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第7話


「取り出したるは、どこにでもある三つのガラス玉」


 いや、どこにでもは無いけれど。

 このガラス玉を手に入れるために町を歩き回ったけれど。

 けれど今、そのことを気にする人はいないだろう。


 あたしは三つのガラス玉を左手の上に乗せると、右手には魔法の杖を握った。


 心臓の音がうるさい。

 落ち着いて。緊張してはダメ。

 何でもないことのように、やってのけるのよ。


「あたしの魔法で、このガラス玉に命を吹き込んで見せましょう。さあ動きなさい、生き物のように!」


 あたしは右手に握った杖をガラス玉に近づけると、いかにも魔法を使っているように数回振る。

 そして左手を器用に使い、ガラス玉が勝手に動いているかのようにジャグリングをする。


「まあ、マリッサ! 素晴らしいわ!!」


 あたしの手品を見たお母様が、拍手をしながら歓声を上げた。

 少なくともお母様には、これが魔法に見えているらしい。


「ほう。物体を動かす魔法か。初級の簡単な魔法だが、魔法であることには違いない」


「では認定で良いかな?」


 魔法認定委員会の認定員たちの言葉に心の中でガッツポーズをしたものの、そのガッツポーズはすぐに下ろすこととなった。


「今の魔法だけでは認定できません。別の魔法も使ってみてもらえませんか? 発現したてとはいえ、一種類の魔法しか使えないわけではないでしょう?」


 キリアンだ。

 やはり一番の敵はキリアンのようだ。

 キリアンさえいなければ、認定員たちを騙せそうだったのに……!


 しかしそんな心情を顔に出すわけにはいかない。

 マジシャンにはポーカーフェイスも重要なのだ。


「分かりましたわ。では次は、枯れ枝に花を咲かせて見せましょう」


 あたしは、花を咲かせるタネを仕込んだ棒を取り出した。

 ちなみにエスターに土産の用意を頼んでおいたのは、花に保護魔法をかけたエスターがこの手品を見て、何かに気付く可能性を減らすためだ。


「次に取り出したるは、何の変哲も無いこの枯れ枝。この枯れ枝に魔法を掛けると……さあ咲かせなさい、美しい花を!」


 あたしは先程と同じように右手で持った杖を振り、左手で棒に花を咲かせた。


「おおっ! あれは中級の魔法ではないか!」


「この魔法が使えるなら先にこちらを見せれば良かったものを」


 よし、好感触。

 この世界には手品の概念が無いから、魔法を当たり前に使える人ほど手品に騙されやすいのかもしれない。


「ではさっそく魔法使いとして認定し、魔法使いの心得と闇魔法についての注意喚起を」


「お待ちください」


 良い流れを断ち切る人物と言えば、この人。

 キリアンだ。


「何だね。まさかキリアンは、今の魔法を他人が使ったものだとでも言うのかね? そんなことはないと思うぞ。私はヴェノワ伯爵令嬢だけではなく、彼女の周囲も確認していたからな」


「俺も今のを他人が使った魔法とは考えていません。ですが、これを魔法と認定するのは時期尚早かと思います」


「今のが魔法ではないと言うなら、一体何だと言うのかね」


「それはまだ分かりませんが、今ここで彼女を魔法使いと認定すべきではないと思います。また日をあらためてこの屋敷へ認定試験に訪れましょう。今日はこれ以上時間がありませんので」


 どうやらこのあとに予定があるというのは、早く帰るための方便ではなく、事実だったようだ。

 それにしても。


「魔法使いの心得と闇魔法についての注意喚起って……?」


 過去のあたしはそんな話を教わった覚えは無い。

 だからこそ闇魔法の違法性を知らずに、簡単にレティシアにハメられてしまったのだ。


「魔法使いの心得と闇魔法についての注意喚起は、魔法使いと認定された者にする大切な説明のことです。あなたの魔法が本物なら、いずれ聞くことになるでしょう」


 なるほど。

 魔法使いになった者に話すからこそ、闇魔法を使うことで通常の魔法が使えなくなるという話が重要な事実として認識されるのだろう。


 しかし闇魔法の危険性は非魔法民にももっと周知するべきな気がする。

 使っただけで処刑されてしまうような重大な事柄なのだから。


 ……ああ、そうか。

 非魔法民は闇魔法の話を知ると闇魔法に手を出してしまうから、あえて話さないようにしているのかもしれない。


 果たして過去のあたしは、あれが闇魔法だと知っていたら、手を出さずにいられただろうか。

 それとも。

 闇魔法と分かっていても、魔法を使おうとしただろうか。

 今となっては、もう分からない。




 魔法認定委員会の人たちは、エスターから土産を受け取り、屋敷をあとにした。


「……次は、もっと腕を磨いてくださいね」


 帰り際、キリアンがあたしの横を通り過ぎる際に、耳元でそう囁いた。





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