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裸者たちの地底層宮 ~押し付けられた英雄を演じた五人~
裸者たちの地底層宮 ~押し付けられた英雄を演じた五人~
青砥尭杜
現代ファンタジー現代ダンジョン
2025年07月14日
公開日
1万字
連載中
 二〇二三年三月二十三日。突如として鶯谷に出現したゲートと、首相官邸に降臨した女神。  アルラトゥと名乗った女神が人間にもたらしたのは情報と小さな欠片だった。  情報とは「ゲートの中には適応した者しか入れない地底層宮というダンジョンが存在し、適応した者以外の攻撃は無効であるモンスターが湧出する」という信じがたい事実。  アルラトゥが「モンスターを倒して得られるドロップアイテム」だと示した小さな欠片を解析した人間は、それが夢の物質として追い求めた常温常圧超伝導体であることを知る。  夢の物質を独占して供給することが可能となれば、失われた三十年を挽回できると期待した日本政府は異例の速さで特異空間対策庁を設置。  同年六月一日には地底層宮に適応した者を攻略士として採用する募集が始まる。  政府が用意した破格の待遇に、一攫千金を夢見て連日五万人にも及ぶ応募者が殺到するも適応する者は極めて少なかった。  約五千人に一人という狭き門をくぐり攻略士となった者たちは大金と名誉を手にするため、地底層宮という果ての知れないダンジョンの攻略を始める――

第1話 切り裂く者

「レッド!! 逃げっ……っ! レッドだっ!!」


 短時間で大金を稼ぐという初めての経験に「勝ち組確定の未来」を思い浮かべた柘植つげ輝真てるまの耳に乱入してきたのは怒号染みた悲鳴だった。

 油断。最悪のタイミングでの油断。

 あるいは、その油断が招き寄せた最悪の事態。

 思わず「楽勝コースに乗った自分」を想像してほくそ笑んでいた輝真は、死に物狂いでこちらに駆けてくる三人の攻略士に気付くのがほんの数秒だけ遅れた。


「逃げっ、ろっ!」

「……けっ! どけっ!」


 輝真に気付いた三人は叫びながら一目散に駆け抜けていった。


「え……!?」


 呆気にとられた数秒。その刹那が輝真を容赦なく最悪の状況へと叩き落とす。


(レッド!? レッドトレイン!? 逃げろ!)


 反射的に脳が下した「走れ!」という決定に従い慌てて身体を傾けた拍子に、地面のわずかな突起に右足をとられた輝真はガクッと体勢を崩した。


(マズイっ……!)


 目を見開いた輝真の眼前を、返り血を浴びた直後のような鮮やかに紅い帽子を被ったゴブリンが駆け抜けた。

 輝真を無視して駆け抜けた七体のレッドキャップは、必死に逃げる三人の攻略士に追い付くと両手に握ったダガーを三人の、背中に、脇腹に、胸に、突き刺した。

 断末魔の三重奏がダンジョンに鳴り響く。

 レッドキャップたちは断末魔の残響が残る中で、享楽の哄笑を上げながら三人の首を切り裂いた。

 瞬く間に起こった凄惨な光景に凍り付いた思考を取り戻そうと輝真が小さく頭を振った次の瞬間には、別のレッドキャップが握ったダガーの切っ先が輝真の目前に迫っていた。


(速いっ!)


 輝真は攻略士となったことで獲得したばかりの敏捷能力によって辛うじて身を躱した。

 レッドキャップの振り抜いたダガーの切っ先が輝真の頬を浅くえぐる。

 痛みを感じることに神経を振り分ける余地など無く「死」は既に、輝真の肌に触れていた。


「うっおおぉぉお!!」


 既に触れている死を一ミリでも引き離そうと咆哮する輝真の瞳がギラつきを取り戻す。


(死を離そうとする意識が一瞬でも途切れたら、死ぬ)

(殺られる前に殺る)


 輝真に残された意識が瞬時に至った結論は単純なものだった。


(動け! 今の俺なら動けるはずだ!)

(殺せ! 殺される前に!)


 輝真に残された意識が、戦うための思考に至るまでの二秒。

 その一拍の間で、事態は輝真を確実に殺すための布陣を固めていた。

 輝真を取り囲んだ七体のレッドキャップが選ぶのは、殺す方法ではなく殺し方のみ。


「死ねねえんだよっ! 俺は!!」


 最期に抗う絶呼をあげた輝真が短剣を握り直して正眼に構える。

 その刹那。

 極限の意識だけで「命」に齧り付く輝真は、空気を切り裂く獣の気配に震えた。

 本能的な忌避で反射することさえ赦さず、切り裂かれた空気だけを輝真が背中で感じた直後――


「グギャアァ!」


 輝真の背後で一体のレッドキャップが断末魔の叫びを上げた。

 殺し方を選べば良いだけだったレッドキャップたちの視線が一斉に輝真の背後へと集中する。

 それは、一瞬だった。

 動くことはおろか呼吸すらできない輝真の視界の中で、レッドキャップが両断されていく。

 空気を切り裂いた存在が、金髪のショートボブを踊らせながら短槍を振るう女性だと輝真が認識できた時には、明るい黄色のジャージを着た女性は既に動きを止めており、七体のレッドキャップは無数の白い粒子となって霧散していた。

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