その日は曇り空もあってとても薄暗かった。
雪雲が厚くのしかかって大地が空に押し潰されてしまいそうなほどに。
「……変な天気だなぁ」
はぁと息を吐けば吐息は白く染まり、ぽつりと呟いた言葉は冬の冷気の中に溶けた。
いつも通り各部署へのお使いに出た
『まってイブ』
『嫌な感じがする。イブ、止まって』
左右の肩に現れた二匹の白黒の使い魔は警戒心を隠さない声で威嚇し、小さな体がほんのり逆立って周囲一帯にピリッとした空気が流れる。
日頃彼らは愛らしい仔猫の姿をとってはいるが、本来はあのアヤセが創った唯舞の護衛なのだ。
彼らに言われた通り回廊の真ん中で立ち止まった唯舞は確かにその異変に気付いた。
(誰も、いない)
気配がしないのだ。生命の気配が。
普段なら風に乗って人の話し声や訓練中の喧騒がここまで届くのに、まるで透明なガラスにでも覆われて隔離されたように何も聞こえない。
何かいる、と唯舞が一歩足を引いた時だった。
『『イブ!』』
肩口にいたノアとブランの声が同時に唯舞の名を呼んで時が止まる。
ピシッとまるでガラスにヒビが入るような音と共に白と黒の
「ノア!? ブラン……!?」
消えてしまった二匹の名を呼んで視線を逸らせば、唯舞の視界がぐにゃりと揺れる。
まるで眩暈が起きた時のように平衡感覚さえも掴めずに世界が歪んで、ふっとかき消えるように意識が途絶えた唯舞の体は、地面に落ちきる前に何者かに抱えあげられてそのまま姿を消してしまった。
唯舞がいなくなった回廊にはざわざわとした生命の息吹が戻り、宙を霧散していた
『っやられた! なんだアイツ!』
『まずいよノア! あいつ白服だった!』
『うそ! 白服?!』
『しかも塔に連れて行くなんて! 僕らじゃ無理だ、マスターを呼ぶしか……!』
回廊の手すりに姿を戻した二匹は自身の首輪に意識をやった。アヤセの使い魔と言っても、二匹は完全にアヤセの手を離れた存在なので、この状況は作り主でもあるアヤセには届いていないのだ。
だが、万が一に備えて、使い魔達からアヤセに緊急事態を知らせることができるものが首輪についている大きな金色の鈴だ。
これを使い魔自身の手で破壊すれば、唯舞の身に異常事態が起こったということをアヤセに伝えることができる。
「――――待って、
すぅっと鈴に集まった
よしよしと彼の大きな手が白いブランの頭を撫でれば二匹は懇願するようにエドヴァルトを見上げる。
『大佐たいへん! イブが!』
「うん、分かってるよ。大丈夫、唯舞ちゃんは俺が何とかするから。だから
そう言うとエドヴァルトは、笑顔のまま少し乱暴に二匹の頭を撫で、白服――国内治安維持部隊・上層本部がある塔へと
ぎょっとしたようにブランがエドヴァルトの背中に叫ぶ。
『いくら大佐でもさすがに許可なしじゃ……!』
「問題ないよ、だって俺だもん。でも、君たちは連れて行けないからここで待っててね」
無駄に自信ありげにエドヴァルトは笑って、ノアとブランに後ろ手を振った。
そう、ノアとブランは
彼らはアヤセの使い魔だから。もしも調べられてしまったら、このことがアヤセに伝わってしまうから。
ちらりとサングラスの奥の青藍色の瞳から光が消える。
(きな臭い……ね。ニケの言ってた通りか)
誰よりも美しい、この国の皇帝からの忠告だ。
だから自分も、
ここから見えるあの白い巨塔の地下に、唯舞がいることなど分かりきっているのだから。