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朝、いつものアラームで目を覚ました
勿論、部屋の中にミーアの姿はない。
だが、手首のバングルにはミーアからのメッセージが残されていた。
《おはよーイブちゃん。今日は仕事お休みだから間違っても執務室にはいかないように! あと食べ物とか薬も準備しておいたからゆっくり休んでね。あと何かあったらあたしまですぐ連絡すること! OK?》
「ふふ……ありがとう、ミーアさん」
昨日あれだけ泣いたからか、胸の内はかなり軽い。ひとまず、顔を整えるためにも唯舞は部屋の外の共有洗面所に向かった。
広い洗面所は共有だが、二階に二つずつあったトイレとシャワー室は、リアムの配慮で一つが唯舞専用になっている。
しかもエドヴァルト直筆の"唯舞ちゃん専用!"とデカデカと書かれた張り紙が貼ってあり、毎度ながらそれを見て、とてもほんわかした気分になるのだ。
部屋に戻れば、ミーアが残してくれてたゼリー飲料を口にしつつデスク下の冷温庫を開けてみる。
そこには伝言通り、リゾットやサンドイッチ、温かいお茶やスープ類まで、ぎっしりと詰められていた。
この冷温庫は食品を最適な温度に保つことが出来る
ひとまず、ほかほかと湯気の立つジンジャースープとサンドイッチを手に取ると、テーブルの上にはすでに水の入ったボトルと鎮痛薬が準備されており、ミーアの気配りにさらに心が温かくなった。
「少しは、楽になった……かな」
スープを飲めば、自然と体の力まで抜けるように椅子に沈み込む。
今でも家族の元に帰りたいという気持ちに変わりはないが、それでも張りつめた糸は少しだけ緩んで楽になった気がした。
ふと、初めてエドヴァルトに会った時のことを思い出す。
あの時の彼は彼自身が何をしたわけでもないのに、ただ唯舞がこの世界に喚ばれたことに対して『ごめん』と謝罪の言葉を告げたのだ。
それはきっと、唯舞がこんな気持ちを抱えることを分かっての、彼なりの優しさだったのかもしれない。
「大佐って、普段不真面目なのに……そういう所はすごく気がつくのよね」
普段の彼の姿を思い出して唯舞は少し笑う。
本当の彼は物凄く繊細なのかもしれない。
そう言ったら、みんなから笑われてしまうだろうか。
*
――そして、その日の夜。
ふと手首につけたバングルが着信を告げる。誰だろうと確認すれば、相手はミーアだ。
「もしもし?」
『あ、イブちゃん、体調はどお?』
「ありがとうございます。かなり楽になりました、あの……なんだかいっぱい買ってもらって、すみません」
『あぁイブちゃんは全然気にしなくていいのよ! あれ、財布はエドだから』
「え」
『ついでにあたしの分も大量に買わせたからほんと気にしなくていいからね! まさかエドとあーちゃん二人して荷物持って帰ってくるとは思わなかったけど』
電話越しのミーアは、その時の様子を思い出したのか、大爆笑している。
大の大人二人に荷物とは、一体どれだけの買い物をさせたのだろう。
(え、っと……一応、大佐達にあったらお礼言っとこう)
自分の知らないところでのことだが、なんだかとても世話になったようでちょっと申し訳ない。
笑いをなんとかこらえながらもミーアはそうだ、と
『そうそう、イブちゃんの体調次第かなーとは思ったんだけど、もし動けそうなら明日一緒に買い物に行かない?』
「買い物、ですか?」
『そ! 気分転換にウィンドーショッピングなんてどう? それにお給料も入ったでしょ』
確かに、唯舞がこの世界に来てから軍内部の外には行ったことがない。昔はよく友人とカフェや雑貨屋に行ったり、あてもなくぶらぶら歩いて新しいお店を発見したりするのが好きだった。
弟には見るだけで何が楽しいの……? と散々文句を言われたが、今となっては胸の奥がじんわりと温かくなる思い出だ。
唯舞が行きます、と返事を返せば、ミーアが嬉しそうな声色で笑う。
『じゃあ明日の10時くらいにそっちに迎えにいくね。……ちなみに荷物持ちはいる?』
「ふふ、大丈夫です。大佐達を巻き込んじゃ駄目ですよ、ミーアさん」
『えぇぇ? あいつらの筋肉ってそれくらいしかあたし達の役に立たないのになぁ』
アルプトラオムは超一流の精鋭軍人だけど、ミーアの前ではなんだかごく普通の男の人になってしまう。
そんな不服そうなミーアの声に、思わず唯舞もくすくすと笑ってしまった。