「それでは、クラス分けの結果に従い、それぞれの教室へ移動してください。教室にはすでにクラス札が掲げられています。次回のクラス分けテストは一週間後ですので、引き続き努力してください。」
先生は資料をまとめて退室しようとした。星野美友紀はバッグを手に立ち上がろうとしたが、そのとき渡辺雅彦が勢いよく立ち上がり、はっきりとした声で言った。
「先生、試験の答案を見せていただきたいです。」
そのひと言で、教室中の視線が一気に集まった。
「君の名前は……?」先生は眼鏡を押し上げ、彼を見つめた。
「渡辺雅彦です。」
その名を聞いた先生の表情に、少し笑みが浮かんだ。
「渡辺雅彦、君のことはよく覚えているよ。考え方が明快で理解も深い。君はSクラスだが、何か問題でも?」
教室でSクラスに入れたのは、たった三人だけ。
「渡辺雅彦」という名前は、みんなの心に強く残っていた。
彼の発言に、誰もが興味津々でその場を動かなかった。
「自分の答案を見たいわけじゃありません、僕は……」
渡辺が言い終える前に、星野美友紀がそっと彼の手首をつかんだ。
「もういいよ。」彼女は眉をひそめ、顔をうつむかせる。「私は大丈夫……」
「でも、僕は納得できない!」渡辺の声は熱を帯びていた。「今回の問題、僕たちがまとめた資料とほとんど同じだった!君の実力なら、そんなはずないって……」
「おかしくないよ。」星野の声はかすかで、肩が小刻みに震えていた。
彼女が顔を上げると、目には涙が浮かんでいた。
「先生の手を煩わせないで。ここには優秀な人ばかりだし、私が調子を崩しただけかもしれない。もうこれ以上、皆の前で恥をかかせないで……お願い……」
そう言って、彼女は皆に軽く会釈し、足早に教室を出て行った。
野次馬たちも見どころがないと悟り、次々と席を離れていった。
先生は一度口を引き結び、しばらく考え込んだ後で言った。「どうしても見たいなら、見てもいい。」
渡辺は拳を握りしめ、そのまま彼女の後を追って教室を出た。
遅れて教室に到着した星野美友紀は、Cクラスの教室で良い席をすでに取られていた。
黙って後ろの窓際の席へと向かい、静かに腰を下ろした。
荷物を整理し終えたとき、背中を誰かにトントンと軽く突かれた。
「やあ、よろしく。」
振り返ると、いたずらっぽい目が彼女を見ていた。
「高野明徳って言うんだ、よろしく。」
差し出された手を、星野は少し迷いながらも握り返した。
「星野美友紀です。」
簡単に名乗り合ったあと、星野はまた資料に目を落とそうとしたが、高野が声をかけてきた。
「なんだか元気ないね、どうかした?」
星野の指先が、握りしめた紙で白くなっていた。
「……この成績が、どうしても受け入れられなくて。」
背後から、小さな笑い声が聞こえた気がした。
「それだけ?」高野は軽い調子で言う。「スタートが一番下なら、そこから全部追い抜いていく方が、むしろ面白いと思わない?」
「最下位からトップに上がる方が、実力を示せるってことだよ。」
星野には、その考えがどこから来るのか分からなかった。
それでも、高野は明るく続けた。
「どのクラスも授業の内容は大体同じ。Sクラスがちょっと速いだけで、Cクラスは一番ゆっくり進むんだ。」
「だったら、この一番遅いクラスからSクラスを追い越してみるのも、悪くないでしょ?」
なんとなく、星野はうなずいてしまった。
確かに、そうかもしれない。
でも、どうして彼は、初回でCクラスになった自分が次はSクラスに上がれると思うのだろう?
彼の自信の根拠は、どこから来ているのか。
みんな必死で頑張っているのに、本当にそんなことができるの?
星野が疑問を口にする前に、教室のドアが勢いよく開いた。
「高野明徳!お前、何を考えているんだ!」
星野は驚いて、高野の方を見た。
たしか、さっき自己紹介でそう名乗っていた。
先生は教卓に本をドンと音を立てて置き、教室は一瞬で静まり返った。
「君が優秀なのは分かっている。でも、ここがどういう場か考えなさい!君の学校は、君が白紙の答案を提出したことを知っているのか?」
星野は黙り込んだ。
彼は本当に白紙を出したのか?
この才能ある生徒たちが集う場所で、少し気を抜けばすぐに追い抜かれるというのに、彼はそんなことをして平気なのだろうか。
「今、先生が知ったじゃないですか。」高野は悪びれずに笑った。「心配しないでください、先生!昨日は試験前に寝不足で、次はちゃんと寝てから受けます!」
先生は呆れた顔で彼を指さし、それ以上は何も言わなかった。
彼らはそれぞれの学校の代表であって、先生の生徒ではない。
怒るだけ無駄なのかもしれない。
でも、星野はその才能がもったいないと痛感した。
「約束は守りなさいよ!」
先生は少し落ち着いてから、柔らかな声で続けた。
「これから学習ハンドブックを配ります。一人一冊です。私は三日間かけてこの本を全部説明します。残りの三日間は自習。日曜日に次のクラス分けテストがありますので、自分を超えるつもりで頑張ってください。」
「では、まず一ページ目を開いてください。」
生徒たちは順番に本を受け取り、すぐに勉強に集中し始めた。
Cクラスに入ったからといって、先生の実力が低いわけではない。
むしろ、今回は先生のくじ運が悪かっただけだ。
毎年、競技の講師は過去の物理オリンピック優秀者か、研究で実績のある人ばかり。
Cクラスの先生もその両方を持ち合わせていた。
星野のくじ運が少し悪かったせいで、Cクラスになったにすぎない。
わずか四十五分で、先生はまるまる一単元の内容を分かりやすくまとめてくれた。
「では、残りの時間は自分で復習してみてください。」
星野が知識を整理しようとしたとき、また背中をトントンと突かれた。
「どう?一緒にやってみない?」