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第5話

 進也は即座に女の子の腕の横に移動した。心臓マッサージを施す意図だ。両手を重ねて、胸を圧迫しようとする。

「かはっ、けはっ!」女の子が急にむせ始めた。進也ははっとして組んだ両手を元に戻す。

 しばらくせき込んでいた女の子だったが、やがてゆっくりと目を開けた。呼吸も次第に、落ち着いたものに変わっていった。大事には至らなかったようだ。

「進也くん!」あいかの声がした。振り向くと、あいかと柚季が駆け寄ってきていた。二人とも、心配そうな面持ちをしている。

 あいかと柚季が近くにしゃがみこんだ。ほぼ同時に、女の子が目を開いた。「え、青空? 私、自分の部屋で──。……ここは?」とぼんやりした調子でつぶやく。

「質問に質問で返すようで申し訳ないけど、君は、日本の中学生であってるかな?」

 進也は優しく聞こえるよう、やんわりと問いを投げかけた。

「はい、そうです。でも何でそんなこと……、ここはどこか、外国なんですか? 家のベッドで眠りについたはずなのに、何でこんな草の上に……。それとあなたたちの格好。なんだかファンタジーっぽいというか……」

 疑問を口にした女の子は、不安げに目を伏せた。

 するとすうっと柚季がしゃがみ込み、女の子の頬に右手を当てた。

「落ち着いて。私はあなたの味方よ。私たちはこの世界に慣れているし、これからは守ってあげられる。さっきみたいな危険な事態には、そうそうならないはずよ。だから安心して。まず、名前を教えてもらっていいかな?」

 慈しみのこもった微笑を浮かべつつ、柚季は丁寧に言葉を紡いだ。

葉山果奈はやまかな、です。そうだ、さっき危ないところを助けてもらったんだ。なのに私、お礼も言わずに自分のことばっかり……」

 悔いるような調子で反省を口にしたかと思うと、果奈は上半身を起こした。

「皆さん、ありがとうございました。あなたたちがあのスライムの化け物をやっつけてくれなかったら、私はきっとあのまま窒息死していました」

「いいっていいって。困ったときはお互い様だし。あと、とりまその丁寧口調をやめようよ。ここじゃあ先輩も後輩も中学生も高校生もないんだしさ。

 あ、あたしは安佐北あいかね。日本じゃあ女子高生やってました。趣味兼副業は、実家がやってる喫茶店の看板娘! こっちに来る前は、お客さんのアイドル的立ち位置でバリバリ働いてたんだよ」

 元気いっぱいにあいかが返事した。

(「副業」なあ。ワードのチョイスには違和感しかない。年下に誤った語法を吹き込んでくれるなよな。まあでもこういう時のあいかは、雰囲気が明るくなっていいな)

 釣られて小さく微笑んだ果奈を見て、進也は微笑ましい思いを抱く。

「そしてこちらは橘柚季ちゃん。そちらにおわす、私たちのパーティーの黒一点、香坂進也くんにお熱です。いや、これほんとよ」

「またそんなたわごとを……。どれだけ引っ張るのよ、その話題」明るさ全開のあいかの他人紹介に、柚季が即座に突っ込んだ。漫才めいたやり取りに、果奈は小さく笑った。

 精神状態が良い方向に向かったのか会話が弾むにつれて果奈は笑顔が多くなっていた。(もともとよく笑う子なんだろうな)と、進也は予想をつけていた。

 そこで進也はふうっと息を吐き、気持ちを整えた。「果奈ちゃん、よく聞いて」と切り出し、最も重要な事柄を果奈に告げ始める。


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