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第4話 知らないセカイ(2)


 エドヴァルトの指示でリアムに案内され、唯舞いぶは少し離れた彼ら専用兵舎へと向かう。どうやらここが待機所兼居住区らしい。

 外の喧騒とは対照的に、しんとした室内の静寂は今の唯舞には少しだけ息苦しく思えた。



 (これから、どうなるんだろう……)



 本当は途方に暮れそうなほどに困惑しているというのに、感情を表に出しにくい自分がもどかしくても、唯舞の表情は変わらない。



 「とりあえず、一旦座りましょうか」



 促されるままに革張りのソファに腰を下ろせば、リアムは簡易キッチンへと足を向けながらも説明を再開した。



 「ここはイエットワーと呼ばれる星です。4つの大陸に4つの国があって、今僕らがいるのがザールムガンド帝国。そしてイブさんを召喚したと思われるのがリドミンゲル皇国って呼ばれてます」

 「…………はぁ」



 聞き慣れない国名にすごく曖昧な相槌を打てば、振り返ったリアムが聞き流しでいいですよー、と場の雰囲気を下げないよう明るげに笑った。



 「外で見た通りここは戦場です。うちとリドミンゲルは、100年くらいあんな感じの小競り合いを続けてまして……」



 カチャカチャと食器の音がする。

 空母が出てくる"小競り合い"なんて唯舞には全く理解できないが、リアムにとってはそれが日常らしい。



 「特に今は理力リイス不足が深刻ですからねー」

 「……りいす?」



 聞き返す唯舞に、マグカップを手に戻ってきたリアムが目を丸くした。



 「そっか、イブさんのいた世界には理力リイスがないんですね。……えっと、魔法みたいな力、っていえば分かりますか?」



 ぱちん、とリアムが指を鳴らせば空だったカップに湯が注がれ、ほかほかの湯気が立つ。



 「……!」

 「これがこの世界で理力リイスと呼ばれる魔法です」



 鮮やかな魔法マジックに胸がドキドキした。手に取って香りを確かめてみれば、飲みなれたコーヒーそのものだ。

 それなのに、ここは唯舞ひとりだけが知らない世界で――



 「……さっきは、すみませんでした。いきなり連れてこられて一番混乱してるのはイブさんなのに、僕のほうが取り乱してしまって」



 人懐っこそうなリアムの瞳が申し訳なさそうに細められる。

 初めて会った時のことだと気付いたが、今となってはこの状況を懇切丁寧に説明してくれる彼には感謝しかない。

 お陰で、ここが魔法のある異世界で、自分は何故か敵国で丁寧な扱いを受けている、ということだけは今の唯舞にも理解できたのだから。



 『面倒だ。元居た場所に返してこい』



 ――ただ一人、中佐と呼ばれたアヤセ以外に、だが。



 「僕もですが、先ほど中佐……えぇと、綺麗でおっかないほうですね。あの人が不安にさせて本当にすみません。中佐は優秀なんですけど、ちょっと配慮とか気遣いとか……そういうのを生まれた時にお母さんのお腹に置いてきたみたいで」

 「ふふ、いいんですか。そんな風に言っちゃって」

 「バレなきゃいいんですよ。内緒にしてて下さいね」



 そうリアムが人差し指を口元に当てて悪戯っぽく笑うから、思わず唯舞もつられて少し笑ってしまった。



 「話を戻しますね。本来、イブさんは召喚国のリドミンゲルに行くはずだったんです。でも、異界人って国を強くしたり豊かにする特別な力があるみたいで、敵対国のうちからしたらちょっと厄介というか何というか……」



 リアムの説明に相槌を打ちながらも唯舞は疑問を口にする。



 「でも私はただの一般人ですし、特別な力? みたいなのはないと思うんですけど……」

 「そうなんですよねぇ……僕から見ても普通の女性にしか見えないんですけど」



 二人してこてんと首を傾げる。どうやらこの辺りはお互いによく分からないらしい。

 ふと、唯舞の脳裏に保護を拒否したあの青年のことが浮かんだ。



 「じゃあ、あの、先ほどの中佐? って方が反対した理由って」

 「あぁ、あれは多分、リドミンゲルを警戒してるんだと思います。あちらにとっては異界人って切り札的存在ですから。まぁ、あの人なら戻せって言っただけでもかなり優しいのかな……」

 「……?でも私がその国に行ったら相手が強くなっちゃうんですよね?」

 「そうなんですけどねー」



 言いづらそうにリアムが視線を斜め上に向ける。



 「効率重視の中佐なら、面倒ごとになるくらいなら始末しろと言ってきても不思議はないので」

 「……」



 つまり、唯舞が最初に出会っていたのがアヤセだったら、最悪命の危険性があったかもしれない。

 さすがは戦争中の異世界。そんな残酷な世界で、平和ボケした自分が一体何の役に立つのだろう。



 「で、でも今はイブさんの身の安全は保障しますよ?! ……ただ、今後どうなるかは……大佐達次第なので」



 謝るリアムに、唯舞はいいえ、とかぶりを振った。

 こういう事案に対してはきっと一番上の人間エドヴァルトが決定権を持っているのだろう。

 そう思って、唯舞はあのサングラス越しに見えた彼の優しいの瞳をなんとなく思い出した。


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