳でジーウを見上げると「そうなの?」と小首を傾げ「だったら大問題だよ。あれ、全部そうだと思う」
「まさか。塚人がわざわざ松明を掲げて行軍するのですか?」驚きの声を挙げたのはイカロスだった。それもそうだろう。ミラの云うことが本当であれば、律儀にも死者の王達——塚人は、すべからく全ての死の王であった——は行軍の目印を掲げ存在を知らしめ、あまつさえ早馬を走らせたようなのだ。灯りの群れから一際先行する灯がぐんぐんとこちらへ向かって来る。まるで布告のため伝令をよこした。と云った風にだ。
「来ます」
落ち着きを払ったアッシュの声が一同の視線を集めた。
見えてきたのは、やはり軍馬を駆る伝令であった。しかしその様子は異常だ。黒軍馬は狂った目を輝かせ口角から泡を吹き出し四肢を動かした。馬上の伝令は朧げな白光の霧を纏うとそれを後ろへたなびかせた。四人は思い思いに得物をすらりと抜き放ち、三人の
そうしてやってきた伝令は落ち着きのない軍馬を巧みに操ると<魔力の障壁>の寸前で回頭し四人を鋭く——まるで髑髏のそれのように落ち窪んだ双眸を向けた。
「下賤の魔導師よ。我が主人の言葉を伝える——」
伝令は不気味に四人を見渡すと最後にアッシュへ視線を留めて云うと続けた。
「迎えに来た。忌まわしき悪鬼が閉ざした神殿を開放せよ。そして地下大空洞への道を拓け——さもなくば、我々は貴様らの命の全てを蹂躙し、月の影は堕ちるであろう。答えを聞こう——下賤の魔導師よ」
「つまり——」アッシュは三人に手を掲げ武器を降ろさせた。
「——僕が行かなければ出撃をした塚人——」
「その呼び名で我らを愚弄するか——」
「——死者の王達の軍がフロンを攻める。と、云うことですか? 軍を蹴散らして?」
「左様」
アッシュは眉をひそめた。
始祖ほどではないにせよ塚人は、その一つ一つが脅威である。恐らくは伝令の言を額面通りに捉えるのであれば、それはこの一晩で王都へ攻め入り陥落をさせると云っているのだ。さもなくば陽が昇れば立ち所に死者の王は宙に霧散することとなるのだから。
ここに居合わす四人で相手にできる塚人は二十が限度だ。対する塚人の軍勢は百を下らない。
「誇り高き死者の王。その伝令よ。
「嗚呼——よかろう。誇り高き愚者よ。ここに言を違わないことを誓おう」
「その代償は?」アッシュが訊ねた。
「我が誇りと魂を」
伝令の最後の言葉と共に巻き起こった朧げな白霧のつむじがアッシュを包み込む。それはアッシュの身体を縛るように、ぐるぐると身体を這い回ると最後にはパチンと音を立てて消え去った。アッシュはそれに苦悶の声を漏らした。
「誓約は成った——砦で待っているぞ誇り高き愚者よ」
伝令は云うと馬を回頭し来た道を静かに辿った。そして、遠くに揺らめく幾つもの松明の群れへ伝令が戻ると、少しの間を置いて一斉に死者の王の軍勢は忽然と姿を消したのだった。
三人はそのやり取りを黙って見守ることしか出来なかった。ミラでさえそうであったのだ。六員環の大蛇を前に怯まなかった小さな大魔術師であったが、伝令の放つ高圧的で鼻持ちならない雰囲気は心の頭を押さえつけられているようで、抗えなかった。それはまるで無力な子供が心ない大人に押さえつけられているのと同じであった。
「アッシュさん」静かにジーウは魔導師を呼んだ。
「ここで待っていてください」
「ちょっと……一人で行くつもり?」
「いいえ。ミラも連れて行きます——」
アッシュの脳裏に先ほど空に見た大梟の姿がよぎった。今はどんな危険が待ち受けているのせよ、ミラと離れてしまうのは得策ではないと考えた。アッシュがミラの黒髪に手を乗せ「——いいかな?」と改めて訊ねると、ミラは「あったり前でしょ!」と先ほどまでの顔を青くした様子はなく、大きく鼻も鳴らした。
「わかった——でも、砦に行って何をしなければいけないのか……アッシュさんは、あんな謎かけみたいな話でわかったの?」
「いいえ」
アッシュの答えはジーウが浮かべた懸念の表情を更に曇らせた。
とりあえず行ってみるとアッシュは云っているのだ。それは無知の蛮勇と思いもした。しかしどうだろう。ことアッシュにおいては、それは簡にして要を得た話なのかもしれない。そうジーウは直感的に思ったのだ。つまり、肌でわかっているとでも云うような話だ。アッシュの<謄写の眼>とは技に限った能力ではないと白の吟遊詩人から聞き及んでいる。
アッシュは簡潔にそう答えると「行こう」とミラに微笑んだ。
夜明けまではまだまだ時間がある。だが、アッシュは自分の軍馬を指笛で呼ぶとミラを前に乗せ砦へ馬を走らせた。