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第22話 初めての輝き

最後の一言を口にした瞬間、星野美友紀は中島陽介の表情を振り返ることさえできなかった。

ほとんど逃げるようにして部屋へ戻り、勢いよくドアを閉めた。

扉にもたれかかりながら、星野美友紀はしばらく呆然としていた。


もしも前世で、こんなふうに中島陽介が感情を見せてくれていたら、どれほど嬉しかっただろう。

想像するだけで胸が高鳴る。

だが、もうそんなことを望む自分ではない。


今の彼女は、恋愛に縛られるつもりはなかった。

家に閉じ込められ、彼の帰りを待ち続ける日々にはもう戻りたくない。

誰かの見下すような視線や、冷たい態度にも耐えたくない。


かつて憧れていたように、もっと大きな舞台に立ち、研究の道で自分を輝かせたい。

そのために、これからもひたむきに進み続けるつもりだった。


今、彼女にできることは、この大会で勝つことだけだ。


手にしていたカルピスは、いつの間にか体温でぬるくなっていた。

自販機で買った時の冷たさは、もうすっかり消えている。

キャップを開け、何口か飲んで喉を潤すと、洗面所に入り、冷たい水で顔を洗った。


頭をすっきりさせなければ。


ひとしきり気持ちを落ち着かせてベッドに横になったが、もう眠気は戻ってこなかった。

何度も寝返りを打ちながら、夜が明けかけた頃、ようやく浅い眠りについた。


しかし、まるで目を閉じたばかりのような感覚のまま、激しいノックの音で目を覚ました。


「なんだか元気がないみたいだね?」


渡辺雅彦の車で助手席に座り、彼が用意してくれた小籠包をつまみながら、星野美友紀はぼんやりしていた。

不意にそう尋ねられ、少し気まずい思いがした。

まさか昨夜の中島陽介とのことで眠れなかったとは言えない。


彼女が黙っていると、渡辺雅彦は自分で理由を察した。


「もしかして、昨日の試験結果が気になってるの?」


その言葉で、昨夜の出来事にかき消されていた不安が、ふいに蘇ってきた。


「ちょっとだけ……」


信号待ちの間、渡辺雅彦はちらりとこちらを見て、くすっと笑った。


「君の実力なら、心配いらないだろう?」


星野美友紀はどう返していいかわからなかった。

彼女が失ったのは、たかだか半年間ではない。二つの人生分の時だ。


「……そうだといいんだけど」


二人で学校のホールに入った瞬間、星野美友紀は最も会いたくなかった人物と鉢合わせになった。

だが、昨夜と違い、中島陽介はいつもの冷静で距離を置いた態度に戻っていた。

まるで昨夜のことが、すべて幻だったかのようだ。


どんな顔で声をかければいいのか分からず、昨夜のやりとりもあって、そのまま通り過ぎようとしたとき、背後から声がした。


「美友紀……」


彼女が振り返る前に、渡辺雅彦が先に応じた。


「君がその名前で呼ぶ資格があるのか?」


突然の問いかけに、星野美友紀も思わず眉をひそめた。


「何か用ですか?」


中島陽介を見ると、彼は僅かに眉を寄せていた。気のせいか、少し怒っているようにも見える。

だが彼女には、何も心当たりがなかった。


「頑張って。君ならできると信じてる」


その一言に、星野美友紀はどう返せばいいか分からなかった。

ただ、ぎこちなく微笑み、「ありがとう」とだけ告げた。


階段の踊り場まで来たとき、渡辺雅彦が急に彼女の袖を引っ張った。


「美友紀、僕に何か言いたいことはないの?」


「渡辺くん、それはどういう意味?」


困惑しながら問い返すと、渡辺雅彦の顔には珍しく不機嫌さが浮かんでいた。


「君はまだ、彼とやりとりしているの?」


その問いに、星野美友紀はさらに眉間にしわを寄せた。


「どうしてそんなこと聞くの?」


彼女の不快感に気づいたのか、渡辺雅彦はふっとため息をついた。


「美友紀、君のためを思って言ってるんだ」


星野美友紀は黙って彼を見つめた。


「大会直前に、彼が現れるのは君にとって良くない影響だと思うんだ……。

名家の中島家の跡取りが、わざわざスタッフなんてするはずがない。もし本当に裏方だけなら問題ないけど、君の調子を崩すようなことがあれば……」


渡辺雅彦の目には、冷たい色が宿った。


「僕は木下先生に、どう説明すればいいんだろうね」


その言葉に、星野美友紀の警戒心は一気に崩れた。


「渡辺先輩、約束します」彼女は袖を引き戻し、指を立てて見せた。「今は大会のことしか考えていません。他のことに気を取られるつもりはありません」


「その言葉が聞けて安心したよ」


これ以上は追及しても無駄だと悟ったのか、渡辺雅彦はそれ以上何も言わなかった。


教室の前まで来ると、渡辺雅彦はトイレに行くと言い、星野美友紀はひとりで教室へ入った。


昨日と同じ試験会場、同じ席。

みな黙って自分の席に座り、案内を待っている。


学校ごとに席が分かれているため、星野美友紀の周りは同じ学校の生徒ばかり。

彼女はほとんど彼らを知らなかった。みな一つ上の先輩ばかりだ。


高2で転校してきてからは、最初に渡辺雅彦と何度か大会に出たきり、その後は中島陽介を追いかける日々だった。

他の生徒と親しくなる余裕などなかった。


そのせいで、席に着いても声をかけられる知り合いは一人もいない。

それが、前世を思い出させた。


大学時代も中島陽介を追いかけてばかりで、ほとんど孤立していた。

卒業後は彼と結婚し、専業主婦になった。

最初は小林茉里とたまに連絡を取っていたが、中島陽介の家柄もあって、ほとんどが携帯メールだけだった。

小林茉里も家の都合で遠くに嫁ぎ、次第に疎遠になった。


自分の立場もあって、中島家にいながら周囲からはよそよそしく扱われた。

親しくしすぎると、何か裏があると思われることも多かった。


だからこそ、桜ヶ丘の広い邸宅で、夜遅くまでひとりきり過ごすことが多かったのだ。


だが、自分が他人を知らなくても、相手は自分を知っているかもしれない。

ぼんやりと爪をいじっていると、背後から声をかけられた。


「星野……星野美友紀さん?」


突然名前を呼ばれ、星野美友紀は驚いて振り返った。そこには数人の男子生徒が立っていた。


「君、星野美友紀っていうんだよね?」

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