町を歩き回って無事にガラス玉を手に入れたあたしは、手のひらの上で三つのガラス玉を動かす練習を始めた。
パラレルワールドのあたしは簡単そうにガラス玉を動かしていたのに、なかなかどうしてこれが難しい。
上手く動かない上に、すぐに手が疲れてくる。
あたしは来る日も来る日もガラス玉を動かす練習を続けた。
そして同時並行で花を咲かせる棒を作り直した。
最初に作った棒は急ごしらえだったこともあって、とても枝には見えなかったからだ。
パラレルワールドのあたしはただの棒に花を咲かせていたけれど、この世界には枯れ枝に花を咲かせる魔法が存在するから、枝に見えた方が魔法だと認識されやすいはずなのだ。
紙に枝のような模様を描いて、それを棒に貼り付ける。
ちなみに紙も町で選び抜いた逸品だ。ザラザラとしていて一番木の枝に見えるようなものを選んだ。
ザラザラした紙に絵を描くことなんて初めてだったため、何度も描き直す羽目になったけれど。
でも苦労した甲斐あって、我ながら素晴らしい棒が出来上がった。
「やっぱりあたしって手先が器用だったみたいね。それはそうか。パラレルワールドではマジシャンをやっているのだから」
マジシャンのあたしの手腕には目を見張るものがあった。
てっきりタネが仕込んであるものと思っていた手品が、実は素早い動きでコインを飛ばしているだけだったことを知ったときには、驚きで引っくり返るかと思った。
「さすがにあの手品を披露するには、まだまだ技術が足りないわ。でも花を咲かせる手品は道具さえ揃えれば何とかなりそうな気がする。棒は練習用に作ったものから木の枝に見えるようなものに作り直したし、花にも保護魔法を掛けてもらったもの」
……となれば、そろそろ次のステップに進んでも良いはずだ。
「やっぱり他人に見せて反応が欲しいところよね」
一説によると、実践は練習数十回分の経験値が入るらしい。
それなら花を咲かせる手品だけでも、早めに実践をしておいた方が良いはずだ。
問題は相手だ。
もしも手品のタネを見破られた際に、手品の件を他人に言い触らさない人物であることが必須だ。
間違ってもレティシアのように、あたしを破滅に追いやろうとしている人物に見せてはいけない。
「両親に見せた場合は……手品が成功した場合の方が厄介ね」
娘に魔法が発現したと喜んで、すぐにでも魔法使いを認定する魔法認定委員会を呼んでしまいそうだ。
しかし魔法認定委員会を騙すには、まだまだ技術も手品用品も足りない。
今、彼らを呼ばれるわけにはいかないのだ。
「そうだわ。シャーリーが適任ね。口の堅い性格だし、シャーリーならたとえ手品が失敗しても酷いことを言わないだろうし」
だから友人のシャーリーなら……シャーリーはちゃんと友人よね?
レティシアの件があったため一抹の不安はあるものの、シャーリー以上に信頼できる相手はいない。
過去のあたしもシャーリーにだけは嫌な態度を取っていないはずだから、きっと大丈夫!
……大丈夫、なはず。
* * *
「シャーリー、実は見てほしいものがあるの」
屋敷に遊びに来てくれたシャーリーとテラスでお茶を飲みつつ、提案をしてみる。
「見てほしいもの? どこに見に行けばいいの?」
「あっ、ここで見せるわ。シャーリーは椅子に座ったままで見てちょうだい」
あたしは自分だけテーブルから少し離れた位置に移動すると、さっそく花を咲かせる手品を実践してみることにした。
「取り出したるは、ただの枯れ枝」
そう言いながら、例の棒を取り出す。
シャーリーは真剣なまなざしであたしのことを見つめている。
「これに魔法を掛けると……さあ咲かせなさい、美しい花を!」
棒を持っていない方の手を宙に舞わせながら枝に魔法を掛けているような動きをする。
ちなみに魔法の発動には杖を使うことが多いものの、杖を使用しなくとも魔法の発動が可能だ。
あくまでも杖は、魔力を一点に集約するイメージを持たせやすいようにするための補助器具なのだ。
準備が整ったところで、棒に仕込んでいた花を一気に咲かせる。
「あら不思議。枯れ枝から花が咲きました!」
どうだ!?
ドキドキしながらシャーリーの反応を確認する。
すると。
「まあ、マリッサ! ついに魔法が使えるようになったのね!?」
シャーリーが拍手をしながら嬉しそうに立ち上がった。
どうやらあたしの手品は成功したようだ。
「しかもいきなり杖を使用せずに花を咲かせる魔法を使うなんて、マリッサは魔力が強いのかもしれないわ!」
…………あれ。
シャーリーの目が驚きで見開かれている。
この反応、もしかして杖無しで花を咲かせる魔法を使うのは普通ではない?
お母様が杖無しで使っているところを見たことがあるから普通なのかと思っていたのだけれど。
普通ではないなら、本番では無難に杖を使って魔法を掛けた演出にした方が良さそうだ。
「あー、いや、今日はたまたま調子が良かっただけよ。いつもは杖を使わないと魔法が発動しないわ」
「そっか、そうよね。魔法が発現したばかりで、杖無しでこの魔法が使えるなんてことは滅多に無いものね。せめて血の滲むような練習をしないと無理よね」
血の滲むような練習が必要なのか。
しかもシャーリーは血の滲むような練習を、ずいぶんと当たり前のことのように言っている。
……もしかして魔法を使うのって、あたしが想像していたよりもずっと大変?
まああたしは練習をしたところで、過去に非魔法民であることが確定しているから魔法は使えないわけだけれど。