再び戻ってきたのは学校の屋上だった。
時間を見ると一時間も経っていない。
「どうだい?これで疑う余地はないだろう?」
「う~ん・・・・・・」
「なんだよ?なにが不満なんだよ?」
腕を組んで考え込む私に郷がたずねた。
「天使と悪魔なのにどうして人間のままなの?翼もないし尻尾も角もない」
「そこ気にするとこかよ!?」
郷が呆れたように手を広げて言う。
「僕たちは地球(エデン)で活動するために人間の体を使っている。そのほうが何事もスムーズだしね。もし僕らが本来の姿を見せてしまったら大変なことになる」
「まあ・・・言われてみれば」
たしかに天使と悪魔が現れたらかなりの騒動になると思う。
「それに一度本来の姿に戻ったらもう人間体には戻れない」
「そうなんですか?」
「ああ。ここにいる間は人間として生活しなければならない。これが今回の勝負の取り決めなんだ」
「勝負・・・?」
すると郷が会話に割って入った。
「つまりだ!俺様とこいつでおまえを奪い合うんだ。おまえが悪魔か天使、どちらの属性に染まっているかで決まる」
「属性に染まるって・・・?」
「人間の感覚で言うと“身も心も捧げて一緒になる”ってことかな」
白神先輩が私の左手を手にとって言った。
「マリア、俺たち悪魔の主になれ。新しい悪魔の宇宙を創るんだ」
「いや、ちょっと待ってって・・・」
郷も私の右手を手に取る。
「おまえは俺のものだ。決定権は俺にある」
「僕は君と結ばれるために地球(エデン)に来た。導くためにね」
「・・・なんで?私、神様なんかならないから」
私の手をとっていた二人は「?」という顔をした。
「宇宙を創るとか興味ないし、私は人間だから」
呆気にとられて力が抜けている二人の手から私はそっと自分の手を抜いた。
「おいおい、気は確かかよ!?なんでもできるんだぞ!すべてを思うがままに創造できるんだぞ!?全てのものがおまえにひれ伏する!!」
「君はこの宇宙で最も完全で絶対の存在になれるのに!?」
「それって大事なこと?」
二人は顔を見合わせた。
「あなたたちの言ってることは正直、半分も理解してないかも。それに自分が神様とか実感ないし」
「それはまだ目覚めていないからだ。君の中の主の因子が」
「それが目覚めるとどうなるの?どうしたら目覚めるの?」
二人は黙った。
私は二人の顔を交互に見る。
白神先輩が咳払いをして話しだした。
「どうしたら目覚めるのかは僕にもわからない。その時が来れば自然となるのか?なにかのトリガーが必要なのか?」
そんな無責任すぎる・・・・・・。
「ふん。細かいことなんか一々考えてもしょうがねえよ。ようするにトリガーは俺だ!俺様のものになればいやでもわかる」
と、郷が私を抱こうとした。
「また!さっき約束したでしょ!友達だし変なことしないって!」
ピタッと止まる郷。
「そ、そうだったっけ?」
「そうよ」
その様子を見ていて白神先輩がクククと笑った。
「どうやら無理強いは逆効果みたいだね。でも諦めるわけにはいかない。僕はそのためにここに来たのだから」
「ごめんなさい・・・」
私は二人に頭を下げてから自分の正直な気持ちを話した。
「私は人間として生きていたい。友達だって出来たし、パパや詩乃、瑞希、神尾先生といった家族もいるしいっぱいしたいことあるの」
二人は私の顔を見て黙って聞いていた。
「それに普通の人間として恋愛だってしたいし」
そこまで言うと白神先輩は苦笑いしながら頭を振った。
郷は天を仰ぎ見るとため息をついた。
「それから……」
「なんだよ?」
「二人はあんな凄いことできるんだから天使と悪魔なのかもしれない」
「いや、しれないじゃなくってそうなんだ」
「でも、私から見たら白神先輩はやっぱり白神先輩だし、郷はやっぱり郷なの」
不思議とこの二人を怖いとは思わなかった。
それは私に好意的だからということなのかもしれない。
それでも私の中には二人を「人間以外の何か」として恐れる気持ちはなかった。
「失礼します」
お辞儀をして言うと私は二人を残して屋上を後にした。
階段を下り用とした時に腕をつかまれた。
「マリア!」
「な、なに?」
ビックリして振り向くと腕をつかんだのは郷だった。
「家まで送ってくよ。ダチとしてな」
「ダチ・・・?」
「さっき言っただろ。友達だって。だから友達として家まで送るって言ってるんだよ」
それを聞いて私は肩を揺すって笑ってしまった。
「な、なんだよ?」
「ううん、ごめんなさい。だって不思議な気分なんだもの」
「なにが?」
「だって、天使と悪魔の友達だなんて」
それを聞いて郷は短く笑った。
「いいんじゃねえか?そういうのも変わってて」
「そうだね!」
旧校舎の階段を郷と一緒に降りる私は、行き以上に注目の的だった。
裏庭に行くとバイクがずらっと並んでる。
その周りに座り込んでいた不良達が郷の姿を見て一斉に立ち上がった。
「真壁さん!コンチャ―ッス!!」
全員が姿勢を正して挨拶する。
「わかったよ。うるせえからあっち行け」
郷が手をひらひらさせるとその場にいた全員が「失礼します!!」といって走り去った。
「こういうの苦手なんだよな」
郷が笑って言う。
そして促されるまま私は郷のバイクの後ろに乗った。
「しっかりつかまってろよ」
「うん」
郷の腰に回した手にギュッと力を込めた。
キーを回してエンジンをかけるともの凄い音!!
アクセルを吹かす郷。
あれ?
「ねえ?ヘルメットは?」
「はあ?なんだって?」
エンジンノイズのせいで声がかき消される。
「ヘルメットは!?」
大きな声で言った。
「そんなもんねえよ!!」
郷が答えた瞬間、バイクが飛び出した。
ちょっと待った!!私は降りる――!!
と、言う間もなく……
私は風に髪をなびかせて、郷にしがみつくようにしていた。
みんなが私と郷を見ていた。
校則違反……。
いや、道路交通法違反だ!!
やっぱり郷と友達になったのは失敗!?
風を切りながら走る郷の背中を見つめながら思った。
この人は悪魔の王だと言った。
その力を私は見たし体験した。
でも……。
こうしていると温かい。
家に帰ると一人、部屋で考えた。
私が神様ねえ……。
もし私じゃなかったらどういうリアクションなんだろう?
他の人はもの凄い力を持つことが嬉しいのかな?
詩乃や瑞希だったらどう思うだろう?
白神先輩の言った「唯一絶対の存在」。
スケールがでかすぎてなにも考えられない。
当然ながら実感もわかない。
ちょっと実験してみようかな?
白神先輩はイマジネーションから、想像して無から有を創りだす力が主の力と言っていた。
だったら…… 適当な雑誌を持ってきてチェックしていたページを開く。
そこには今度の冬の最新ファッションが載っていた。
このコートなんて大人っぽくていいな!
よし!!
自分の頭の中でコートをリアルにイメージしてみる。
そして目の前の床にコートがあるように。
・・・・・・
・・・・・・
まったく反応なし。
当たり前だけど目の前にはコートも現れない。
はぁ~なにやってんだ私?
洋服一つ作れない神様なんてね・・・・・・
その日は遅い時間にお風呂に入った。
バスルームで服を脱いでから鏡に映る自分を見つめた。
人間だよね?
どこからどう見ても。
鏡の中の自分に問いかける。
もし――
私が彼らの言う主になったとしたら、私はどうなってしまうんだろう?
自分でいられる?
高原マリアのままで・・・・・・
そのときパパや神尾先生、詩乃、瑞希はどうなるの?