「少々、お待ちください。担当者を呼んで参ります……!」
驚きを隠そうとしない事務員は、バッと立ち上がった勢いのまま狭い個室ブースから出ていった。
(適性がある……? 本当にこのタイミングで人生が変わるのか……!?)
人生すら左右する。経験することが叶わなかった大きな局面を目の当たりにした輝真は、徐々に湧き上がってくる興奮を鎮めようと何度か深呼吸を試してみたが効果は実感できなかった。
数分後に輝真が独りで待っている個室ブースへと入ってきたのは先ほど出ていった事務員ではなく、輝真からすると少し年上に見える長身の女性だった。
濃紺のパンツスーツと細いフレームの眼鏡が似合う、見るからに仕事ができそうな女性は椅子に腰掛けると黒い革製のドキュメントケースを机の上に置いてから名刺を差し出した。
「はじめまして。
「柘植、輝真です」
輝真は受け取った名刺に目を落とした。
特異空間対策庁総務部人事課人材戦略企画室主任という長い肩書と、咲山若菜という穏やかな春の景色を連想させる名前。
「柘植さんのコーディネーターを務めます。よろしくお願いします」
「はい……よろしくお願いします」
輝真が軽く頭を下げて応じると、咲山は銀行員だった頃に修得した相手へ好印象を与えるのに必要な分の微笑を浮かべてから本題に入った。
「早速ですが、攻略士についての説明を。ご存知の内容も含むかと思います。確認だと思ってお付き合いください」
「……分かりました」
素直にうなずく輝真に対し、落ち着いた少し低めのトーンで咲山が説明を始める。
「まず地底層宮、通称ダンジョンについてです。今年の三月二十三日、台東区根岸の
既に広く知れ渡っている情報ではあったが、輝真は「はい」と短い相づちを返した。
「そのモンスターを倒すことができるのは、地底層宮と魔力に対し適性を有する適応者である攻略士だけです。そして、モンスターは地底層宮素材と我々が名付けたある物質をドロップします」
世間一般に知られている情報の確認が続くんだろうと了解した輝真は再度「はい」と相づちだけを返した。
「地底層宮素材は人類にとって夢の物質とも呼べる常温常圧超伝導体であり、それを受けて日本政府は速やかに地底層宮の攻略を決定しました」
そろそろ相づち以外の反応をしてみようかと考えた輝真は言葉を変えて、ちょっとした会話を試みた。
「ニュースで見ました。女神がもたらした夢の素材、ってやつですよね」
輝真の返答に首肯を返した咲山が次に口にした言葉は、輝真にとって意外なものだった。
「その女神に、これから面会していただきます」
「えっ……? 女神、様に会えるんですか?」
意外な驚きを隠そうとしない輝真に対して、咲山は微笑のまま静かにうなずいてみせた。
「はい。ゲートの出現と同時に降臨した女神アルラトゥによって作られた石板は、地底層宮と魔力に対する適性を確かめるためのものですが、通常は青白く発光します。紫色に発光するのはユニークスキルを有する方だけです」
初めて知らない情報がきたと思った輝真が「ユニークスキル、ですか?」とオウム返しに訊ねると、咲山はすぐさま返答した。
「その個人のみが保有する専有のスキルです。五千人に一人と見られる適応者の中でも、ごく少数の方だけが保有する希少な専有スキルを、ユニークスキルと我々は呼んでいます。ユニークスキル保有者は女神アルラトゥと面会し、そのユニークスキルの内容を確認していただくこととなっています」
輝真は予期していたより展開が速いことに驚いたのと同時に、期待よりも大きな展開に直面したことで興奮している自分にも気付いた。
(俺には適性があっただけじゃなく、希少なスキルまで持ってるのか……!)
興奮を表に出してしまわないよう気を付けながら、目立たない程度の深呼吸で呼吸を整えた輝真は、
「これから、すぐにですか?」
と短く訊ねた。
「女神アルラトゥとの面会の準備は整っていますので、細かい説明はユニークスキルの内容を確認してからといたしましょう」
咲山は会話に一旦の区切りを付けるように答えると静かに立ち上がった。
つられて立ち上がった輝真は、咲山に案内されてビッグサイト会議棟の最上階となる八階にある会議室の前まで移動した。
会議室の前で立ち止まった咲山が、高級感を狙った造りのドアをノックするとすぐに、
「どうぞ」
という短い声が会議室の中から返ってきた。凜としたハリのある女性の声だった。
「失礼します」
咲山がゆっくりとドアを開けると、広い会議室の中央に深紅のワンピースドレスを身に纏った可憐な女性だけが独りで立っていた。
「ワタシがアルラトゥよ。入りなさい」
アルラトゥと名乗った女神は清々しいまでに尊大なオーラを放っていた。
高圧的に振る舞おうとする必要のない生粋の威圧というものを初めて全身に浴びた輝真は、経験したことのない毛色の心地よさすら感じた。
「柘植輝真です」
輝真は初めての感覚に若干の戸惑いを覚えながらも、自分の名前を口にしてからアルラトゥに対して深く頭を下げた。
「テルマね」
「は、はい……」
緊張で喉が締まった声でしか返事できなかった輝真に向かって、アルラトゥはツカツカと遠慮の無い足取りで近付いた。
アルラトゥが発する尊厳なオーラと嗅いだことのない馥郁とした香りに気圧されながらも、輝真は何とか直立不動を保ってみせた。
「んー……そう、あなたなのね」
独りで何かを納得した様子のアルラトゥに対して、輝真はすぐに反応を返すことはできなかった。
「まあ、話は覚醒してからにしましょう」
「え……?」
独り言のようなアルラトゥの言葉に理解が追いつかない輝真を、アルラトゥは相手にすることなく無言で右手の人差し指を輝真の額に軽く当てた。
明るいオレンジ色の光がほんの数秒だけ輝真の全身を包んでから消える。
何が起こったのか全く見当も付かない輝真は、とりあえずの反応として自分の姿を確認してみたが外見には何の変化もなかった。
「テルマ。あなたはユニークスキルを三つ持ってる。五人目のトリプルスキルね」
咲山が希少だと言っていたユニークスキル。それは一つだろうと思い込んでいた輝真は、
「みっつ!?」
と驚きをそのまま声に出してしまった。