目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第5話 天命を感じて

星野美友紀と小林茉里は、チャイムの音に急かされるように教室へ戻った。


教室に足を踏み入れるやいなや、美友紀の視線は無意識に中島陽介の席へと向かったが、そこは空っぽだった。


席に着くと、彼女はどこか上の空で、ペン先でノートの上にぼんやりと円を描いていた。


先生が教室に入ってくるまで、中島陽介と加瀬敦司の姿は現れなかった。


「美友紀、大丈夫?」と、茉里が小声で腕を軽くつつく。「なんだか元気ないよ……」


美友紀は、ようやく自分の心がまた陽介のことで乱されていたことに気づいた。


苦笑いを浮かべ、そっと首を振る。


「大丈夫、授業に集中しよう。」


放課後のチャイムが鳴り、美友紀は最後の問題の答えを書き終えてから、ゆっくりと鞄をまとめ始めた。


教室には数人しか残っておらず、窓から差し込む夕日が彼女の影を長く伸ばしていた。


鞄を手に校門へ向かう途中、ふと立ち止まり、周囲を見渡す。


以前なら……


いつも陽介に送ってもらっていた。


でも、今日は彼がいない。


たとえ彼がいても、もう二度と彼の車には乗りたくなかった。これ以上関わりたくなかった。


……


「藤田、もう少し急いでくれ。」


車の中で、陽介は眉間にしわを寄せ、何度も腕時計に目を落とす。


運転手は額の汗をぬぐいながら、前方の渋滞を見て困ったように言った。「陽介様、こんなに渋滞するとは……」


ふと思い出したらしく、顔がぱっと明るくなる。


「陽介様、あの先生のLINEをお持ちですよね?どうしても遅れるなら、メッセージで事情を伝えたらどうでしょう……」


陽介は唇を引き結び、黙ったままだった。


急遽やらなければならない用事を思い出さなければ、こんなことには……


スマートフォンの画面を軽くタップし、緑のメッセージ枠が長く回転する。


電波が悪いのかと疑ったその時、メッセージの前に赤い感嘆符が現れた。


【メッセージは送信されましたが、相手に受信を拒否されました】


隣の加瀬敦司がそれに気づき、茶化すように言った。「おやおや、どんな相手だよ?陽介様が自ら出向くだけじゃなく、ブロックまでされるなんて……」


冗談を言い終える前に、陽介の冷たい視線が突き刺さる。


「降りろ。」


陽介の声は淡々としていた。


敦司は窓の外を見つめ、信じられないといった様子で自分を指さし、その後外を指した。「今?俺が?ここで?」


陽介が動じないのを見て、仕方なく両手を挙げて降参する。「わかった、わかった。敵わないから降りるよ!」


そう言って渋々車を降りた。


夕暮れは青みを帯び、空には紫のグラデーションが広がっていた。


だが、美友紀にはそんな景色を楽しむ余裕はなかった。


母が再婚して以来、彼女は一人暮らしをしていた。


義父が冷たかったわけではない。むしろ、彼はとても良くしてくれて、生活に困ることはなかったし、美友紀が一人暮らしを望むと、一戸建ての家まで用意してくれた。


しかも、高い学費を払ってまでこの学校に通わせてくれた。


でも……


どうしても素直になれず、義父も忙しいこともあり、いまだに顔を合わせたことがなかった。


校門の人波もほとんど消え、美友紀はスマートフォンを強く握りしめていた。


母のトーク画面を開き、メッセージを何度も書き直したが、結局送信しなかった。


だが、指が震えた拍子に、うっかりメッセージが送信されてしまい、慌てて画面を消した。


ちょうどその時、エンジン音が近づき、一台の車が目の前に停まった。


美友紀は驚き、立ち尽くす。


この車は……


彼のじゃない?


黒いセダンの窓がゆっくりと下がり、運転席には穏やかな笑顔の渡辺雅彦がいた。「美友紀、送っていこうか?」


美友紀は断ろうとした。


だが、熱を持ったスマートフォンが、もしここで断れば、この先どうなるかを無言で突きつける。


今の住まいも、学校も……


もうこれ以上母に迷惑をかけたくなかった。


「ちょうどいい機会だし、前に話していたことの続きでもしない?」


彼の提案は絶妙な逃げ道だった。


「それじゃあ、お言葉に甘えます、渡辺先輩。」と、美友紀は控えめに微笑み、一瞬迷った末に助手席に座った。


「そんな他人行儀な……」と、渡辺は苦笑する。


美友紀がシートベルトを締めて顔を上げると、ちょうど見覚えのある車が猛スピードでやってくるのが見えた。


ほぼ同時に、渡辺がエンジンをかける。


彼女は、陽介がその車から降り、こちらをじっと見つめているのを視界の端で捉えた。その視線が消えるまで、しばらく動けなかった。


「美友紀、さっきの話、どう思う?」


渡辺の声で我に返り、彼女は軽く息をついた。


考え方を変えよう。


これもまた、運命なのかもしれない。


たった今、すれ違っただけ――そう思えばいい。


「さっきはよく聞こえなかったので、もう一度説明してもらえますか?」


「美友紀、そんなに堅苦しくしなくていいよ。今まで通り、渡辺くんって呼んで。」


「渡辺くん。」


その返事に渡辺は少し微笑み、優しく言葉を続けた。


美友紀はスマートフォンを開いて母の返信がないのを確認し、慌てて送信メッセージを削除した。


よかった。


これ以上、迷惑をかけずに済んだ。


「ねぇ、渡辺くん、この研究の視点についてだけど、私はこういうアプローチもできると思う……」


議論しているうちに、時間はあっという間に過ぎた。話し足りないまま、車は彼女の仮住まいに到着した。


「本当にありがとう、渡辺くん。」と美友紀はシートベルトを外して車を降りようとしたが、雅彦に手首をそっとつかまれた。


「渡辺くん?」と、彼女は戸惑いながら手を引こうとする。


もしかすると、その拒絶が彼を傷つけたのか、彼の表情が一瞬曇った。


「後部座席に鞄、忘れてるよ。」


緊張が一気にほどけ、彼女は照れくさそうに手を振った。「うっかりしてた!それじゃ、また今度。」


「うん……」


家に入って鞄を置いた途端、スマートフォンが軽く鳴った。


画面を開くと、母からのメッセージだった。


【美友紀、さっき何を消したの?ママはちょうど忙しくて見てなかったよ】

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?