「さて! あーちゃんはいつまで手を握ってんのよ、とっととイブちゃんを離しなさい」
ぴしゃりとアヤセの手を払うと、ミーアは
見慣れない細長の立食用テーブルには、ゴールドの装飾が施された白いテーブルクロスの上にキャンドルとフラワーアレンジメントが置いてあるだけで、それ以外に誕生日会らしきものは何もなかったのだが、ふいに唯舞の目元を隠すようにミーアが両手を覆ってくる。
「……ミーアさん?」
「はい、じゃあお誕生日会再開しまーす。イブちゃん、このまま5秒数えて?」
「え? あ、はい。5秒ですね。え、と…………5、4、3、2、1」
ゼロ、のタイミングでミーアの手が離れて唯舞がゆっくり瞼を開ければ、先ほどまで何もなかったはずのテーブルの上には、一個人の誕生日とは思えないほどの豪華な料理が埋め尽くさんばかりに並べられていた。
目の前に広がったその煌びやかな光景に意図せず感嘆の声がもれる。
クラッカーの添えられた数種類のチーズプレートにスモークサーモンやクリームチーズのカナッペ、絶妙な色味のローストビーフにこんがりと焼かれた丸々一羽のグリルチキン。
カプレーゼにスティック野菜のディップ、ラザニアにピッツァ、カッティングされたフルーツの盛り合わせに至ってはそれだけで値段を考えるのが怖いほどに豪勢だ。なんせフルーツはそれだけで高いのだ。
そして何よりも、これは結婚式かな? と言わんばかりの巨大サイズのバースデーケーキが唯舞の目の前に堂々と鎮座していた。
真っ白なクリームで綺麗にデコレーションされ、大ぶりの瑞々しい苺にアクセントにブルーベリーがあしらわれたケーキは、驚異の二段重ね。
二段のバースデーケーキなんて、唯舞の人生ではお目にかかったことがない。
あと端のほうにあるのは酒と酒と酒。なんならいつものラウンジのローテーブルにはこれでもかといわんばかりに色んな酒が並んでいた。
たった5秒間でこんなことが出来るなんて
「うふふ~イブちゃんなら喜んでくれると思ったー」
「びっくりしたかしら?」
ミーアとカイリに微笑まれて、唯舞は言葉にならない気持ちをこくこくと頷きに込めた。
吃驚すると言葉が出なくなるのは本当だった。
「すごく、びっくりしました。こんな豪華な誕生日ケーキは……初めてです」
「あら? イブちゃんのところにもバースデーケーキはあるのね」
「はい。でも私の所では年齢分のろうそくを刺して……」
「はい準備」
パチンとカイリが指を鳴らせばケーキにずらりと蠟燭が並んだ。ものの見事に23本である。
ぱちんとウィンクをしたカイリに思わずきゅんとしてしまった唯舞に、アヤセの眉にまた若干の皺が寄った。
こうなると実に分かりやすい男だったのだなとその場の誰もが思う。
「これでいいかしら?」
「……
「違う違う、凄いのはカイリ達なの。普通の人間はこんなふうに馬鹿みたいに
「ねぇイブ、どうして蝋燭を刺すの?」
「え? えぇっと、願いを込めて蠟燭の火を消すんです。そうすれば願いは叶うっていうジンクスみたいなもの……だったと思うんですけど」
「思う?」
ランドルフの問いに唯舞はやや曖昧に笑った。
だって、誕生日ケーキは蠟燭の火を吹き消しておめでとう、までが定番セットで、確か諸説色々とあったような気はするが、理由よりも誕生日ケーキはこういうもの! という認識の方が強いのだ。
「まぁいいのよ! それで? 次は火をつければいいかしら?」
「あ、はい。えと、電気を消して……」
「はい電気」
カイリの一言でパチンと電気が消えて蝋燭に火が灯る。
一体誰が室内の電気を消したか分からないくらいの見事なファインプレーだ。
暗闇でゆらゆらと揺れる蠟燭の火は、それだけで自分の誕生日なのだと実感が湧き、少しだけ弱くなった涙腺が滲むような気がした。
さすがに誕生日ソングまでは伝わらないだろうから、それはこっそり胸の内にしまって。
日本を離れた異世界で誕生日を祝ってもらえるなんて思ってもいなかったから、自分はやっぱり恵まれてるなぁと唯舞は幸せを噛みしめて思いきり肺に酸素を満たした。
こちらの理由も忘れたけど、蝋燭の火は一息で消し去らなくてはいけないのだ。
23本並べられた蝋燭は中々に手ごわそうにゆらめいているけど、唯舞は心の中の願いを託すように迷わずそれを吹き消す。
(どうか、みんなが幸せでいられますように)
消えゆく煙に乗った願いは、果たして天まで届くのだろうか。
届くといいなと小さな希望を託して、唯舞は小さく笑った。