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第60話 Happy Birthday(5)


 誕生日ケーキの蝋燭の火を吹き消して、改めてみんなにおめでとうと祝われて。

 唯舞いぶはとても幸せだった。幸せ過ぎて怖いほどに。


 この世界に訳も分からずやってきて、自分が死ぬために召喚されたのだと知って。

 今もリドミンゲル皇国にいけば命の危険があるというのに、どうしようもなくこの瞬間が幸せだった。



 「中佐」



 それぞれみんな、思い思いに楽しんでいる。

 男性陣の胃袋は無限なのだろうかと思うほどに、あんなにあったケーキも並べられた料理も酒片手に溶けるように消えていってしまった。



 「…………なんだ」

 「ふふ、中佐はもう食べないんですか?」



 ほんのりと頬を赤くする唯舞は傍目からしても珍しいくらいに楽しそうだ。

 手元にあるのがカクテルだと気付いたアヤセはスッと唯舞の手元からそれを取り上げる。



 「ぁ……」

 「その辺にしておけ。これくらいで酔うなら酒には強くないんだろう」



 近くにあったグラスに水を入れて唯舞に手渡せば、ほんの少しだけ唯舞が不満げな表情でアヤセを見上げた。



 「中佐ひどいです。レヂ公国にいた時のあの優しさはどこにいったんですか」

 「心外だな。俺はいつでも優しい」

 「……優しさの範囲が狭い」

 「貴重だからな」



 軽口には軽口で返して、置かれたままの唯舞から取り上げたカクテルを飲み切ればアヤセはその味に眉をしかめる。



 「……甘い」

 「ふふふ、ジュースですから」

 「そのジュースで酔ってるのかお前は」

 「まだ酔ってませんよ?」



 嘘つけとアヤセは呆れた表情で唯舞を眺めた。

 いつもより表情は軽いし、頬は赤いし、なにより饒舌だ。これを酔ってると言わずしてなんとするだろう。

 そんな唯舞とアヤセのやりとりを離れた場所から見ていたエドヴァルトが、カナッペを摘まんで口に投げこもうとしたままの態勢で固まった。



 「……ねぇ。アヤちゃん、今さらっと唯舞ちゃんと間接キスしなかった?」

 「勘弁しろや、付き合いたてのカップルかよ」

 「うーわーぁ……見てよあれ、あーちゃんが彼氏面してるー」

 「ちょっと待って。もしかして俺達、これからずっとアレを見させられるの……?」

 「嘘だろ、悪夢すぎねぇ? 吐く自信しかねぇわ」

 「これは、ちょっとマズくない? カイリ」

 「えぇそうね、このままじゃ私達が先にやられるわ。明日女子会しましょうミーア」



 うん、と実に切実に保護者組は頷いた。

 このままでは自分達が酒以外に胃もたれを起こしてしまいそうだ。


 時刻はもうすぐ12時。そうすれば今度はアヤセの誕生日が訪れる。

 今回は唯舞の誕生日というイレギュラーが発生してしまったから、アヤセの分にと手配したものを急遽唯舞用に仕上げたのだ。

 アヤセ自身もそれで構わないと言っていたし、どうせ連続で祝ってしまえば問題ないし飲めるならなんだっていいという男所帯の脳筋的な考えである。


 エドヴァルト達から少し離れた所で飲んでいたリアムも飲み切ったグラスをやや強めに置いて唸るように呟いた。



 「あぁー……お酒が美味しいですねぇランドルフさん」

 「そうだね。目の前に最高の酒の肴があるもんね」

 「あれってほんとにうちの中佐なんですかぁ?」

 「リアム、お前もう酔ったの? ほんと弱いね。イブと一緒」

 「イブさんと一緒なんて中佐に殺されますよぅ」

 「そうだね。中佐、かなり嫉妬も束縛も強そうだし」

 「だってイブさんが誰かに笑うだけで不機嫌になるんですよあの人ー……なんで無自覚なんですかぁ?」

 「士官学校時代、色々あったからじゃない」

 「あぁ……モテてましたもんねー中佐。女の子だらけで、嫌になっちゃったんですね」

 「そういうこと。でもなんでイブに落ちたの?」

 「イブさん、中佐に全然興味なかったんですよー最初は興味のきの字もなかったと思いますよー?」

 「へぇ珍しいね。そんな女の子って初めてじゃない?」

 「だから逆に興味湧いたんじゃないですかぁ?」



 半眼になったリアムを見て、なるほどとランドルフはちびりとグラスを傾けた。

 後輩の青年は半ば夢の世界に旅立とうとしてるからさっさと部屋に戻したほうがいいかもしれない。男を介抱してやる趣味は誰も持ち合わせていないので、寝てしまえば床に転がされるだけである。


 丁度その時に世界が12月25日を告げて、気付いた唯舞がふわふわした表情のままアヤセに微笑んだ。



 「お誕生日、おめでとうございます。中佐」



 笑ってそう言った唯舞は、不本意だが、カイリとミーアに髪の毛一本まで磨かれていつもより一段と輝きが増している。無意識に伸びそうになった己を自戒するようにアヤセは酒に口をつけた。


 何故触れたいと思ったのかは分からない。

 今の唯舞は泣いていないし、慰める必要などないのに、なぜもこんな衝動に駆られたのか。


 散々付き合っていた誕生日パーティーだったが、そこに唯舞が一人いるだけでこんなにも変わるものかと思えば実に不思議で、アヤセは誤魔化すようにあぁと素っ気なく答えた。



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