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第3話


 屋敷内の庭園で溜息を吐く。


 手品の技術を磨くと意気込んではみたものの、技術を磨く以前の問題だった。

 なにせこの世界では手品用品が売っていないのだ。

 あのパラレルワールドとは違って、ここは魔法が発展した世界だからかもしれない。

 手品を披露したところで「それって魔法でしょ」と言われてしまうため、この世界では手品の文化が発展しなかったのだろう。

 だから手品用品も自作するしかないわけだけれど……。


「手先は器用な方だと思ってたけれど、そうでもなかったのかも?」


 パラレルワールドのあたしが使っていた『花を咲かせる棒』を作ろうとしてみたけれど、全然ダメ。

 筒状の棒を作ることには成功したけれど、棒の中に花を入れておくと、出した際に花がくしゃくしゃになってしまう。


「花に保護魔法を掛けたらいけそうな気もするのだけれど……って、あたしは魔法が使えないから苦労してるのよ! 魔法が使えないから手品を使おうとしてるのに、手品用品を作るためには魔法が必要って何!?」


 そこまで言って、はたと気付く。


「別にすべてを自分で作る必要は無いわよね。ずっと綺麗に飾っておきたいからとでも言えば、きっとエスターが花に保護魔法を掛けてくれるわ」


 花に保護魔法を掛けること自体は特別おかしなお願いではない。

 まさか手品用の花にするためだとは思いもしないはずだ。


「水を固形にする粉は……あれは何の粉だったのかしら。あの手品はあたしの世界では使えないかもしれないわね」


 あとはカードとコインを使った手品をたくさんやっていたっけ。

 あれは手先の器用さと視線誘導の巧みさがモノを言いそうだった。

 あの手品なら、あたしだけの力でも出来るかもしれない。


 それから手先の訓練として行なっていた、複数のガラス玉を片手で動かすやつ。

 あれなら何の下準備も無く出来そうだ。

 というか訓練なのだから、まずはあれをやってみるべきだろう。

 だから早くガラス玉を手に入れなくては。


「よーし。町へ行くわよー!」


 あたしは気合いを入れるために、一人で拳を天に突き上げた。



   *   *   *



 エスターとともに馬車に揺られる。

 町へ行くのはずいぶんと久しぶりだ。

 投獄されていたのだから当然だけれど。


「マリッサお嬢様、本日は何を購入されるおつもりですか?」


「綺麗な花とガラス玉が欲しいの。ガラス玉はこのくらい大きなやつね」


 あたしが手で欲しいサイズの丸の形を作ると、エスターが難しい表情になった。


「花は分かりますが……ガラス玉ですか? アクセサリーに加工されているものではなく?」


 私の答えを聞いたエスター首を傾げている。

 そういえばガラス玉を購入する理由を考えていなかった。


「えっと……ガラス玉健康法って言うのが、令嬢たちの間で流行ってるらしくて」


「ガラス玉、健康法?」


「ガラス玉を両手に持って、太陽の下でこうやって手を曲げて伸ばして曲げて伸ばして、する健康法よ」


 口から出まかせで言ってみたものの、実際にやったら健康になる気がする。

 だって太陽の下で運動をするのだから。

 ガラス玉を持つ意味はイマイチ見出せないけれど。


「私は聞いたことのない健康法です」


 うん、あたしも聞いたことない。

 しかしそんなことは言えないため、必死に誤魔化す。


「最先端の健康法だから、まだ知ってる人が少ないみたい」


「知っている人が少ないということは、売っている店も少ないのではないでしょうか」


 確かにその通りだ。盲点だった。

 手品用品と同じく、使い道のないガラス玉も、この世界では売っていないのではないだろうか。


「でも、ガラス玉はどこかでは売ってる可能性があるわよね?」


「可能性はあると思いますが……探すのは大変かもしれませんね」


「じゃあ頑張りましょう!」


 あたしの言葉を聞いたエスターが引きつった笑みを浮かべた。


「今日は相当歩くと思っておいた方が良さそうですね。気合いを入れ直します」


 あたしも気合いを入れよう。

 何件でも店をはしごしてやるわ。

 手品の有無で、非魔法民として蔑まれるか、魔法の使える貴族として貴族社会に残ることが出来るかが決まるのだから!





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