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第8話


 魔法認定委員会の認定員たちが帰った後、あたしは自室のベッドに倒れ込んだ。


「腕を磨いてって……魔法の腕を磨けってこと? それとも、もっと魔法に見えるように手品の腕を磨けってこと!?」


 いや、キリアンは魔法認定委員会の認定員なのだから、手品の腕を磨けなんて言うはずがない。

 それでもキリアンがあたしの披露した手品を魔法と認識してくれていたようにはとても思えないのだ。


「ものすごく疑いの目であたしの手品を見てたわよね……はあ」


 自然と溜息が出た。

 次に魔法認定委員会が来るまでに、手品のレパートリーを増やしておかなければならない。

 同じ手品を披露したのでは、今度こそキリアンに手品のタネを見破られるかもしれないから。


「もっと手品を練習しないと……!」


 あたしは記憶を掘り返し、パラレルワールドのあたしを思い出しながら、新たな手品の練習を始めることにした。



   *   *   *



「レティシアの誕生日パーティー、マリッサも行くわよね?」


「え? あ、うん」


 新作の手品のことで頭がいっぱいだったあたしは、シャーリーの質問に慌てて答えた。

 するとシャーリーが心配そうな表情であたしの顔を覗き込んできた。


「マリッサ、もしかして悩みごと? 私で良ければ相談に乗るけど……?」


 シャーリーの話を半分上の空で聞いていたあたしに対して、なんて優しい言葉をかけてくれるのだろう。

 シャーリーは女神の生まれ変わりか何かなのだろうか。


「悩みと言うほどのものじゃないから心配しないで。それより、レティシアの誕生日パーティーね。ええ、行くわ」


 先日、あたしのところにもレティシアから誕生日パーティーの誘いが届いた。

 特に断りの理由が思いつかないため、理由を考えるために頭を悩ませるくらいならいっそ行った方が良いと思い、出席で返事を出した。


 それに考えすぎかもしれないけれど、過去に出席していた誕生日パーティーを欠席することで、レティシアが過去とは違うアプローチであたしを処刑台に送るかもしれない。

 その場合、処刑回避が格段に難しくなる。


 そうなるくらいなら、レティシアに関しては、なるべく過去のあたしと同じ言動をして、過去と同じ方法で陥れようとしてもらった方が良い。

 具体的には、この誕生日パーティーで、過去と同じようにレティシアから闇魔法についての甘い囁きをされようと思っている。

 レティシアのやることが過去と同じなら、予測不能の行動をとられるよりもずっと回避が楽だからだ。


「マリッサはレティシアへのプレゼント、もう用意した? こういうのってセンスが問われるから悩むのよね」


「分かるわ。侍女に用意させるのが楽だけれど、そのせいでセンスが悪いなんてうわさが広まったら困るものね」


「あはは、確かに。でもセンスの良い物をプレゼントして、レティシアに喜んでもらいたいという純粋な気持ちが一番強いわよね」


「……そう、ね」


 過去のあたしは、どうだっただろう。

 心からレティシアのためのプレゼントを用意していただろうか。

 どちらだったかは思い出せない。

 でも、もう純粋な気持ちではプレゼントを選べない。


 ただただ過去と同じプレゼントを選ぶだけだ。

 レティシアの行動を、なるべく過去と変えないために。


「マリッサはどんなプレゼントを用意する予定? なるべく被りたくないから知りたいのだけど……」


「あたしは髪飾りをプレゼントする予定よ」


「髪飾りね。良いところをつくわね」


 あたしのプレゼント内容を聞いたシャーリーが、うんうんと頷いた。

 そのシャーリーに、あたしはこう提案をする。


「シャーリーは、そうね。普段使いの出来るブレスレットをプレゼントするのはどう?」


 あたしの言葉を聞いたシャーリーは、目を丸くして驚いた。


「すごいわ! 実は私、ブレスレットを用意しようと思っていたの。だからマリッサとブレスレット被りしないと良いなって」


 シャーリーが何を用意しようとしているかなんて、分かるに決まっている。

 だってあたしは過去にもシャーリーにレティシアへのプレゼントを相談され、何を用意するつもりなのかを聞いているのだから。


「まだ買ってはいないのだけれど、可愛い髪飾りを売っている店を知ってるから、あたしはほぼ確実に髪飾りを渡すわ。プレゼント被りはしないから安心して」


「ブレスレットは何個あっても困らないから、被ってもいいと言えばいいのだけどね。でもどうせ貰うなら、違うものを貰ったほうが嬉しいわよね? 腕は二本しか無いのだから」


「ふふっ、そうね。たった二本の腕にブレスレットをじゃらじゃら付けるのも変だものね」


 シャーリーと楽しく談笑をしていると、侍女のエスターが近づいてきてあたしの耳元で囁いた。

 エスターに言伝をしたらしい別の使用人も、少し離れた位置からあたしたちのやり取りを見守っている。


「マリッサお嬢様にお客様がいらしています」


「あたしに客? そんな予定は無いはずだけれど」


「はい。アポイントメント無しで……魔法認定委員会のキリアン様がお見えになりました。どういたしますか?」


 キリアンが屋敷に来た!?

 まだ次の認定試験の予定は入れていないはずなのに、どうして!?


「もしかして、今日魔法認定試験をやりたいということ?」


 ドキドキしながら尋ねると、エスターは首を横に振った。


「いいえ、どうやらそういうわけではないらしく。たまたま屋敷の近くに来たため、寄ってみただけのようです」


「近くに来たから寄る……ほど、あたしとキリアンさんは仲良くないと思うのだけれど」


 あたしたちの会話が聞こえたらしいシャーリーが、キラキラと目を輝かせた。


「マリッサ! キリアンさんがいらしているなら、行った方が良いわよ。チャンスじゃない!」


 過去のあたしは親友のシャーリーに、キリアンに惚れていることを告げているため、シャーリーはあたしの恋を応援してくれているのだろう。

 まあわざわざ告げなくても、過去のあたしの態度を見ただけで、キリアンに恋をしていることがバレバレだっただろうけれど。


 そしてシャーリーはあたしと同じようにレティシアがキリアンに惚れていることも知っているけれど、あたしとレティシアの両方を応援してくれている。

 人によっては両方に良い顔をする八方美人のように映るだろうけれど、人柄のせいかシャーリーを怒る気にはなれない。

 むしろあたしとレティシアの間で板挟みになっているのに、心から両方を応援できるなんてすごいことだ。


 ……と、今はそんなことを考えている場合ではなかった。

 さて、キリアンにはどういう対応をするのが良いだろう。




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