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第2話 出発│北海道美瑛の丘

──美瑛びえいの丘で、君を想う


新千歳空港に降り立った瞬間、胸の奥に冷たい風が吹き抜けた気がした。

季節は初夏。だが、東京とは違う、北海道の空気はひんやりとしていて、何もかもが少し遠くに感じられた。


「なるべく、知らない土地へ。」


そう思って選んだ行き先だった。旅の計画もない。ただ、足の向くままに。

札幌を経由して、美瑛という町にたどり着いたのは、偶然だった。


丘の上から見渡す風景は、絵のようだった。

青い空と、緑の丘陵。ラベンダーの紫、ポピーの赤、菜の花の黄色。

色とりどりの花々が、風に揺れていた。


思わず、立ち止まる。

そして次の瞬間、隼人ははっとする。


──この景色、美月みづきに見せたかったな。


不意に浮かんだその思いに、胸がぎゅっと締めつけられた。

忘れるための旅なのに。どうして、いま、真っ先に彼女のことを思い浮かべてしまうのだろう。


「やめよう」と、隼人は小さくつぶやく。

彼女のことを思い出すのはやめよう。

今は、自分のための旅なのだから。


だが、その足取りはどこか迷いを帯びていた。


宿に戻り、ノートを広げる。白紙のページに、ペンが止まったまま動かない。

ただ、風景の記憶だけが胸に残る。


その夜、隼人は夢を見た。

花の丘を歩く美月の後ろ姿。風に揺れるワンピース、振り返りながら笑う顔。

それは、過去の記憶ではなかった。隼人の想像だった。

彼女と、もしもこの場所に来ていたら──という、叶わなかった未来。


目が覚めると、胸の奥がしんと痛んだ。

「忘れたい」のではなく、「見せたかった」。

美しいものに触れるたびに、彼女を思い出す。いや、思い出してしまう。


そのことに、隼人はまだ気づかない。

この旅が、忘れる旅ではなく、彼女を知り直す旅へと変わりはじめていることを。


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