「ケガは、それだけ?」
七体のレッドキャップを瞬く間に屠ってしまった存在の口から発せられたのが、ほんわかとした癒やし系ボイスだったことに驚いた輝真は、女性が自分の頬を指差しながら輝真の負傷について訊いていることへの反応が遅れてしまった。
「ダイジョーブ? 頭とか打っちゃった?」
やや猫目気味で勝ち気な感じを持った瞳をまっすぐに輝真へ向けた女性が、軽く首を傾げながら質問を重ねると、輝真は慌てて答えを返した。
「あっ、いや。大丈夫です。怪我もこれだけです」
「そっか。なら良かった」
ニカッと八重歯を覗かせた愛らしい笑顔を浮かべる女性が、この空間ごと切り裂くような獣の気配の持ち主と同一人物であることに輝真は戸惑いながらも、まず感謝を伝えるべきだと頭を下げた。
限界の緊張から解放された直後で感情と動作のリンクが上手くいかず、輝真のおじぎは必要以上に勢いの付いたものとなった。
「ありがとうございました! おかげで生きてます!」
輝真のオーバーアクションなおじぎと大きな声に、女性は目を丸くしながら声を掛けた。
「いいよいいよ。お礼なんか。お昼に戻ろって思ったあたしが通りがかって良かったよ。初めてだと思うけど、新人さん、かな?」
「はい。今日からダンジョンに入った新入りです。柘植輝真といいます」
頭を上げながら名乗った輝真に対し女性は、
「ああ、あなたが五人目のトリプルなんだね。そっかそっか。あたしは
と自分の名前を伝え返した。
「なかざとさん……本当にありがとうございました。なかざとさんのおかげで、俺は生き延びました……自分を過信した油断で、なんて後悔しかない終わり方をするところでした……」
輝真の言葉に軽くうなずいたうららが、右のまぶただけを少し下げる表情をみせながら言葉を返す。
「そうだね。正真正銘命懸けのダンジョンで、いくらトリプルでも初日にソロはないよね」
「はい。図に乗ってました……」
輝真の素直な反応を見たうららは、表情を快活な笑みへと戻した。
「教訓になったよね。うーん……この言い方が合ってるかビミョーだけど、初日にレッドトレインと遭遇して生きのびたんだから、その運に感謝してこれからも生きなきゃってとこじゃない?」
「……そうします」
「まあ、あの惨状を見てもショックで動けなくなって、って感じでもなかったし、攻略士に向いてるのかもよ? つげさんは。それと、あたしに敬語はいらないよ。年下だしさ」
落ち着きを取り戻してきた輝真は、うららに対する疑問を口にした。
「俺のことは、
輝真がダンジョンを攻略する攻略士を管轄する特異空間対策庁で、総務部人事課人材戦略企画室主任という役所らしい画数の多い肩書を持つ咲山という、自分を担当するコーディネーターの名を出して訊くと、うららはコクリとうなずた。
「うん、そうだよ。新しいデュアルとか入ると連絡くるんだよね。それが五人目のトリプルなら、まあ、なおさらって感じ? 名前と年齢ぐらいだけどね、聞いてる個人情報は。つげさんは二十五歳なんでしょ? あたしは二十歳」
「なるほど、そうでしたか」
「だからあ、敬語いらないってば。名前もうららでいいよ」
「あ、うん。じゃあ、俺も輝真で」
「オッケー、テルマね。じゃ、あたしはお昼に戻るけど、一緒に戻る?」
「ああ、うん。ありがとう。そうする」
軽快な足取りでダンジョンの入り口に当たる一階へ向かって歩き出すうららを追いかけるようにして輝真も歩き出した。
輝真がふと腕時計に目をやると、時計の針は正午を少し回った十二時十二分を指していた。
一昨日の「あの時間」と全く同じだと気付いた輝真の脳内で、あの一言が再生される。
「わたしたち、別れましょ」