店主が興奮したように鼻息を荒くする。
「おぉぉぉ封印が! すごいな姉さん、こいつぁ何年もの間、古本市を転々として誰がどうやっても開かなかったんだ! 今日はすごいぞ、最高の瞬間に立ち会わせてもらったよ! それ約束だ、その本は姉さんにプレゼントする! 遠慮なく持っていきな!」
「あ、えと……本当にいいんですか? その、中身とか……」
どんな内容なのかとか気にならないものだろうかと店主を見れば彼はいやいやと首を振った。
「本に選ばれたのは姉さんだからな! 封本ってのはな、作り手が特定の人間に向けて作るもんだから基本それ以外の人間が見たところでなんの意味も持たないんだ。その本はずっと姉さんのことを待っていたんだから俺が中身を知る必要はないさ! 重要なのはずっと彷徨っていたそいつが、やっと姉さんの手元に辿りつけたってことだ!」
良かったなぁと本に微笑む店主に、唯舞は「ありがとうございます」と本を抱えたまま頭を下げた。
少々驚いた店主が納得するよう何度か頷いて破顔する。
「ははは! 姉さんみたいな相手を探してたっていうなら俺達が何人束になってもそりゃあ敵わない訳だ! こちらこそ最高の瞬間をありがとう! まだまだ古本市を楽しんでいってくれ!」
「…………おい、行くぞ」
「は、はいっ……あの、本当にありがとうございます!」
人だかりを抜け出すように半ばアヤセに引きずられながら、唯舞は再度店主に礼を告げて店先を離れた。
満悦そうな店主はブンブンと手を振って見送ってくれる。唯舞が封本を解放したことで彼の店の前には人だかりが出来たから宣伝効果はあったのかもしれない。
「あ、あの……っ! 中佐?」
無言で人通りの少ない道に向かっていくアヤセをほぼ小走りに近い状態で唯舞は追いかけた。
二の腕を掴まれて店先を出たかと思えば、すぐにまた手首を引っ張られ、困惑したまま声をかけたが彼は口を閉ざしたままだ。
ふいにアヤセが自身のコートを脱いだかと思えばバサリと唯舞の頭に被せてくる。
「……髪色を変えても無駄だったか」
誰もいないことを確認したアヤセの手元でパキパキと氷にひびが入るような音が響いて、一呼吸ののちに彼は周囲一帯の屋根目がけて薙ぎ払うように複数の氷剣を撃ち放った。
小さな物音と共にどさりどさりと何かが落下する音がして、唯舞も状況を理解する。
――――敵だ。
「他国の市街地でこれ以上はまずい。移動するから掴まっていろ、
「へ……?!」
返事を待たずに片腕で抱き上げられ、唯舞の視界が一気にアヤセよりも高くなる。
彼の右腕に自身の座面を預けるように乗せられ、唯舞は反射的に本を抱いたままアヤセに掴まった。
この状況下でコートを落とすなとは中々に鬼畜なことを言ってくる男だ。
「舌を噛みたくなかったら黙っていろ」
氷の鳴る音はまるでアヤセの元に集うように鳴り渡り、再度後方に氷剣を投げ放ったアヤセは唯舞を抱いたまま一瞬で空に舞い上がる。
高度が一気に上がる独特の感覚に、ぎゅっと身を縮こませる唯舞を横目にアヤセは上空から緑葉広がる一帯に目を向けた。
「……まだ向こうの方がマシか」
公都の横にありながらも深緑生い茂る広大な敷地は、ほぼ手つかずの状態で野生動物と自然だけが溢れる公立公園になっている。
確か手前には整備された草原地帯があったはずだと記憶を辿りながら、唯舞の為の風除けは施した状態でアヤセは上空をまるで滑り落ちるように駆けぬけていった。
不思議と今日は
あっと言う間にさわさわと風が揺れる草原地に降り立てば、街の喧騒は聞こえないのに気持ちの悪い気配だけが増えていった。
「――着いたぞ」
いまだ力が抜けない唯舞の背をしょうがなくアヤセが軽く二、三度叩けば、そろりと唯舞の睫毛が震え、大地の近さにホッとしたように瞳が潤んだ。
この世界では無人