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第7話 風の記憶│沖縄古宇利島

十一月の古宇利島。

観光客の足も落ち着き、島はまた静けさを取り戻していた。

けれど、夏に満ちた記憶はまだ、空気の隙間にほんのりと残っている。


風見隼は、あの家に戻ってきていた。

ひとりで、でも、ひとりではなかった。


「来るの、迷ったけどさ……やっぱり、来たくなったんだ」


彼は、かつて美月と見た丘の上の岬に立ち、潮風を胸いっぱいに吸い込む。

白いワンピースで笑っていた彼女の姿が、目を閉じると、すぐそこに浮かんだ。


砂利道をゆっくりと歩きながら、彼はポケットから一冊の本を取り出した。

それは、自身の名義で出版された初めての作品集だった。

帯には、控えめな文字でこう書かれていた。


> 「忘れたくない記憶と、もう一度出会うための物語」




彼女と歩いた道、彼女が笑った窓辺、彼女の背中に向かって言えなかった言葉──

すべてが、彼の言葉となり、物語になっていった。


「……ありがとう、美月」


そう呟いたとき、風がふっと吹き抜けて、ページが一枚だけ、そっとめくれた。


まるで彼女が、そこにいるとでもいうように。


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