「ほっっっんと信じられないわ!」
髪の毛をタオルでぐるぐる巻きにしたバスローブ姿のカイリが、心底がっかりよ! とやや荒々しく椅子に座る。
両サイドに控えていた美人のお姉さん達がそんなカイリのタオルをほどき、慣れた手つきで彼の髪の毛を乾かし始めた。
ミーアと合流した唯舞達はそのまま待機していたタクシーに乗り込むと、市街地にあるカイリ馴染みの超高級サロンへとなだれ込んで「今日はこの子を最高級に磨いてちょうだい!」というカイリの鶴の一声で唯舞は一切何も分からない状態で全身をひんむかれてツルピカになるまで磨き込まれたのである。
「いやぁ~まさかこんなことになるなんてねー……カイリがいて良かったわー」
ほんのり香るレモン水を飲みながら同じくバスローブ姿のミーアが頷く。
その隣で唯舞もバスローブ姿でネイルケアを受けながら、人生で体験したことのない最高級の待遇に今だおろおろしていた。
アヤセにしろカイリにしろ、なぜこうもセレブリティ属性なのだろうかと心が叫ぶ。
「イブちゃん、本当にごめんなさいね?」
痛んだ毛先はカットしてもらい、前髪も整えてもらってからヘッドスパに案内され、最高級のシャンプーで洗ってもらった唯舞の髪はつるつるを通り越してとぅるんとぅるんに波打っていた。
ムダ毛一本たりとも見逃さぬ勢いで磨き上げられた全身はかつてないほど光沢を放ってもっちもっちである。
申し訳なさそうに謝ったカイリはそれだけで胸がきゅんとしてしまいそうな美人さんっぷりだ。
「エドもあーちゃんもリアムも! ほっっんとに役に立たないんだから! あの時イブちゃんが言わなかったら半殺しじゃ済まなかったわよ!」
「ほんとよねー? うっかりあいつら全員不能にするところだったわ」
「えぇぇ…………」
実に過激なことを物申すお姉さま方である。――うちひとりは男だが。
髪の毛をクールダウンしながらカイリはふぅと息をつく。その悩ましげな仕草にさえドキドキしてしまうくらいカイリは艶やかで、さすがは男ながらにアルプトラオムの花と呼ばれていただけはあった。
というかこの部屋にいるのはカイリ以外全員女なのだが、違和感が仕事しないのか、一番綺麗なのがカイリという始末である。
「これは私からの誕生日プレゼントだから遠慮なく受け取って? ……お誕生日おめでとう、イブちゃん」
「おめでとーイブちゃん」
「あ……ありがとうございます」
カイリとミーアに微笑まれて唯舞は気恥ずかしさに顔を赤らめたままおずおずと返事をした。
こんなに贅沢な体験をプレゼントされることはないし、カイリに至っては今日会ったばかりなのだがと恐縮してしまう。
「関係ないからね?」
すっと唯舞の唇にカイリの人差し指が触れる。先ほどまでは椅子に座っていたのにと思う暇もなく唯舞の目の前に現れたカイリは微笑んだ。
「出会ったばかりとか、そんなの関係ないの。私がイブちゃんにしたいから勝手にするのよ」
「少佐……」
「やだ、カイリでいいわ。そう呼んでくれたら嬉しい」
「…………カイリ、さん?」
「やぁぁだぁぁ! なにこのかわいい生き物――! エドじゃなくて私が預かりたい――!」
上目遣いで見上げる唯舞をぎゅっと抱きしめるカイリはバスローブ姿なので、男女的に言えばお互いちょっと遠慮したいところなのだがまぁいいかと思ってしまうのはカイリゆえだろう。
そうして文字通り爪の先から頭の先までぴっかぴっかに磨かれた唯舞は、ミーアからカイリ&ミーアコーディネートの洋服一式をプレゼントしてもらい、予定通り、太陽が沈みこんだ後に宿舎に戻ることとなった。
そうして帰りついてみれば、夜だというのに宿舎には明かり一つ点いてない。
ふと、祝い事の定番・クラッカーの存在を思い出して唯舞はひとり納得する。
(なるほど、大佐とかノリノリでやりそう)
そう思いながら開けた玄関ドアの先は、唯舞の予想していた破裂音など聞こえないほどに静かで、室内も変わらず、ただただ無音の暗闇のままだった。