不思議な不良、真壁郷のことを考えているうちに車は家に着いた。
「あれ?あの建物は?」
家のすぐ近くに小高い丘がある。
そこにガラス張りの大きな建物が三つ建っていた。
「今のお父様のお勤め場所よ」
「そうなの?大学は辞めちゃったんだ?」
「国からの依頼で、あそこの最高責任者になったの。国際的な研究に携わっていてとても名誉なことだわ」
話しながら神尾先生が運転席からリモコンを操作すると門が静かに開く。
ゆっくりと車が通過すると門は閉まりだした。
「着いたわよマリア」
「うん」
玄関の前に車を停めるとトランクに積んだ荷物を取り出した。
そのとき玄関がガチャッと開いて弾けるような笑顔が現れた。
妹の瑞希だ。
「お姉ちゃんお帰り!!」
言うやいなや抱きついてきた。
「瑞希!久しぶりっ!」
瑞希のきゃしゃな身体を抱きしめた。
「明日からお姉ちゃんと一緒の学校に通えるんだよね!」
「そうよ」
「嬉しいっ!!」
「おいおい、一緒っていっても瑞希は中等部。マリアは俺と同じ高等部だよ」
「うっさいな!それでも行きと帰りは一緒じゃん」
ふてくされながら瑞希がドアに寄りかかった詩乃に返した。
「よお!マリア。久しぶり!」
「うん!詩乃も相変わらずじゃん」
「まあな。荷物運ぶよ」
詩乃は私と同じ16歳。
「どうしたの?髪染めちゃって」
アッシュグレイに染まった髪を見て言った。
明日から通う学校は偏差値も高い名門だったと思ったけど……
「ああ、これね。バンドやってんだよ」
「そんな頭で学校大丈夫なの?」
「うちの学校は名門だけどこういうとこは最近寛容なんだよな」
「ふうん…」
「まあ、神様のおかげかな」
「神様?」
「ウチの学校ってミッション系つーの?厳格じゃないんだけど所々にそういう教えがあってさ」
「そういうとこって余計に厳しいんじゃない?」
「そう思うだろ?でも神様の前じゃあみんな平等なんだってさ。肌の色も考え方も違っていても平等。もちろん髪の色もな」
「ふうん。そんなもん?」
割と自由な校風なんだな・・・・・・
「詩乃のバンドって超人気なんだよ!」
瑞希が私のバッグを持ちながら教えてくれた。
「また女の子泣かせてんじゃないの?」
詩乃は少し線が細くてカッコイイ。
クールな感じは冷たい印象を相手に与えるけど女の子からの人気は昔からすごかった。
「冗談!興味ねえって」
「詩乃が興味あるのはマリア姉ちゃんだけだもんね」
「うるせえよ」
詩乃が瑞希の頭をコツンと叩く。
「痛っ!ほんとのことじゃんよ」
詩乃と瑞希――
この2人はパパの友達の子供。
友達が事故か何かで亡くなってパパが引き取った。
まだ私が小さかった頃だ。
それから家で家族同然に育てられた。
血はつながっていないけど瑞希は私のことを姉のように慕って「お姉ちゃん」と呼ぶ。
詩乃は同じ歳だけど私の方がお姉さんみたいなもんかな?
私にとっては大切な家族に変わりない。
言いあっている2人を見てクスッとすると神尾先生が手を叩いた。
「私は車をガレージに入れてくるから詩乃と瑞希はマリアの荷物を運んであげて」
「オッケー」
「はーい」
詩乃は大きなキャリーバッグを、瑞希は小さいキャリーバッグを手に取った。
神尾先生の運転する車がゆっくりと発進するのを3人で見送った。
「綺麗ね……」
空を見上げて言った。
詩乃も瑞希も脚を止めて同じように空を見た。
私達の見上げた先には茜色に染まった空が広がっていた。
とっても綺麗……
なんて美しい世界なんだろうって思った。
私達、人間が住む世界は。
久しぶりに帰った家は懐かしかった。
私の部屋も変わっていない。
留学に行った日の朝のまんまだ。
「荷物はここに置いておくね」
「ありがとう!」
荷物を運ぶのを手伝ってくれた瑞希と詩乃にお礼を言った。
「じゃあまた晩飯のときにな」
「うん」
詩乃と瑞希が部屋から出ていくとベッドに転がった。
帰ってきたんだなって思った。
明日からの学校生活がどんなに楽しいか考えていると真壁郷のことを思い出した。
結局あいつはなんだったのかな?
晩ご飯のときに詩乃と瑞希に聞いてみよう。
学生服ってことはこの辺の学校に通ってるかもしれないし。
郷と会話した時間は1分にも満たなかったかもしれない。
だけど気になって仕方なかった。
「ふう… 少し休むかな」
長時間飛行機に乗っていた疲れがでてきた。
ご飯の前に少し休んでおこう。
目を閉じるとあの薄紫色の瞳がもう一度頭に浮かんだ。
「お姉ちゃん」
ノックの音と瑞希の声で目が覚めた。
「どうしたの?」
「パパが帰ってきたからご飯だよ!」
「ああ… ありがとう」
返事をしながら起き上った。
時計を見ると横になってから1時間くらい。
鏡を見てささっと髪を整えるとドアを開けた。
「ごめんごめん、軽く寝ちゃった」
「飛行機乗ってきたから疲れたんじゃん?みんな待ってるけどどうする?」
「大丈夫!パパにも久しぶりだし。それに」
「それに?」
「お腹もすいてるしね」
瑞希と2人で階段を降りてリビングに行った。
そこには先にテーブルに着いた神尾先生と詩乃、そしてパパがいた。
「おかえりマリア」
リビングに来た私をパパが笑顔で迎えてくれた。
「パパ…」
3年ぶりに見るパパはちっとも変わっていなかった。
「パパ―!!会いたかった!!」
私は飛びつくようにパパの胸に飛び込んだ。
「ハハハッ、マリアは相変わらず元気いっぱいだな」
パパはまるで小さい子をあやす様に私の頭をなでた。
そして優しく抱きしめてくれた。
テーブルに着くとパパに倣ってみんなで神様にお祈りをささげた。
「父よ、あなたの慈しみに感謝してこの食事をいただきます。ここに用意された物(食物)を祝福し、私達の心と身体を支える糧としてください」
言い終えて十字を切る。
「父と、子と、聖霊のみ名によって、アーメン」
お祈りが終わるとパパがワイングラスを掲げて一言。
「ではマリアの帰宅に乾杯」
パパが言うとみんなでグラスを合わせた
料理は全部神尾先生の手作り。
スープを口につけた。
「美味しい!!やっぱ神尾先生のが一番!!」
「ありがとう。向こうのお食事はどうだったの?」
優雅な手つきでスプーンを口に運びながら神尾先生が聞いてきた。
「う~ん… 正直、お腹に重かったかも。だって朝からフライドチキンだもん」
「それって朝マックみてえなもんじゃねえの?」
詩乃がサラダを自分の小皿に取りながら言う。
「そんなんじゃないって!だってボウル一杯にテンコ盛りだから」
「ヤベッ… 聞いただけで胸やけしてきたわ」
顔をしかめた詩乃と対照的に瑞希がウキウキしながら聞いてきた。
「ねえ!向こうの男子はどうだった!?やっぱカッコイイ!?」
「うん!それは確実!しかもみんな優しいし」
「いいな~」
「学校の行き帰りとかみんなカバンとか持ってくれるの」
「それはちょっと違う意味なんじゃね?」
詩乃がつっこんだ。
「そうかな?」
「みんなマリアのこと狙ってたんだって」
詩乃の言葉に神尾先生が咳払いした。
肩をすくめる詩乃。
「向こうでは学園祭のクイーンに選ばれたんでしょう?もてないはずないって」
瑞希がパンをちぎりながら言った。
「こっちの人種は珍しいからじゃない?」
「いや!お姉ちゃんがダントツで綺麗だからよ」
「さっすが瑞希はいいこと言うね!お土産、詩乃の分も瑞希にあげるから」
「ラッキー!」
「ちょっと待てよ!俺の分とか待てって!」
詩乃が慌てる。
「冗談だって。ちゃんと渡すから」
するとお父さんがワインの入ったグラスを静かに置くと、
「良かったなマリア。楽しい思い出がたくさんできたみたいで」
優しく言った。
「いいな~!私も留学したい!優しくてカッコイイ男子に囲まれたい~」
言いながら瑞希がハッとしたように私を見た。
「どうしたの?」
「どうしたの?」
「ねえ、向こうでは彼氏とかできた?」
「瑞希!」
神尾先生がちょっと強めの口調で言う。
お父さんは顔を伏せて咳払い。
「だって気になるじゃん?ねえ?」
瑞希が詩乃の顔を覗き込むように言った。
「ならねえよ。別に」
興味なさそうに食事を続ける詩乃。
「ボーイフレンドはできたけど好きな人とかはいなかったな」
「そうなの?」
「うん」
瑞希はちょっと期待外れという感じでため息をついた。
男子の話題がでてきたところで私から瑞希と詩乃に聞いてみた。
「ねえ、あなたたち真壁郷って人のこと聞いたことある?」
詩乃と瑞希が顔を見合わせる。
そして詩乃が口を開いた。
「なんで?なんで知ってるの?」
そう聞いてくる詩乃の顔を見て“真壁郷”の印象がどんなものか察しがついた。
私は神尾先生と家に帰る途中での出来事を説明した。
「マジかよ!?神尾先生のこと殴ったのかよ!?」
詩乃が眉をつり上げて聞く。
「ううん。殴られてはいないわ、押されただけ」
「でも倒れたんだろう?同じだって!」
「詩乃。落着きなさい」
パパに言われて詩乃は大きく息を吐いた。
「でも大丈夫!仇は私がとったから」
「はい?」
「頭に来たから思い切りビンタしてやったの」
私の言葉を聞いて詩乃と瑞希の顔が固まった。
「どうしたの?2人とも」
「ウソだろ…」
「マジ…?」
「うん」
「よく無事だったな」
「無事って?」
私に詩乃が真壁郷の話を聞かせてくれた。
「真壁郷。この街で一番危険なヤツ。キレたら警官まで殴っちまうような…まあ札付きのワルだよ。鑑別所を出たり入ったりしてるような」
「そんなに…?でもそこまで悪いヤツには感じなかったけどなぁ…」
よく何もされなかったな私……
「おいおい、神尾先生に手を上げるような奴だぜ」
でも手を上げたわけじゃない。
これが殴ったとかいうなら救いようがない
けど……
真壁郷は私にも叩かれたのに仕返ししなかった。
「未成年だから名前は出ないけどけっこう新聞にも載ってるって」
瑞希が横から付け足す。
そして――
「超カッコ良くなかった?」
「えっ…」
瑞希に聞かれたときにまたも真壁郷の顔を思い出した。
薄紫色の瞳……
「怖いけど実はけっこうファンいるんだよねぇ~私の学年にも」
「あんなバカのどこがいいんだか」
詩乃がやれやれといった感じで言う。
「いくらケンカが強くて顔が良かろうが勉
強できなきゃ苦労するぜ、将来」
たしかに勉強してそうには全く見えなかったな。
「だってクソカッコイイんだもん」
瑞希がむくれて言った。
「とにかくあいつらが来てから俺らの学校、評判悪くて最悪なんだよな」
詩乃がうんざりといった感じにお手上げのポーズをした。
「ええっ!!同じ学校なの!?」
明日から私が通う学校――
というか詩乃と瑞希が在籍している学校は中学からのエスカレーター式、全国でもトップクラスの名門校なのに!
こういう言いかたは失礼だけど、どう見ても真壁郷が私達と同じ学校に入学できるようには見えなかった。
「ほんとうは川向うにあった姉妹校の連中なんだよ。それが生徒数減少による経営破綻とかで合併したんだよな」
「そうなの?」
「ああ。いくら姉妹校っていったって偏差値にして40以上差があるんだぜ。おまけに交流してたのなんて戦争の頃の話しらしいし」
姉妹校があったなんて初めて知ったな…
「さすがに俺達とはココのできが違うから校舎は別々、取り壊し予定だった旧校舎に押し込めてるけどな」
詩乃はさらに続けた。
「あの不良(クズ)どもが引越してきてから事件ばかり起こして最悪だよ。まあ気持ちは多少理解できるけど。だからって何してもいいってわけじゃないだろう」
「理解って?」
瑞希が首をかしげて詩乃に聞く。
「17歳病。高2になって17歳になったらいきなり死んじまうんだから」
その病気は私の留学先でも話題になってた。
「でもみんながみんなってわけじゃないんでしょう?」
「そうだけど気持ちのいいもんじゃないぜ。17歳になったらある日、いきなりぶっ倒れてそのまま死ぬんだから。マジ、ロシアンルーレットやってるようなもんだって」
詩乃も私も来年は17歳。
でも病気自体の発症率はかなり低いはず。
「あなた達は大丈夫よ。みんなお父様の作った薬を飲んでるでしょう?」
「まあ、あれのおかげで大分気は楽だけどさ」
原因不明の病気。
だけど予防薬のようなものは国から街の薬局へ支給されていた。
とにかく身体の免疫力を高めるんだとか……
パパの作ったものはそれにちょっと改良を加えた物らしい。
もちろん市販されていない。
「マリアも忘れずに定期的に薬を飲んでね。1年もあれば大丈夫だから」
「はい」
「それから毎月の検査も忘れずにね。向こうにいたときは特に異常はなかったんでしょう?」
「うん。問題なかったよ」
私は身体が昔から弱い。
日常生活には支障がなくて、スポーツも普通にできる。
でも心臓に疾患があるらしくて……
毎月一度、病院で検査をしている。
気持ちは元気極まりないっていうのにな……
「普段元気だからって油断しちゃダメよ」
「はい。わかってますって」
私が返事をすると神尾先生はニッコリとした。
「まあ、俺から言わせれば恐怖や不安をグレてごまかすなんてナンセンスだよ。逃げてるだけ。それで他の大多数に迷惑かけてるんだから最悪だね。最低だ」
詩乃がうんざりしたように言うとパパが優しく言った。
「ハハッ、詩乃は不良がほんとに嫌いなんだな。でもパパだって昔はけっこうケンカしたもんだぞ」
「パパの頃とは時代が違うって。それにちゃっかり大学出て博士号まで取ってるじゃんか」
話題が変わって今度はパパの若い頃の話しになった。
パパって世界的な生物学者のくせに、そういう気取ったとこがなくてフランクな性格。
もの静かで相手の話しをきちんと聞く。
それは私達子供相手でも同じ。
そのパパが腕っ節が強くて、中学から高校はやんちゃだったなんて話しは聞いていても信じられなかった。
でも面白くて私達は食事をとるのも忘れて聞き入っていた。
食事が終わって私達は2階にある自分の部屋へ引き上げた。
「ねえお姉ちゃん、後で部屋に行っていい?」
「うん!いいよ」
「向こうでの話しとかもっと聞かせてよ」
瑞希が声を小さめにして聞いてくる。
「オマエが興味あるのは向こうの男のことだろ」
詩乃がからかうように言った。
それから15分くらいして瑞希が私の部屋に来た。
ディスクのデーターをパソコンに入れて写真を見せる。
私はいちいち説明しながら順番にファイルをクリックしていった。
「やっぱみんなカッコイイじゃん!お姉ちゃんほんとに友達止まり?」
「うん」
「理想高いんじゃないの~」
「そんなことないって。私より瑞希は?」
「全然!周りの男子はほんっとに子供。それに勉強もスポーツも私が一番なんだもん。恋愛の対象なんて成りえないよ」
恋愛。
ほんとうのことを言うと私には恋とかよくわからない。
ましてや愛なんて。
誰かを好きになることはあっても「恋」とか「愛」というのとは違う。
瑞希に言われた“理想”とか考えたこともなかった。
もちろん「恋愛」に興味はある。
どんなものなのかなって。
ほんとうの恋。
ほんとうの愛。