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第31話 偽りの恋人ごっこ


 観光タクシーに乗っている20分間、車内は運転手でもある快活なおばさんマダムの独壇場だった。



 「二人はどこから来たんだい?」

 「えぇっと、ザールムガンドからです」

 「ザールムガンド! そりゃ長旅だったねぇ、着いたばかりかい?」

 「はい」

 「そりゃあ今日は古本市はお預けだね! 今夜は美味しいものでも食べて英気を養うといいよ! ヴァシリアス名物のミトラは食べたことあるかい?」

 「いえ、ないです」

 「ならガルマン塔前の市にもあるはずだからのぞいて見るといいさ! 彼氏さんは何度か来たことあるんだよね?」

 「あぁ、ミトラならニヴェアとヘブンが美味かったな」

 「おやまぁ、どっちもヴァシリアスの超高級店じゃないか! 彼女さん、高給取りの彼氏をゲットしたねぇ、いっぱい買ってもらうといいよ!」

 「あ……あはは……」



 ミトラがどんな料理かは分からないが、苦笑いを浮かべながら唯舞いぶは助けを求めるようにアヤセに視線をやった。

 だが、当のアヤセは素知らぬ顔で窓の外を眺めている。なんて役に立たない偽彼氏ひとだ。



 (かっ……会話――!)



 こんなにも20分という時間が長く感じたのは初めてかもしれない。

 早く着きますようにと思いつつ、唯舞は目的地でもあるガルマン塔に到着するまでアヤセとの偽恋人ごっこに付き合う羽目になってしまった。



 「……………………中佐?」



 タクシーを見送った唯舞がアヤセに恨めしげな視線を送る。

 別に観光タクシーのおばさんマダムはいいのだ。ちょっと元気が爆発してるだけで悪い人ではない。

 問題は何の助け舟も出さずに涼やかな顔をしてほぼ相槌しか打たなかったアヤセこの男だ。

 おかげでほとんどの会話を唯舞一人でおこなっていたのだから投げやりにもほどがある。


 ふいに唯舞の視線に気付いたアヤセがほんの少しだけ口角をあげた。

 そのアイスブルーの瞳に僅かな愉悦が滲み、その表情を見て唯舞はスンっと理解する。

 成程、ワザとか。


 何も言わず、歩き出すアヤセの背中に仕方ないとばかりにため息をついて唯舞は苦笑した。

 執務室にいた時のアヤセはエドヴァルトらとは常日頃じゃれ合っていたが、唯舞とはいつも一定の距離があったように思う。

 だが、このレジ公国に来てからというものほんの少しだけ彼の意外な姿を見ているようでなんだか微笑ましささえこみあげてきた。



 (意外と子供っぽいなぁもう)



 自分よりも年上の男の人に言う台詞ではないのは分かっているから、その言葉はそっと唯舞の心のうちに秘めておく。

 何をしてる? とお馴染みの言葉に唯舞は短く返事を返し、足を止めて待っていたアヤセの元へと向かった。

 時刻はもうすぐ17時。

 ガルマン塔は中心部から少し離れた海岸沿いに向かった所にあり、塔というより正方形型の灯台に近い佇まいだった。

 塔の入り口までは十件以上のフードスタンドが並んでいて、観光客やカップルで賑わっている中、二人は入口の門をくぐる。



 「これって灯台じゃなくて塔なんですね」

 「あぁ。昔は人柱を幽閉する塔だったらしい」

 「ひとばしらをゆうへい……」



 なんとも物騒な単語だ。

 だが、人柱自体は日本にも過去存在していた風習だから唯舞にも何となく理解できた。

 災害を鎮めるためだったり、建造物の祈願だったりと、神頼みとして"生きた人間の命"を捧げるのだ。

 世界中を見ても人柱や生贄といった文化は結構存在しているからこの世界にもそんな文化があったとしても不思議ではない。

 四角い塔の内部を囲うように階段があるが、アヤセは真っすぐ中央にある周囲をガラスで覆われたエレベーターへと向かった。



 「だが、当時この国を治めていたガルマン・ヴァシリアス公がそんな事をしても意味がないと大公権限で取り止めたらしい。それ以降は彼の名を取ってガルマン塔と呼ばれているそうだ」

 「それは……平和的になって良かったです」



 唯舞達以外にも何組か上に昇るカップルや家族がいるらしく、こんな所にアヤセが来るのは少し意外だなと思いながらも説明に相槌を打つ。

 チーンという軽い音と共にエレベーターから排出された二人は、幽閉部屋の一部であっただろう広めのホールを通って外の空中展望台に向かった。

 外に出れば地上より強い海風に髪を攫われるが、眩しい夕日に目を細めつつも広がった目の前の景色に唯舞は思わず言葉を失う。



 「――悪くない景色だろう。今の時期しか見られない」



 横に並んだアヤセの言葉通り、まだ闇色に染まりきらない深い紫にも似た青色の夜空が太陽から生み出された赤やオレンジの光に照らされて、言いようのないグラデーションを描いている。

 見渡す限り一面の海がキラキラと輝いて、展望台から見る夕焼けは想像を絶する美しさだった。



 「……とても…………綺麗、です……」



 なんとか口にした言葉はとても月並みなものだったけれど、唯舞の様子を眺め見たアヤセはいつもより少しだけ双眸を弛め、そうかとだけ言葉を返した。



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