絶望に打ちひしがれている二人に対し、唯舞は数秒だけ考えると、思い出したように少し目線を下げた。
「後は……そうですね。慰めて、もらいました」
「……え?」
思わずカイリとミーアが顔を上げる。
その時の唯舞の顔は、困惑と切なさを合わせたような不思議な表情だった。
「色々あって。私が抱えられなくなった時、中佐がそばにいてくれたんです」
「そばに……?」
悪くない、が、現状ではただ本当にそばにいただけの可能性もある。
話を聞く限り、唯舞はあまりにもアヤセを意識していないのだ。異性として。男として。
だが、そんなカイリとミーアの警戒とは裏腹に、唯舞の頬がほんのりと染まる。
「…………イブちゃん?」
「え、えと……なんでも、ないです」
「待って待って待って。イブちゃん、何かあったのね?! もしかしてあの子が何かした?」
口ごもる唯舞に、無自覚とはいえ想いを寄せているアヤセがもしかして……なんてこともあるかもしれない。
ミーアとカイリが全力で叩き潰す準備をして構えれば、唯舞は戸惑うように言葉を探して、おずおずと呟いた。
「……抱きしめて……もらいました」
その声があまりにも消え入りそうな声だったから、意識していなかったら気付かなかったかもしれない。
瞳を伏せた唯舞の睫毛がふるりと揺れて、ようやくカイリ達はほっと警戒を解く。
「そう、なの……あの子ったらイブちゃんが辛いのにそれくらいしかしなかったのね。ごめんなさいね、不器用な子で」
「いえ、あの……その……すごく、安心したので」
おやおや、と次第に頬の赤みが広がる唯舞に目ざとく二人は気付く。
「ちなみに、あーちゃんの何に安心した?」
これはまだ何かあると本能のままにミーアが猫なで声で尋ねれば、唯舞は視線を一瞬彷徨わせ、甘い吐息を零すように呟いた。
「香り、に……すごく落ち着いた、気がして……」
ここにきてようやく感じた手ごたえに、カイリとミーアはテーブルの下でグッとガッツポーズを交わす。
唯舞がアヤセの香りに反応する――それは唯舞が、無意識だとしても本能レベルでアヤセを受け入れているということに他ならない。恋愛において、匂いとはそれほどに重要なものなのだ。
「そっか。それでイブちゃんが落ち着けたのなら良かった。二人旅だったからね、あーちゃんなりに頑張ったんじゃない?」
「そうね。言いたいことはあるけど、イブちゃんの支えになったのなら及第点かしら」
そこでようやくひと段落ついた三人は軽めの朝食に手を伸ばす。
「そういえば、今年の
「?」
ふとミーアが唯舞に尋ねれば唯舞はなんのことだろうと首を傾げ、その様子に全てを察したミーアが額を押さえる。
「あ――……待って。こりゃ誰もイブちゃんに説明してないパターンね」
「ちょっと、嘘でしょう?! 女の子は準備がいるのよ?!」
「そんな気遣い持ってたらアイツらじゃないわよ。カイリじゃないんだから」
はぁっと大きく肩を落としてミーアは申し訳なさそうに唯舞に顔を向けた。
「ごめんねーイブちゃん。急になるんだけど、5日後にカイリ達とアインセルに行くことになってるのよー」
「へ……?」
ミーアのいうアインセルとはこの首都ヴァインのちょうど真南に位置する大陸で、レヂ公国とはまた違った一面を持つ多国籍多民族の国アインセル連邦のことだ。今週レヂ公国から帰国したばかりの唯舞には初耳のことである。
「あぁもう! 前回のレヂも急に行かせたっていうのにまた突発なんて! アインセルに連れて行くことなんて11月の時点で決まっていたでしょうに!」
「わ、私なら大丈夫ですよカイリさん。でも、今回は何をしに行くんですか?」
荒ぶるカイリに宥めるよう声をかければ、ため息交じりにカイリは説明を始めた。
「私達の
ごめんなさいね、と麗しい相貌が苦笑する。
そうか。
「さすがにリアムとランドルフじゃ実力的に心許ないからね~」
「そうなの。私達が四人揃えば、今度はイブちゃんの前に何人たりとも寄せつけないから安心してね?」
すぅっとカイリの瞳が細められ、微笑んでいるのに背筋が凍るような冷たさに唯舞はぞくりと背中を震わせる。
「カイリ、カイリ。今戦闘中じゃないから殺気引っ込めて。イブちゃんがびっくりするから。ついでに周りも」
「あら、イヤだ。私としたことが。ごめんなさいね、イブちゃん」
柔らかな笑みに戻ったカイリに、唯舞はそっと息を吐いて苦笑する。
周りから戦闘特化型と言われるカイリは、どんなに美しくても、アヤセと同じ――戦場に咲く