いつの間にか気絶していたあたしの耳に、懐かしい声が響いてきた。
「マリッサお嬢様、起床時間でございます」
「…………へ?」
侍女のエスターがあたしのことを起こしている?
どうしてエスターがここにいるの?
エスターもドアだらけの空間に迷い込んだの?
……いいや、違う。
あたしはあの世界からドアの中へと吸い込まれたのだ。
それにあたしの背中に当たっている柔らかいもの、これはベッドだ。
そしてこの見覚えのある内装は、あたしの部屋だ。
「どうなってるの……?」
周囲を確認した際に、鏡が目に入った。
鏡の中に映っていたあたしは。
「ちょっと……若い?」
年齢的にというよりも、やつれていないために若く見えるのだろう。
投獄された後のあたしは、髪はボサボサ、唇はカサカサ、頬はげっそりとこけていたから。
「髪はツヤツヤだし、クマが無くて血色が良いわ。控えめに言って美人」
「マリッサお嬢様。ご自分の顔に見惚れることは構いませんが、お食事の時間は待ってくれませんよ」
「え、ええ。分かったわ」
この世界がパラレルワールドなのか、元の世界なのかは分からない。
どうしてこんなことになったのかも分からない。
ただひとつ分かるのは、あたしが生き返ったということ。
「願ってもない奇跡だわ。今度は上手く生き延びてみせる!」
あたしは拳を握り締めると、そう心に誓った。
* * *
「マリッサ、魔法はまだ発現しないのか?」
「申し訳ありません、お父様。そろそろだとは思うのですけれど……」
生き返って数時間で分かったことがある。
この世界はパラレルワールドではなく、あたしがもともと生きていた世界だ。
つまりあたしはパラレルワールドに飛んだわけではなく、少し前の時間軸の元の世界に回帰をしたようだ。
パラレルワールドと同じように回帰も創作の中だけの設定だと思っていたのだけれど、自分の身に起こったのだから信じるほかない。
「魔法が発現したらすぐに教えてちょうだい、マリッサ。心配で仕方がないのよ。万が一、ヴェノワ家から非魔法民が出たとなったら……」
「承知しております、お母様」
この世界では貴族階級の他に、魔法階級というものが存在する。
もちろん強い魔法を使える者の階級が上になる。
そして貴族階級と魔法階級を総合した結果が、その人物の評価となるのだ。
とはいえ、よほど強い魔法が使えない限り、平民が総合階級で貴族よりも上の階級になることはない。
そしてその逆の現象も、よほどのことが無い限り起こらない。
弱い魔法であっても魔法が使えるのなら、貴族は平民よりも上。
しかし、一切魔法が使えない場合に限り、貴族であっても『非魔法民』と呼ばれて迫害される。
貴族は大抵、魔法の使える貴族同士で結婚をするため、貴族の家に非魔法民が生まれることはまれだ。
まれではあるけれど、たまに起こる現象ではある。
……あたしのように。
だからいつまで経っても魔法が発現しなかったあたしは、レティシアの甘い誘いに乗ってしまったのだ。
レティシアのことを友人だと思っていた過去のあたしは、魔法が発現していないことをレティシアに相談していた。
するとあたしの悩みを聞いたレティシアは、非魔法民でも使える魔法があると教えてくれたのだ。
レティシアの言葉に喜んだあたしは、レティシアから貰った真っ赤な石の嵌められたネックレスを身に着け、レティシアから貰ったたくさんの呪文と魔法陣の描かれた本を読み、本に描かれていた魔法陣を自室の床に描いた。
ネックレスの赤い石には闇魔法が込められていて、本には闇魔法の使い方が書かれていたことになんて、少しも気付かずに。
魔法陣を描き終わったあたしは、さっそく魔法を使ってみようとしたけれど、使うつもりだった魔法は発動しなかった。
おかしいなと思ったところで、魔法認定委員会の人たちが屋敷内に押し寄せてきた。
そしてあたしの描いた魔法陣を見るなりあたしを拘束して、ネックレスと本を証拠として押収した。
あたしは取り調べでレティシアに騙されたのだと説明したけれど、自分の部屋に魔法陣を描いて闇魔法を使おうとしていた現場を目撃した魔法認定委員会は、あたしのことを許してはくれなかった。
それに一応はレティシアの部屋を調べてくれたらしいけれど、目ぼしいものは出てこなかったらしい。
魔法認定委員会の人たちがきちんと調べてくれなかったのか、レティシアが上手く証拠を隠したのか、何か大きな力が事実を揉み消したのかは分からない。
何にしてもレティシアは罰されることはなく、あたしだけが処刑された。
「レティシアとは同じ男性を取り合ってたから、ちょっとだけ嫌な態度を取ってしまったけれど……殺されるほど恨まれてたなんて」
朝食を食べ終え、自室に戻りながら呟いた。
この世界では闇の魔法使いは処刑される。
それが分かっていてあたしをあのような罠にハメたのだから、レティシアのあたしに対する恨みは相当なものだったのだろう。
「彼を取り合うまでレティシアとは仲が良かったわけだし、彼以外の話をする分にはこれまで通りの関係でいられると思ってたのに」
しかしレティシアはそうではなかったということだろう。
彼を巡ってレティシアを煽っていたあたしは、レティシアにとっては目障りな悪女だったということだ。
レティシアだけではなく、彼に近付く女を次々と蹴落としていたあたしは、他の令嬢からも悪女と呼ばれていた。
そしてあたしのことを嫌っている令嬢たちは、あたしの魔法がまだ発言していないことを陰で嘲笑っていた。
それもあって、あたしは絶対に魔法が使えるようにならなければいけないという思いを強めていた。
そこをレティシアに狙われたわけだ。
「……でも。今のあたしは知ってるのよ」
魔法のように見える、魔法ではない仕掛け。
手品、マジック、イリュージョン。
「手品を魔法と偽って、魔法認定委員会にあたしを魔法使いだと認めさせる! それが出来ればすべての問題は解決だわ!」
そうと決まれば、さっそく手品の練習をしなくては。
魔法発現は十八歳までに起こると言われている。
ちなみに過去のあたしは、魔法が使えるようにならないまま、牢獄内で十八歳の誕生日を迎えた。
期限まではあと一年。
「それまでに手品の技術を磨くわよーーー!!」