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第18話 「まだ中島陽介のことが好きなの?」

渡辺雅彦はQRコードを読み取りながらスマートフォンを操作していたが、星野美友紀の問いかけに思わず笑みを浮かべた。

「周りを見てみろよ、女の子はいるか?」

美友紀があたりを見回すと、確かに男の子ばかりだった。


「俺はキャプテンだぞ。事前に調べておかないわけないだろ?寮は全部共同部屋さ、君を男ばかりの中に泊まらせるわけにはいかないだろ?」


美友紀は何も言い返せなかった。


「じゃあ、ホテル代は……」

「学校が負担するよ」と雅彦が即答する。「俺たちは学校の代表なんだ、自己負担なんてあるはずないだろ」


美友紀は納得してうなずいた。


「本当は俺も寮に泊まる予定だったんだけどな」雅彦はわざとらしくため息をついた。「でも、誰かさんのために……」

「もしよかったら……」

「いや、遠慮しとくよ」雅彦は作り笑いを浮かべる。「ホテルのほうが快適だし、わざわざ我慢する必要ないだろ?」


自分のために無理をしていないと知り、美友紀はほっとした。

彼女は誰かに借りを作るのが一番苦手だった。


「では、これから教室をご案内します」


スタッフに案内されて三階に上がると、いくつかの実験室が目に入った。


「今回はS・A・B・Cの四つのクラスに分かれていて、後ほど入学テストでクラス分けを行います」


スタッフの説明を聞きながら、美友紀は緊張と期待が入り混じった気持ちになっていた。


生まれ変わってから、まだ自分の実力を本格的に試したことがなかった。

ずっと勉強してきたとはいえ、一度はブランクもあったし、何より——

ここにいる皆は本当に優秀そうだ。

自分が今どのレベルなのか、まったく自信がなかった。


「同じクラスになれるかな?」

雅彦が急に顔を近づけてきた。温かい息が首筋にかかり、わざと低くした声、近すぎる距離——

美友紀は一瞬、意識が飛びそうになった。


「たぶん……」


全員がスタッフと連絡先を交換し終えたところで、スタッフが咳払いをして言った。


「それでは学校の成績順に試験会場に入って、クラス分けテストを受けてください」


本番の試験会場に座り、問題用紙が配られたその瞬間、美友紀は深く息を吸い込み、机に向かった。


予想よりずっと難しい問題だった。

だが、難しいほど闘志が湧いてくる。

美友紀は唇をかみしめ、計算用紙にどんどん書き込んでいった。


……


ちょうどその頃、中島陽介は美友紀の今回の目的をようやく知った。

だが、なぜ彼は今まで何も知らなかったのだろう?

まるで昨日まで物理研究会に入ったばかりだった美友紀が、今日はもう競技会の合宿に参加しているかのようだった。


陽介は試験会場の外で落ち着きなく歩き回っていた。スタッフでも受験者でもない彼は警備員に止められ、中に入れなかった。


美友紀が今、雅彦と二人きりになっているかもしれないと思うと、どうにも落ち着かない。


ついに我慢できず、陽介はアシスタントに電話をかけた。

「A市の物理オリンピック合宿の問題を一部手に入れてくれ」


アシスタントは不思議に思いながらも、主人がまた新しい分野に興味を持ったのかと特に深くは聞かなかった。これが初めてではなかったからだ。


三時間余りが過ぎ、試験が終了した。


純粋な物理の理論問題に、美友紀は準備していたとはいえ頭がふらふらになった。


「どうだった?」

答案を提出した直後、肩を軽く叩かれた。

振り返ると、雅彦が心配そうにこちらを見ていた。


「まあまあかな」美友紀は苦笑した。「ちょっと知識が足りなかった部分もあって……」


スタッフが「成績は明日発表します」と説明し、皆は解散となった。


「まだ時間はあるし、今回の理論試験は40%だけだし……」

雅彦が励まそうとした瞬間、向こうから歩いてくる人物が目に入り、顔が一気に険しくなった。


だが陽介は雅彦の反応など気にせず、美友紀の前までまっすぐ歩み寄った。


「競技会に参加するのか?」


陽介の顔を見た瞬間、美友紀は夢を見ているような気持ちになった。

ほとんど反射的に、少し拗ねた声で答えた。

「うまくできなかった……」


陽介が慰めようとしたその時、雅彦が突然間に割り込んだ。


「中島さん、珍しくお時間があるんですね?物理研究会に新しいメンバーが入ったって聞いてませんけど?」


「俺はスタッフだから」と陽介は職員証を見せた。


さらに何か言おうとした陽介だったが、雅彦が美友紀の手首を掴んだ。


「中島さんもお忙しいでしょうから、これで失礼します」


美友紀は本当は、なぜ陽介がここに来たのか聞きたかった。

前世の記憶では、彼は物理にまったく興味がなかったはずなのに——

けれど、結局その場を離れ、少し離れたところからそっと振り返った。


陽介はまだその場に立ち尽くし、じっとこちらを見つめていた。


その瞬間、美友紀は自分がまるで悪女になったような気がした。

二人の男性の間で揺れ動き、争わせているみたいで。


そんなことを考えているうちに、思わず笑い声がこぼれてしまった。


「何がそんなにおかしいんだ?」雅彦は怒りを抑え、できるだけ穏やかに尋ねる。

「別に」美友紀は手を振りほどき、少し早足で歩きながら振り返って笑った。「なんだか自分が“魔性の女”みたいに思えて」


そして首を横に振った。

「まあ、ただの冗談だよ。二人ともすごく優秀なのに、私なんか相手にするわけないし……」


そう言い残して駐車場のほうへ歩いていった。


雅彦は呼び止めたい気持ちを抑えた。真実を伝えたくても、言葉にはできなかった。

なぜなら、美友紀が陽介に抱く想いを知っていたから。

そして、美友紀も陽介の気持ちには気づいていない。


それなら——

自分にとっては、むしろ都合がいい。


馬鹿正直に打ち明けるつもりはなかった。


「まだ中島陽介のことが好きなのか?」

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