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第9話


「ごきげんよう。お忙しい魔法認定委員会のキリアンさんが、ただの小娘であるあたしに何の用でしょうか」


 にこやかにお辞儀をしながら、やや棘のある言い回しで牽制をした。

 あわよくば嫌な気分になって帰ってくれないかという思惑もある。

 するとキリアンはあたしの言葉が意外だったようで、不思議そうに首を傾げた。


「ずいぶんな挨拶ですね。ついこの間まで俺のことを追い回していたのに」


 キリアンにとっては「ついこの間」かもしれないけれど、あたしにとっては数年前の話。

 キリアンのことを追い回していたあたしは闇の魔法使いとして投獄されて、一年後に処刑された。

 そしてドアだらけの空間を、ドアの先のパラレルワールドを覗きながら数年間漂った……あそこには時間の概念が無かったから、もしかすると一瞬だったのかもしれないけれど。

 とにかくあたしの体感としては、キリアンに惚れていたのは何年も前の話なのだ。

 未練などとっくに消えている。


「過去のあたしはどうかしていたのです。すべて忘れてください。キリアンさんも迷惑がってたでしょう?」


「確かに迷惑だと感じてはいましたが。こうもあっさり距離を置かれると不思議な気分ですね。てっきり、せいせいすると思っていたのですが」


「それで、要件は何ですか? あなたと会うために、一緒にティータイムを楽しんでた友人を帰らせることになってしまったのですけれど」


 すぐに終わるだろうから帰らなくてもいいと言ったけれど、シャーリーは自分のことを気にせずにゆっくりキリアンと話してほしいから、と帰ってしまった。


 あたしとしては、キリアンとゆっくり話したいことなんて少しも無いのだけれど。

 それどころか手品のタネがバレるのが怖いから、キリアンとはなるべく接触したくないのだけれど。


「使用人に話した通りですよ。近くを通りかかったから、寄っただけです。そのせいでご友人を帰らせてしまったことは申し訳ありません」


「近くに来たから寄ったって、あたしたちはそんな仲ではないでしょう?」


「そうですね。以前なら近くを通りかかるどころか、たとえこの屋敷を訪れていたとしても、あなたに会おうとはしなかったでしょうね」


 正直すぎる。

 確かに以前のキリアンは、あたしの猛アピールを懸命に避けているようだった。

 でも。それならどうして、今はこんなにあたしに構うのだろう。


「以前はあたしに会おうともしなかったキリアンさんが、何故あたしのところへ?」


「ヴェノワ伯爵令嬢、俺はあなたに興味が湧いたんです」


 あたしに興味が湧いた!?

 過去のあたしはさておき、今のあたしはそんなことを望んではいないというのに。


「残念ながら、あたしはキリアンさんへの興味を失ってます。タイミングが悪かったですね」


「魔法もどき」


「…………」


 キリアンを突き放した直後、キリアンの口からは聞き流すことの出来ない単語が飛び出した。

 魔法もどき。

 もしかして彼は、この前の魔法認定試験であたしの使った手品のことをこう表現しているのだろうか。


「魔法に見える、魔法とは似て非なるもの」


 キリアンが若干言い方を変えてきた。

 冷や汗が首筋を伝う。


「魔法に見えるが、しかし闇魔法ともまた違うもの」


 さらに言葉を重ねてきた。

 もしかしてキリアンの言葉にあたしが返事をするまで、言い換えを続けるつもりなのだろうか。


 あたしは背中を冷や汗が伝うのを感じつつも、すっとぼけてみることにした。


「何かの謎かけですか? あたし、なぞなぞは得意ではないのですけれど」


「しらばっくれるつもりなんですか?」


「しらばっくれるも何も、魔法もどきなんて、そんなものをあたしは知りません」


 真正面からお互いの目を見つめ合う。

 本音を言うなら嘘がバレそうだからキリアンから目を逸らしたかったけれど、目を逸らしたら負けの気がして見つめ続けた。

 それはもう、にらんでいると表現した方が正しいほどに、目に力を込めて。

 一方でキリアンも探るような目付きであたしの瞳を見つめ続けている。


「いいえ、ヴェノワ伯爵令嬢。あなたは知っているはずですよ。魔法もどき……闇魔法よりももっと原始的な、魔法に見せかけただけの何かを」


「意味が分かりません。言いがかりはやめてくださいます?」


 さらに目に力を入れてキリアンを見つめ続ける。

 力を入れていないと、気まずさからうっかり目を逸らしてしまいそうだからだ。


「では今ここで、魔法を使ってみてくれませんか?」


 あたしの目を見つめることをやめたキリアンが、どこで拾ってきたのか一本の木の枝を取り出した。

 タネも仕掛けも無い木の枝に花を咲かせることなど、魔法の使えないあたしには出来っこない。

 だからこの窮地を、口だけで切り抜けるしかない。


「あたしに魔法を使う義務はありません。だって今あなたは、魔法認定委員会の仕事でここにいるわけではないのでしょう? 偶然近くを通りかかったから寄っただけ。先程あなたはそう仰いましたよね?」


「今ここで魔法を見せてくれたら、魔法使いと認定してあげますよ」


「あなたと個人的に交わした口約束なんか信じられません。きちんと組織を通して、公式に魔法認定試験を行ないませんと」


「……ヴェノワ伯爵令嬢はこんなことを言う令嬢でしたかね? もっと直情的な方だと認識していたのですが」


 確かに過去のあたしは直情的で激情家だった。


 しかし今のあたしは違う。

 過去のままの自分では、処刑の未来しか待っていないことを知ったから。

 それにたくさんのパラレルワールドの自分を見て、多少なりとも疑似的に人生経験を積んでいる。

 経験を積んでいたのはパラレルワールドのあたしだけれど、その自分ではない自分の人生を見たことで、あたしにだって得たものはあった。


 だからこそ、今のあたしはこんな返しをする。


「女の成長は早いものですよ。女を避けてばかりのあなたは知らないでしょうけれど」


 動揺する様子を見せないあたしの態度で諦めがついたのか、キリアンは天を仰ぎながら大きく息を吐いた。


「これ以上、今のあなたと話していても、得られるものは何も無さそうですね」


 勝った……!

 緊張と動揺で背中は汗びっしょりだけれど、それでもあたしのポーカーフェイスがキリアンに勝ったのだ。

 あたしのポーカーフェイスはまだまだパラレルワールドのマジシャンのあたしには遠く及ばないけれど、一応は通用するらしい。

 そのことが分かったのは収穫かもしれない。


「ヴェノワ伯爵令嬢が次に魔法認定試験を受けるときにも、俺は認定員として参加しますので。せいぜい腕を磨いておいてください。今度は俺、本気で魔法もどきの正体を暴きますから」


「あたしには、キリアンさんがずっと何を言ってるのか分かりません」


「そうですか。それでは、俺はこの辺で」


「ええ、さようなら。次は魔法認定試験でお会いしましょう」


 やっとポーカーフェイスを崩したあたしは、不敵に笑いながらキリアンを見送った。





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