翌朝。正確に言えば日が変わった今日のこと。
枕代わりに抱きしめてくるミーアの腕の中で
酔った勢いで一緒に二階へ上がろうとしたカイリを、エドヴァルトとアヤセが割とガチで止め、大揉めしていたのはきっと夢ではない。
そんな訳で、寝ぼけまなこのミーアを起こして身支度を整えて一階に降りれば、既にカイリがソファーで寛いでいた。
緩く襟元を寛げた白シャツの上にニットを羽織り、ストレートパンツに暗赤色のヒールを見事に着こなし足を組む姿は昨日一番飲んでいた
「おはようございます、カイリさん」
「おはようイブちゃん。もうミーア、顔が死んでるわ。せっかく昨日エステに行ったのに台無しじゃない」
「むしろ昨日行ったからこの程度で済んでるんだってぇ」
頭を押さえる二日酔いのミーアに、カイリがウォーターボトルを手に取って軽く
「はい、温めにしといたからこれで水分補給なさい」
「わーん、さすがはカイリぃ~」
「まったくもう。……イブちゃんは大丈夫? お酒、飲んでたわよね?」
呆れ顔のままミーアに向かってボトルを投げたカイリは唯舞に向き直る。
確かにグラス二杯ほどは飲んだが、途中で
「私は大丈夫です」
「そう? ならいいけれど」
ふっと優しい笑みで頭を撫でられると少しだけくすぐったい。
そんな二人の様子に、ラブラブしてずるい~とミーアが抱きついてきて、見た目だけなら完全に女子同士のいちゃいちゃが始まる。――うちひとりは完全な男なのだが。
その後、少し回復したミーアを連れてカフェテラスに行けば、朝の混み合っている時間帯だというのにカイリが一歩足を踏み入れた瞬間、店内の時が止まったようにシン、となった。
カイリが一歩歩くたびにノアの洪水ばりに道が出来るのだ。
(なるほど……これがアルプトラオムの花と言われたカイリさんか)
料理を取っていくカイリの後ろ姿を眺めながらふむと唯舞は納得する。
男女関係なく注がれる視線。逃げ遅れた一人の女の子がカイリと至近距離で対面してしまい、途端に赤面して膝から崩れ落ちた。
大丈夫? とカイリが声を掛けたところで周囲の人間が大丈夫ですぅぅぅ! と彼女を引っ張って撤退していく様はさすがは軍人。見事な連携プレーである。
そんな波乱のバイキングコーナーから、人で埋まっていたはずの見晴らしのいい外側の席まで行けば何故かその一帯だけが綺麗な無人となっていた。
「さすがはカイリ。歩く人避けだわ~」
「そうかしら。いつもの事でしょう?」
三人が座ればようやく店内に音が戻る。威圧のアヤセとは違い、魅了のカイリのアルプトラオムの花としての威力は、女の唯舞でも到底太刀打ちできそうにない。
「さて、と……ねぇイブちゃん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」
ふいに反対の席に座ったカイリとミーアがものすごい笑顔で尋ねてきた。
圧さえ感じる微笑みに押されつつ、唯舞が小さく頷けば目配せを合図に意を決したようにカイリが切りだす。
「もしかしてイブちゃん。あーちゃん……アヤセと、レヂ公国で何かあった?」
「え? 中佐、ですか? ……中佐……うーん、何か、あったかな……」
「待ってそこから?!」
「嘘でしょう?!」
テーブルを叩かんばかりに身を乗り出してくる二人に一瞬びくっとする。
レヂ公国であった最大の事といえば、
だが、それを"アヤセ限定"とされてしまうと少々悩んだ。
「あ! 古本市に行ってる時に襲われたんですけど、そこで初めて中佐に名前を呼ばれましたね」
「…………なまえ」
「はい。中佐に今まで名前を呼ばれたことがなかったから、てっきり覚えてないんだなぁって思ってて」
「待って、もしかしてその程度の認識?」
「……? 中佐の私に対する認識ですか? その程度だと思いますけど」
((違う!
不思議そうに首を傾げる唯舞に、絶望したようにカイリとミーアは顔を覆った。
すでにアヤセは淡いを通り越して面倒な想いを抱えている。それなのにまさか唯舞本人がその程度の認識しかしてないとはもはや戦慄さえ覚えた。
ゆっくりと顔を覆っていた手を外せば目の前には相変わらずきょとんとした唯舞の姿があり、二人は完全にアヤセの一方通行を悟る。
「ほ……他には?」
ミーアの今にも事切れそうな声に、ほか……と呟いた唯舞が再度考え込んだ。
「あとは、色々買っていただきました。ご飯とか謁見用の服とか」
「ごはんと、ふく……」
もう駄目だとばかりに再度カイリとミーアは二人揃って頭を抱えた。
それはただの財布というの! と、爽やかな朝が吹き飛びそうなほどの嘆きが、嵐のように心中にこだましている。